第33話 面会

 いつものように学校生活を送っていたある日、授業が終わった直後に、私は珍しい人から声をかけられるのだった。


「ミュリナ・ミハルド、ちょっとよろしくて?」


 なんと、同級生の中でも三大派閥が一つの中心人物、ニア・サーモンバゼルその人から声をかけられたのである。いつもの傍にいる取り巻きは一人もおらず、単独で声をかけてきていた。


「え、あっ、えっと、な、なんでしょうか?」

「二人でお話がしたいの。わたくしの別宅に来てくださいませんか?」


 私が返答する間もなく、メイリスさんとレベルカさんがサイオンさんの前に立ちはだかる。


「え?」

「やめておいた方がいいわ、ミュリナ。同級生の中で最も信用ならない相手よ」

「ミュリナさん、彼女は家柄しか見てない。家柄のない人間なんて盤上の駒のようにしか考えてないんだ。利用されるだけだよ」


 うーん……。

 私を気にかけてくれるのは嬉しいんだけど、まずは話をさせて欲しい……。


「どいて下さいまして。今ミュリナさんとお話しておりますの」

「どくわけないでしょう。親友が悪女にたぶらかされそうになっていたら、止めるのは普通よ」


 うわぁ……、ニアさんのことを面と向かって悪女って言ってる。


「ふっ。仮面ばかり被っているあなたに言われたくなてよ」


 仮面? 何の話だろ?


「今はそれは関係ないわ。ミュリナに変なことを吹き込まないで」

「はぁ、まったく。ミュリナさん、わたくしはただ、この国の現状とあなたの置かれている立場についてお知らせしたいと考えています」

「く、国の現状、ですか?」

「あなたは恐らく疎い情報かと存じております。どうかお時間を下さいな」


 そう言って、ニアさんは頭を下げてきた。

 魔族社会における話かもしれないが、私の生まれのアイゼンレイク家では、通常身分の高い者が身分の低い者に頭を下げるということはなかった。

 公爵家の令嬢である彼女は人族においても高い身分に位置するはずで、この行為は通常起こりえないのではないだろうか。


「わ、わかりました」

「ちょっとミュリナ」


 メイリスさんが咎めてくる。


「ごめんなさい、メイリスさん。でも、話をしたいだけなのに頭まで下げてくる人を私は無視できません」

「むぅ……気を付けてよ。それと、今度また埋め合わせしてよね。この前はどこかの誰かさんに邪魔ばかりされたわけだし」


 サイオンへと当てつけのように言いながら、メイリスさんは引き下がってくれた。

 サイオンさんも仕方がないとばかりに身を引いていく。


「では参りましょうか」


  *


 彼女の別宅は地方貴族の屋敷くらいの大きさがあり、一体いくらするのだろうと思ってしまう。


「こちらは入学するに当たって急遽借りたものですの。信じてもらえるかはわかりませんが、わたくしは寮でもいいと家の者に申しましたのよ」

「え? えっと? どど、どうして私がその話を信じないんでしょうか」

「あら。あなたはわたくしのことを不審に思ったりはしておりませんの? 家柄差別をしているのに、勇者学園ではパッとした成績ではございませんし」


 たしかに、ニアさんは同期の中で見ると抜きんでた実力とは言い難い。

 むろんあの学園に入れている段階で優秀なのであろうが、学園では平均的だ。


「べ、別に、今日こうして初めて話したわけですし、特段まだニアさんのことがよくわからないと思っています」

「そうですか。では今日はそれが少しでも見えると、わたくしとしても嬉しいですわね」

「は、はあ」


 なんとも歯切れの悪い返しをしながら、客間に通されてソファーへと座る。

 家財一つ取っても、私で絶対に手の届かない高価なものばかりで、傷でもつけてしまわないよう慎重に取り扱う。


「それで、早速お話を……といきたいのですが、まずはお互い自己紹介をさせて下さいな。まともにご挨拶をさせていただくのもこれが初めてとなります。ニア・サートンバゼルですの。ニアとお呼びくださいな」

