第29話 謎の支出

「ユヅキぃ〜〜腹減ったぁ。死ぬぅ〜」


 配信が終わって数日。あれから治安維持機関の追手が来ることもなく、だからといって配信をするわけでもなく、ただのんびりと毎日を過ごしていた。

 そして今日も、俺はアキラと共同生活を送っているわけなのだが……


「おいユヅキ! 聞いてんのか!?」

「ああもう、うっせぇな……」


 俺は思わずため息をつく。こいつと出会ってからというもの、毎日がこんな調子だ。まったく先が思いやられる。


「何か食いたきゃ、冷蔵庫(節電のために野菜室しか使えない)の中になにかあるだろ? それ食っとけ」

「えぇ……あの中なんてもう雑草ともやししか入ってねぇじゃん。オレもう草は飽きたぞ!」


 アキラは不満げに頬を膨らませて抗議する。まるで駄々をこねる子供のようだ。もし肉体美少女じゃなかったら、確実に殴り飛ばしているだろう。


「お前な……居候させてもらってる分際で、よくそんなこと言えるな? ウチにはウチなりの事情があるんだよ。ったく、ちょっとは我慢しろ」

「事情って、ユヅキがただ貧乏なだけだろ! この底辺配信者!」

「これでも最近チャンネル登録者数30万人超えた、立派なダンジョン配信者だぞ〜」

「だったらなんでこんなに貧乏なんだよ!」


 アキラはテーブルをバンッと叩き、抗議してくる。俺はそれに対して、ふたたびため息を漏らした。


「あのなぁ……いいか? ちょっとよく聞けよ?」

「な、なんだよ」


 俺が静かに語り始めると、アキラも真面目な雰囲気を感じ取ったのか、居住まいを正す。そしてゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた後、俺は話し始めた。


「ウチにはとてつもない額の借金がある。これを返済しなければ、いつ店長に臓器を売られるかわからない状況だ」

「こわっ!?」


 真っ青な顔で後ずさりするアキラ。そんな反応を気にせずに、俺は続ける。


「しかも配信の度に謎の支出が発生して、赤字になる始末だ。このままじゃ、借金を返すどころか俺たち二人とも売り飛ばされちまう」

「や、やばいじゃん!」

「この間の配信だって、大量の支出があったんだからな? それもこれも全部あのロリ巫女のせい……ぐぬぬ」

「ん? おい待て。一個ツッコませてくれ……」


 何か引っ掛かることがあったのか、俺をアキラが制止する。そして呆れたような顔でこう聞いてきた。


「"謎の支出"ってなんだ?」

「…………」


 漢字も読めないバカのくせに痛いところを突いてきやがる……。俺は思わず黙り込むが、それでもアキラは続きを促してきた。


「おい、黙ってないで答えろよ」

「……そりゃアレだよ……その〜この前の下着とかの……さ?」


 俺は渋々ながら答えるが、それを聞いたアキラはさらに怪訝そうな表情を浮かべる。


「いくらだったんだよ?」

「ひゃ、ひゃくまんくらいかな〜……」

「はぁ!? オマエ、100万の下着買ったわけ?」

「うっせ! 必要十分な数をレイナに買わされたんだ!」

「アホなのかオマエは? 100万もかけて下着買わされて、あんなにやばい配信したのに結局何一つ得られてないじゃねぇか!!」


 そう叫ぶアキラの声は怒りと呆れが半分ずつ入り混じったような複雑なものだった。俺はそれに反論するように言い返す。


「いや、でもな? その代わりにビルの修繕費用のうん億円はレイナに押し付けることに成功したんだよ? だからセーフだよ。セ〜〜〜フ!」


「どこがセーフなんだよ! 結局、借金が増えただけじゃねえか!」


 アキラの言うことはもっともだ。レイナに尻拭いをしてもらったとはいえ、また新しい借金が増えたことに変わりはない。しかも、レイナに押し付けたうん億だって、肩代わりしてくれるとは言っていたものの、実質借金みたいなものだ。つまり、俺は新たにうん億と100万の借金を作ってしまったということ……。


「……それで、あとは?」

「え〜あ〜う〜〜ん……。あとは……」


 厳しい追求から逃げるように、俺はアキラから目を逸らす。アキラもきっと言いたいことは山ほどあるんだろうが、それをグッと堪えているように見える。

 まあでも、俺の記憶にある限りこれ以外に高い出費はないはずだ……と思ったその時だった。


「は〜い♪ 芬和酈ふんわり〜ご飯ですよ〜!」


 ニコニコといつも通りの微笑みを浮かべたエリオットが、 芬和酈ふんわりにごはんをあげている様子が目に入る。

 人間の2倍以上のデカさの生き物が、ちっさいエリオットの前で大人しくお座りしている光景は、なんともシュールだ。


「おいユヅキ……あれって……」

「ん? エリオットがどうかしたか?」

「いやエリオットじゃなくて……」


 唖然とした表情でアキラが指を指す。その指の指す方向に目をやると、とんでもないものが目に入る。


「よいしょっとっ!」

「わふっ! わふっ!」

「まてまて〜まてですよ〜!」


 エリオットと 芬和酈ふんわりの間。そこに置かれた餌皿の上に、脂の乗ったいかにも高級そうな牛肉がたんまりと盛られていた……。


「お、おいユヅキ! あれって……」

「ああ、間違いないな……」


 見ただけでわかる。アレは"謎の支出"の一部だ。しかも一食だけで100万の下着と同等、いやそれ以上の価値がありそうな高級肉。

 あんなのを毎日食べているのだとしたら、全く金がないのも頷ける。


「まてよまてよ〜♪」


 人間が肉を食っていないのに、ペットがあんな高級肉を食っているという……のか?

 俺はあまりの衝撃に口をあんぐりと開けたまま固まってしまう。


「ん〜〜〜〜っ! よしっ!」


 エリオットが合図をすると、フンワリはワン!!と吠えて一目散に肉へと飛びかかり喰らいついた。

 その光景を見て、俺の体は自然と動いていた。アレを止めねばならない……。そんな使命感にかられて。


「何もよくねぇぇぇぇえ!!」


 俺は叫びながらフンワリに飛びかかる。しかし次の瞬間、俺の視界には大きく開いた口が映っていた。


「わふっ!」

「え?」


 噛まれる。そう思ったのも束の間。まるでエネルギーを溜め込むかのように、青い光がフンワリの口の中に収束されていく。

 そして、それは一瞬の出来事だった————


「わおーーーーんっ!!」


 ギュイイイイイイン!!


 雷鳴にも、爆撃音にも似た凄まじい音が鳴り響く。直後、俺の視界は眩い閃光に包まれた……。


「ぐぎゃぁぁああああ!!」

「ユヅキィィィイイ!!」

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