第7話 鬼ごっこ

 中央大陸、西端。西武大森林。


 この大陸では数少ない人類を拒む危険地域にして、西側の海を渡ってきた魔物を人類の生活圏に入れない堤防の役割を果たす、巨大な森。


 そんな森の中でローブ姿の二人と、燃え盛る巨大双頭トカゲが盛大な追いかけっこを行っていた。



『ギャオァァァアッ!』


 4つの目玉のうち1つを大きく抉られ、怒り狂ったトカゲ…サラムが吠えると、周囲に燃え盛る槍と鋭く尖った礫が出現した。それらが前を走る二人に、特に赤いローブの人物目がけて飛び出す。


「…!チッ、しつこいわね!」


 それを赤いローブの女は巨大な氷壁で防ぎ、そのままサラムめがけて結構な勢いで動かした。仮に人がぶつかれば、一瞬で挽肉になってしまうだろう。だが、サラムが纏う炎と、巨躯による突進でまたたく間に破壊されてしまう。さっきからこの繰り返しだ。このままでは、魔力が尽きて終わりだろう。女の焦りの色が濃くなる。


「うーむ…まずいのう。」


 そうこぼしたのは、横を走る黒ローブの老人だ。腰に剣を2本吊るし、年老いたその見た目からは考えられない速度で走っている。


 先程から足止めすらしないのは先の戦闘で魔力を枯渇寸前まで使い切ってしまっていたからだ。かと言って腰の双剣で切り込もうにも、あの炎の鎧をどうにかしなければそもそも近づく事すら不可能だ。


「だから言ったじゃない!私と前剣聖アンタがいても、ここは抜けれないって!依頼が来たときもそう言ったわよ!?それをあのバカ王子、、、何が『其方らなら問題ない。』よ!現場知らないくせに無理やり受けさせやがって!自分で行けよ!今度あったらもいでやる!ってゆうかあんな報酬でこんな良く分からない魔大陸の化け物どもに追い掛け回されるの、そもそも割に合ってないのよ!最初の方で撤退しとけばよかったわ!」


 再び飛んできた魔法を防ぎ、足止めの策を弄しながら女が叫ぶ。よほど腹に据えかねているのか、罵詈雑言が飛び出す。


「ハァッ!…まぁ、生きて帰れたらじゃがな。それよりも、魔力はどのくらい持つ?」


 撃ちもらしの瓦礫を粉微塵にしながら、老人が問う。問いながら、今しがた瓦礫を切った剣を見て、顔を顰めた。


 たった一発、直撃弾をさばいただけで剣の刃が欠けてしまったのだ。これまでの連戦で、まともな整備をしていないのだから、よく持っている方かもしれないが。


「…5.6回防げたらいいほうだと思うわ。さっきから全く森を抜ける気配もないし、厳しいわね。目を切ったときに剣もこんなになっちゃったし、魔力がなくなったら、完全に足手まとい。やるなら今のうちよ。そっちは?」


 根元から折れた剣を見せ、あっけらかんと答える女。軽い口調だがその目は決意に満ちている。このまま死ぬなら、やつに一矢報いるのだと。


 それを感じ取ったのか、老人が押し黙る。が少しして、


「全快状態はほど遠いが、やれんこともない。次の炎槍が終わったらやるとするかの。わしが切り込むから、少し抑えといてくれ。」


 コクリと女が頷き、同時に魔力を高める二人。確かに、後先考えない全力ならばサラムの一体くらい、倒せていたかもしれない。だが、。


「ムッ!?」

「なっ!?」


 二人の魔力に反応したのか、サラムが突然魔力を高めたのだ。サラムの左の頭が一吠えすると、二人の周囲の地面が大きく揺れ、陥没していく。突然のことに対応が遅れ、二人は足を取られて転倒してしまう。


 未だ揺れる地面に何とか立ち上がり、サラムの方を見ると、えぐられた右目から血を流す左頭が空中に石槍や瓦礫を大量に生み出していた。魔法の量も、一つ一つの魔力濃度も先程までの比ではない。こんなものが一つでもまともに当たれば、生きてはいられない。右側の頭は何もせずに俯いているが、そんなことを気にしている余裕は二人にはなかった。


「チッ!最悪だよ!」


 そう言いながら、女の方が二人の頭上に極厚の氷を出現させ、渦巻く風弾をいくつも生成する。すべての魔力をつぎ込んでいるのだろう。顔色がどんどん悪くなっていく。


 老人の方も、氷壁の上に分厚い水の膜を張り、残りの魔力を剣に注ぎ込んでいく。剣は水の魔力を帯び、魔力が水刃となって出現する。一回り大きくなった剣を突きの型で構え、1振り以外のすべての力を絞り出す。