「あ、え、えっとミュリナ・ミハルドです。よろしくお願いします」

「こちらこそ。ミュリナさんは魔族領にいた元奴隷だと聞き及んでおります。大変な思いをされたのですね」

「い、いえ」


 ごめんなさい、それは嘘です。

 本当は密入国している角無しの魔族です。

 なんて思っていても声にすることはできず。

 結果微妙な俯き顔を返すことしかできなかった。


「ごめんなさい、嫌なことを言ってしまったみたいですね」

「あ、いえ、そうじゃないんです。ちょっと、いろいろありまして」

「そうなんですの」

「と、ところで、ニアさんって、その…‥み、身分とか、気にされないんですか? わ、私、平民ですし」


 話題を逸らす意味でも、前々から気になっていた質問をぶつけてみることにする。

 自分は一応元奴隷で、今は平民ということになる。

 家柄を重視する彼女からすれば話したくもない相手なのではないだろうか。


「どうかそのようにわたくしを見ないで下さいな。わたくしはこの国にとって必要なことをするべきだと考えているのです」

「必要なこと……ですか?」

「はい。今、わたくしが勇者学園の同期間において、家柄の良い者を中心とした派閥をつくっているのは、そうしなければ無用な争いが生まれると考えているからです」

「そうなのですか?」

「サイオン・レイミル。彼は非常に卓越した才能を持っております。個としての戦闘力もさることながら、政治、外交、計略、いずれにおいても高い成果をあげておりますの。その彼が根ざしているのは貴族位のない平等な社会です」


 たしかに、サイオンさんの周りには爵位の低い貴族の子弟や平民出身の人が多かった。

 レベルカさんもその内の一人だ。


「一方で、爵位の高い方々の子弟だってこの学園には存在しております。ですが、残念ながら親の爵位が高いからと言って、子どもの能力も高いとは限りません。爵位とは親世代や先祖代々の蓄積を示すものであって、必ずしも我々世代の能力と一致するわけではないからです。にもかかわらず、彼は今の能力のみによって全てを推し量るべきだと考えています」


 ニアさんは紅茶を口に含んで、私にも飲むようにと勧めてくる。

 話している途中だが、恐らく気遣いであろう。


「むろん彼の言う事にはわたくしも賛同する部分がございます。ですが、そればかりで既存の貴族位を蔑ろにしては、爵位の高い者の子弟たちの立場がありません。もしその者たちを野放しにすると、まず間違いなく、内部闘争へと発展していってしまい、引いては人族の損となりましょう」

「そうならないよう、食い止めておられるのですか?」

「派閥というわかりやすいグループに入っていれば、過激な手段へ移る前にわたくしにも情報が入り、対処が可能となります。先ほども言った通り、残念ながら今この学園にいる貴族位の高い者の子弟は、わたくしも含めて勇者一行には相応しくございません。強いて言うならば辺境伯家のメイリス・リベルティアと侯爵家のグレド・レンペルードは別格となりますが、彼らは彼らで独歩を歩んでおられます」


 ふーむ。

 とすると、ニアさんは人族内での足の引っ張り合いにならないよう状況を制御しようとしていたというわけか。


「ご理解いただけましたでしょうか?」

「はい。すみません、ニアさんのことを誤解していたみたいで……」

「構いませんよ」


 そう述べて、ニアさんは笑顔を向けてくる。


「それで本日お話させていただきたかったのはこの国の状況についてです。人族と魔族が何百年という長い年月争いを続けているのはミュリナさんもご存知ですよね。歴史を紐解けば、一時的にどちらかが有利な状況というのもありましたが、なべて見れば両者は均衡した争いを続けております」


