第32話 深く……深く……

「お願いします! 私をダンジョン深層まで連れて行ってください!」


 少女は勢いよく頭を下げると、そのまま土下座をし始めた。俺もアキラも面食らってしまう。まさかこんな展開になるとは思ってもいなかったからだ。


「ちょ、ちょっと待って! 頭をあげて!」


 俺は慌てて彼女を立ち上がらせようと手を伸ばす。女の子に土下座させている状況を他人に見られたら、変な目で見られてしまうかもしれない。

 しかし、彼女はそんな俺の心配をよそに、小さく顔を上げて縋りつくような眼差しでこちらを見つめてくる。

 その瞳にはうっすらと涙が浮かんでおり、本気で助けを求めているのがわかる。そんな彼女の様子を見て俺は息を呑むが、やがてゆっくりと口を開いた。


「事情はよくわからないけど、とりあえずここじゃなくて、もっと別のところで話そうよ♪」

「さっきまでうざかったユヅキが一瞬で仕事モードに!!」


 隣でアホなこと言ってるやつをジロッと睨みつけてから、少女に手を差し伸べる。すると彼女はなぜだか驚いた様子で、俺の顔をまじまじと見つめてきた。


「え……あ……その……」

「なに?」

「そんなこと言って、私のことを騙そうとしてるんじゃないんですか……? 裏路地で乱暴したり、人買いに売ったりするんじゃ……」

「そんなことしないよっ!」


 自分で頼んでおいてなんたる言い草だ……。俺が思わず大きな声を出すと、少女はビクッと肩を震わせた。そしてまた涙を浮かべたかと思うと、しくしくと泣き始めてしまった。


「うぅ……すみません……ごめんなさいぃ……」


 俺はどうしていいかわからず、あたふたすることしかできない。すると、今度はアキラが肩をポンっと叩いてくる。


「まあまあ安心しろって。ユヅキはクズだけど、そういうことするやつじゃないからさ。な?」

「お、おう……」


 アキラに言われ、俺は小さく頷く。すると少女はまだ涙ぐんだままだが、少し安心したような表情を見せた。


「で……でも……やっぱり怖いです……」


 しかしそれでもなお彼女は不安なのか、なかなか俺の提案を受け入れようとしない。


「大丈夫だって! ユヅキがそんなやつじゃないのはオレが保証するから!」


 アキラがそう説得すると、少女は少し考える素振りを見せてからゆっくりと口を開いた。


「わ……わかりました……」


 彼女は小さく呟くようにそう言って、俺の差し出した手を掴むのだった。


☆★☆


「それで? 君のお名前は? どうして深層に行きたいの?」


 近くのカフェへと移動し、向かい合う形で席についた俺は単刀直入にそう切り出した。すると彼女はビクッと身体を震わせて俯いてしまう。その反応を見て、アキラはすかさずフォローに入る。


「大丈夫だって。なんも怖いことはしねぇから!」


 アキラがそう声をかけると、少女はおずおずとした感じで顔を上げ、口を開く。


「私の名前は……美月 愛菜みつきまなです……。その……ダンジョン深層に行きたい理由は……」

「理由は……?」


 俺が聞き返すと、彼女はまたも言い淀み始める。そしてしばらく沈黙が続いたあと、ようやく決心がついたようでゆっくりと口を開いた。


「そこに……そこに私のお母さんがいるはずなんです」

「え? それってどういう……」


 俺が言いかけると、マナちゃんは慌てた様子で首をブンブン振る。どうやら深い事情があるみたいだが、話すつもりはないらしい。


「そ……それは言えないです……」


 彼女は小さな声でそう言って俯く。その顔にはまたも暗い影が差しており、何か深い事情があるのは見て取れた。


「そっか……」


 俺はそれ以上深く追及しなかった。いや、できなかった。人様の事情にズカズカ入り込むような器量など、生憎持ち合わせてはいない。


「よくわかんねぇけど、深層に行きたいってことでいいんだよな?」


 重苦しい空気の中でも、アキラはいつも通り。うざったらしいくらいに明るい声で、マナちゃんにそう尋ねる。すると彼女はコクリと小さく首を縦に振った。


「わかった! だったら何の心配もいらねえぜ。オレとユヅキの二人なら、深層なんて余裕でクリアできるからな!」

「ユリアちゃんはどうせ使えないけどね〜」

「うるせえ! オレだって本気出せば深層くらい余裕だわ!」

「ほんとかなぁ〜? タコに巻き上げられて『助けてくれ〜』とか泣いてたのにぃ〜」

「う、うるせえ! オメェこそかわいこぶってんじゃねぇぞ! クソジジイ!」

「クソジジイ? ユヅキなんのことかわかんな〜い♪」


 顔を真っ赤にしながら飛びかかってくるアキラと、それをヒラリヒラリと容易くかわす俺。側から見たらきっと、ひどく見苦しいものだろう。


 けれど————


「ぷっ……ふふふっ……」


 俺たちのやりとりを見ていたマナちゃんは、思わずといった様子で笑い声を漏らす。それはとてもか細くて弱々しいものだったが、確かな笑顔であった。


「あ、すみません……つい可笑しくって……」


 ハッとした様子で口元を抑えるマナちゃん。その顔からは申し訳無さそうな気持ちが伺える。


 だが、俺たちの気持ちは全く逆だ。


 俺はアキラと顔を見合わせると、ニッと笑って見せる。


「別に謝ることねぇよ!」

「そうそう! ユリアちゃんがおかしいのは事実だし!」

「はぁ!?」


 アキラがプンスカと頬を膨らませる。それを見て、またマナちゃんの顔に笑みが浮かんだ。


「お二人は本当に仲がよろしいんですね……」

「まあな! ユヅキは俺のあいぼ……」

「そんなことないよ! マナちゃんの勘」い!」

「オマエ、マジでぶっ飛ばすぞ!!」


 どうやら本気モードになったらしいアキラの猫パンチが飛んでくる。それをひょいとかわすと、俺はそのままアキラの尻尾をぎゅむっと掴んだ。


「ひゃん!!」


 突然の出来事に驚いたのか、アキラは甲高い声を上げる。そしてそのままへなへなとその場に崩れ落ちた。


「おま……いきなり何すんだよ……」


 顔を真っ赤にして涙目で睨みつけてくるアキラだったが、俺はそれをガン無視してマナちゃんの方を向く。


「まあ、こんな感じでただのバカだから。仲良しなんてとんでもないよ」


 俺がそう笑いかけると、彼女もまたクスクスと笑い始めた。どうやら完全に緊張が解けたようで俺はホッとする。


「本当に……配信と変わらない仲良しさんなんですね……。裏表がないみたいで、なんか安心しました……」

「そっか。それはよかった♪ それじゃ、そろそろダンジョンに行こっか」

「あ、はい!」


 俺はそう言って席を立ち上がる。マナちゃんもそれに続くようにして席を立った。


「おい待てやコラ! まだ話は終わってな……」

「よ〜し、深層までレッツゴー!!」

「お、お〜……」

「おいぃぃぃい!!」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

少し忙しくて、更新が滞っておりました。申し訳ありません! アキラくんが代わりに土下座します(圧倒的他責)

今日から更新頻度を戻していくのでどうかお許しを……。

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