第77話 ルージュの様子がおかしい~グレイソン視点~

ルージュの部屋を後にし、自室に戻ると湯あみを済ませ、ソファに腰を下ろした。


今日ルージュは、いつもよりも帰りがかなり遅かった。いつもは僕が騎士団の稽古を終えて帰ってくる頃には、屋敷に戻っているのに。


もしかしてルージュの身に何かあったのでは!そう思い、心配で屋敷の外でルージュの帰りを待った。中々帰ってこないルージュが心配で、探しに行こうとした時に、ルージュは帰って来たのだ。


顔色があまり良くなく、かなり疲れた顔をしていた。聞けば殿下と話をしていたとの事。ルージュはなぜか初めて会った時から、殿下に怯え会う事すら拒んでいたのだ。


ただ、当の殿下は、いつもルージュを切なそうに見つめていた。ルージュのデビュータントの日。彼はルージュとダンスを踊り、プレゼントを贈っていた。


本来王太子という立場上、婚約者ではない特定の令嬢に贈り物を贈ること自体珍しいと言われている。それにいつも殿下は、ヴァイオレット嬢からルージュを守る様なしぐさを見せているのだ。


その上殿下は、ルージュの事を何でも知っている。好きな食べ物や嫌いな食べ物、苦手な事。好きな色や好きな花、彼女のありとあらゆることを知っているのだ。


ルージュに必死にアピールする殿下に、ルージュは常に殿下を拒んでいる。ただ、なぜだろう。ルージュが殿下に向ける、どこか悲しげで切なさをにじませている眼差しが、僕の心をざわつかせる。


ルージュのデビュータントの日、殿下が密かにルージュに気持ちを伝えていたことを、ルージュの友人達から聞いて、居てもたってもいられず僕も気持ちを伝えた。


本当はまだ伝えるつもりなんてなかった。このタイミングで伝えても、ルージュは困惑するだけ。でも、伝えずにはいられなかったのだ。


このままでは殿下にルージュを取られてしまうのでは。そんな不安が僕を襲った。今日だって、ルージュが殿下と2人で話をしていたと聞いて、気が気ではない。


夕食時も、なぜか上の空のルージュ。きっと殿下の事を考えているのだろう。ルージュは殿下に苦手意識をもっているのは確かだ。でも、心のどこかで、殿下に好意を抱いているのではないか、そう思う時があるのだ。


一体殿下とルージュの間で、何があったのだろう。


夕食後部屋に戻り、湯あみを済ませてからも、どうしても眠る気が起きなくて、意を決してルージュの部屋を訪ねた。すると、ルージュが泣いていたのだ。


彼女は一体何を考えているのだろう。一体殿下と何の話をしたのだろう。きっとルージュにとって、触れられたくはない事なのだろう。でも僕は、どうしても聞かずにはいられなかった。


すると


“殿下の事は、今のグレイソン様に出会う前から、知っておりましたわ。私は殿下の事を深く恨んでおります。だから私が殿下と結ばれる事は、絶対にありません。どんな事があっても。過去の自分を断ち切るためにも、私は今、前に進もうとしているのです”


言いにくそうにルージュが話してくれた。今の僕と会う前?一体どういう事だろう。殿下を深く恨んでいる?ルージュの言っている意味が全く分からなかった。


ただ、ルージュは昔、殿下に会っている様だ。その時に、深く傷つけられたとの事。でも、ルージュはあのお茶会で、初めて殿下に会ったはず。正直ルージュの言っている意味が、さっぱり分からない。


それでもルージュが嘘を付いている様には見えないし、何よりもこれ以上話を聞くのは良くないと思い、納得したふりをした。


そんな僕に、ルージュは


“私はあなたには笑っていて欲しいのです。グレイソン様が笑っていてくれたら、私も嬉しい気持ちになれます”


そう言ってくれたのだ。僕が笑顔でいると、ルージュが幸せになれる。こんな嬉しい言葉をもらえるだなんて。


ただ、ルージュの瞳はどこか不安げで、とてもじゃないが彼女をこのまま1人なんて出来ない、そう強く思った。その結果、ルージュが眠るまで傍にいれることになったのだ。


ルージュが僕の手を握り、ベッドに入り、ゆっくり目をつぶった。


ルージュの寝顔を初めて見たが、やっぱりこの子、とても綺麗だな。銀色の髪が、月の光を浴びてキラキラと輝いている。まるで月の女神様みたいだ。


規則正しい寝息を立てて眠るルージュを見ていると、このままずっとルージュの寝顔を見ていたくなる。そろそろ部屋に戻った方がいいよな。でも、もう少しだけ…


そんな思いでルージュの寝顔を見ていると、急にルージュがうなされだしたのだ。瞳からはポロポロと涙を流し、うわごとのように何かを呟いている。


そして次の瞬間。


“殿下はまた私を殺すのですか?両親まで殺して”


そう呟いたのだ。殿下はまた私の殺す?両親まで殺して?


一体何を言っているのだ?とにかくルージュを起こさないと!そんな思いで、ルージュの体を必死に揺さぶり、何度も名前を呼んだ。


すると次の瞬間、パチリを目を開けたルージュ。そしてガタガタと震えだした。シーツが濡れるほど酷い汗をかいている。このままでは気持ち悪いだろうと思い、すぐにメイドを呼びに行こうとしたのだが、傍にいて欲しいと必死に訴えられたのだ。


その尋常ではない姿に、僕も動揺を隠せない。とにかくルージュを落ち着かせないと。そんな思いで必死に彼女を抱きしめた。


しばらくすると、落ち着きを取り戻したルージュ。もう大丈夫だと言って、いつもの笑顔を見せてくれた。


ルージュに言われるがまま、部屋に戻って来たのだが…



とてもじゃないが、このまま眠る事なんて出来ない。一体ルージュは、何に苦しんでいるのだろう。


僕は一体、彼女の為に何が出来るのだろう…

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