 よく知っている。

 だから私は、魔族社会において角無しとして惨めな生活を長く送って来た。


「我々はこれまでに多くの血を流し、苦しい惨状で生きてきました。わたくしたち人族は幾度も外交努力によって和平の道を探ってきました。ですが、そのいずれもを拒絶されております。魔族たちは我ら人族を根絶やしにしなければ気が済まないと考えているのです」


 そんな風に言われてしまい、少しだけ寂しい気持ちになってしまう。

 私の大好きなエルガさんやビーザルさんまでもが悪者のように言われている気がしたからだ。


「わたくしは別に魔族を滅ぼす必要はないと考えております。仲良くならずとも、お互いの軍事力を抑止力として、戦争をせずに成長できる道があるのではないかと考えております」

「戦争を……せずに?」

「戦争とは国家間の外交手段に過ぎません。目的を達成するのに多大なデメリットがあるともなれば、相手とて冷静な判断ができましょう。戦うための軍事力ではなく抑止のための軍事力を保有すべきだと私は考えています」


 なるほど。

 ちゃんとはわかってないが、何となくうまく行きそうな気がする。


「ですが、そのためにはこちらにも強い軍事力があるのだということを示していかなければなりません。……そこで本題になりますが、わたくしはあなたこそがそれに相応しいと考えております」

「え!? わたしですか?」

「ええ、あなたは勇者一行になるべきです」

「勇者一行に……」

「わたくしたち同期の中でみれば、最も才能を持つのはあなただと考えております」


 自分の才覚を褒めてもらえるのは嬉しいし、元々勇者一行にはなりたいと思ってきた。

 ただ、なぜそんなことをわざわざ言ってくるのだろうか?

 勇者学園に来ている段階でそれになりたいと思うのは当然なのではないだろうか。


「あの、ど、どうして私にそれをわざわざ言ったんですか?」

「あなたを応援しているということを知っておいて欲しかったんです。現状の派閥構図を見れば、わたくしは家柄を重視する派閥のトップ。対するあなた平民です。わたくしは表立ってあなたのことを応援することができません。それどころか、あなたに対して高圧的に接することもあろうかと存じます。ですが、そんなつもりは一切ないという想いを伝えておきたかったんです」


 そうか。

 ニアさんの本心はともかく、今の情勢を保つためにはニアさんは貴族派閥をまとめておく必要がある。

 そのせいで私に対して心にもない言葉や行動があるかもしれないと予め教えてくれているわけだ。


「そう……ですか……。わかりました。ニアさんの想い、しかと受け取りました」

「そう言っていただけると嬉しいです。正直、苦労しておりますので」


 やはり公爵家ともなると苦労が絶えないのであろう。


「いえ、私もニアさんのことを少しでも知ることができたので、今日はよかったなと思っていますよ」

「嬉しいお言葉です」

「その……よければまたこうしてお茶を飲みに来ても良いですか? あっ! もちろん私の寮の部屋に来ても構いません。大したものは出せませんが……」

「ええ。お忍びになってしまいますが、ぜひそうしましょう。あなたとは、友人としても仲良くさせてほしいです」


 そんな話をして、しばらく雑談をしたのち、ニアさんとは別れた。




 帰り道を歩きながら、茫然と勇者という立場に想いを馳せてしまう。


 勇者かぁ。

 よく考えると、結構大変そうだなぁ……。


 人族と魔族との争いの中心。

 多くの人たちの命運を握り、自分の選択一つで数多くの命が決まることになる。

 当然殺し殺されの世界を生きなければならないのであろう。

 最初は夢がいっぱいだと思っていた勇者一行だが、今となっては負の面もいろいろと見えて来ている。


 帰り道を歩きながら悶々と思い悩んでいると、とある女性が私に声をかけてくるのだった。


「おっ、やっと見つけたぜ。おい、ちょっとツラ貸しな」


 そう述べてきたのは、最悪なことに、この前迷宮で出会った短髪の女性であった。

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