 その時、ついに魔法が完成したのか上を向いていたサラムの左頭がこちらに向けられた。そして、


『ギュアアアアアアッ!』


 全身全霊、それが伝わる鳴き声が響いた。すると、空中においてあったすべての土魔法が雨あられのように降り注いだ。


「ぐぅぅぅううっ!?」


 一撃一撃が非常に重く、少ない魔力で生み出した風弾では軌道すら反らせない。生み出した氷にかかる重圧に膝をつき、血が出るほど歯を食いしばって、絨毯爆撃のような攻撃を必死に耐える女。


 そして、どのくらい経過したかわからないが、ついにその時がきた。老人が動いたのだ。


「オオォォォッ!星穿ちィッ!」


 氷の傘から出ない範囲での全力の踏み込みにより、顔が青を通り越して白くなるほどかき集めた魔力が一条の水の砲撃となって解き放たれた。


 慌てたように土壁を展開する左頭。だが、砲撃は僅かに起動をずらしながらも貫通し、そのまま左頭と左前足を吹き飛ばした。さらに、砲撃の周囲に発生していた水刃によって体中をズタズタにされるサラム。どう見ても致命傷だろう。


 左頭が吹き飛んだからか、土の雨がやんだ。氷の壁を解いた瞬間、気絶するように倒れる女と、崩れ落ちる老人。倒れ込んだ二人が顔を合わせ、別大陸の化物相手にもぎ取った勝利を祝おうとした、そのとき。


 ーキュオオオオオ…


 異音が響いた。二人の顔が強ばり、弾かれたように音の聞こえた方へと顔を向ける。そこには、口から青い炎を零しながらこちらを睨む、サラムの右頭があった。


 あまりの高温に、周囲の木々が発火し始める。制御しきれないほどに溜められた魔力が漏れ、サラムの周囲で勝手に炎の渦が生まれては消えていく。飛び散る炎が、本来備わっていないはずの翼を想起させる。


「あれはドラゴンのブレス、、、まさか、龍種だったとは。」


「…ハハッ、まじか。詰みだな。」


 唖然とする二人。そして、驚愕と同時に諦観も訪れる。龍種は、総じて並外れた生命力と魔力を持ち、全生物の中でもトップカーストにいる生物だ。そんな万の兵を投じても倒せなるか分からないような種族に対して自分たちは立った二人、動けもしない上に魔法も撃てない。女の言う通り、完全に詰みであった。


 サラムの口元が、二人を捉えた。残った足と尻尾で踏ん張る体制をとり、大きく口を開く。口の前に、煌々と輝く火球が生まれる。高め切った魔力により、白炎と化した炎が渦巻き、周囲で舞っていた炎や延焼していた炎までもがそこに吸い寄せられていく。


 人一人程度のサイズまで成長した火球は、最早人どころか、彼女たちの国の王都すら消し飛ばしそうな量の魔力を秘めていた。もう動くことすらままならない人間2人に対して行うような攻撃ではない。が、サラムは一瞬たりとて二人から目を離さない。絶対の殺意を込めた強い瞳で見つめている。


「ははっ。光栄だね。最後に敵として見てくれたか。」


「そうじゃの。誇り高き龍が我らを認めたのじゃ。誉れというものよ。」


 彼らは、生まれながらにして絶対的強者。その力故、相手を見下し、遊ぶように手を抜く個体が往々にいる。だが、そんな個体だろうと自分と対等、つまり敵と認めた相手にはまるで武人のように苛烈になるのだ。相手に敬意を持ち、どんなに力に差があっても最後の一瞬まで手を抜かない。それが、龍種という存在だった。眼前のサラムもそうだ。彼らが決意のこもった眼で魔力をこめ始めてから、餌ではなく、互いの命を賭けるに等しい強者と認識したのだ。


 龍種と本気の殺し合いができたという事実は、強さを求める者たちにとってはそれだけで大変な誉れとされ、語り継がれる。それで勝っても、負けてもだ。


「孫娘にこの話ができないのは残念じゃったが、この老骨にはもったいないほどの手向けの花じゃな。悪くない。」


「そうね、あのクソガキを半殺しにできなかったのは残念だけど、悪い気はしないわ。おそらく下位とはいえ、龍をここまで追い詰めれたし。」


 そう満足げに零す二人に、ついに火球が放たれる。白く輝く火球から、おびただしい数の炎の鞭と炎弾、そして一本の極太の火線が放たれた。鞭は外側から包み込むように二人に迫り、炎弾は四方八方にばら撒かれ、真正面から輝く砲撃が迫る。すべてを焼き滅ぼす炎が眼前に迫り、目をつむる二人。


 だが、いつまでたっても炎に飲まれる感覚がない。どころか、灼熱の如き熱さが感じられなくなった。


「…?えっ?!」


「なんと…」


 恐る恐る目を開けた二人の目に飛び込んできたのは、深緑のローブまとった人影と、金色の膜にせき止められるサラムの火砲だった。




 ※

 遅くなって申し訳ございません。どこまで書くか悩んでたら1週間以上経ってました。

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