12 聖女入籍

 ココが承知すると、結婚だけでなく式の日程までもがすぐに決定した。

 速やかに決まった大きな理由のひとつは、各国の王を招待しなかったためである。

 十年前の魔物の襲撃事件があるので使者だけよこせということになったのだった。

 各王のスケジュールを気にせず、外務大臣なり国のそこそこの重鎮が挨拶に来ればいい。

 準備はとどこおりなく進み、あれよあれよという間に当日が来て式が終わり、ココはアルバートの横で各国の使者と対面した。

 王族として各国の使者と会うのははじめてのことだったが、応対のほとんどはアルバートがしてくれるので、とりあえず、祝福の言葉を聞いてにっこりうなずいていればなんとかなった。

 ココは見た目が十二歳の子どもであることを気にしていた。自分はいいが、アルバートが奇異の目で見られないかと懸念したのである。

 ココが着ている、おそらく国内でもっとも高価なドレスであろうと思われる純白のウェデングドレスは、彼女の身長に合わせてだいぶ小ぶりに仕立てられていた。アルバートが「長いほうがいい」というので伸ばしっぱなしにしている髪は衣装係がきれいに結い上げてくれた。

 それを見て、新郎は「美しい!」と褒めてくれたが、それは毎日聞いているのであまり真実味というか説得力がない。

 せっかくの豪華なウェディングドレスもココが着ると「子供用」にしか見えないし、逆に髪は白髪しらがなのである。

 「どんなに着飾っても陳腐さはぬぐえない」とココはあきらめたようにため息をついた。それを聞いて衣装係は「ドレスはちゃんと大人っぽく見えるようにデザインされてますから大丈夫です。それに、髪は白くてもとても艶やかで、月光に照らされた新雪のように輝いてますし、純白のドレスと相まってまるで『雪の女王』のようですよ」と想像力の翼を最大限に広げて称賛してくれたが、ココが「雪の女王の連れ子みたいじゃない?」と言うと笑いをこらえきれないでいた。

 ココはアルバートの隣で各国の使者の挨拶を聞くあいだ、ときおり落ち着かないようすで床につかない足をテーブルの下でパタパタと動かしていた。

 しかし、ふたを開けてみれば、だれも新婦をおかしな目で見るものはいなかった。レイモンドが言ったとおり、王族の婚姻で十二歳の花嫁というのはべつにめずらしいことではなかったのである。

 広い部屋に長いテーブルが置かれ、豪華な食事が各国の客人たちをもてなしている。

 そこから名前を呼ばれた使者が入れ替わり立ち替わり祝いの言葉を述べにくる。

 ココ自身はまったく料理に手をつけるひまがない。

 彼女は王太子妃初日にして「大変だなあ」とすでにくじけそうになっていた。

 これまでの自由な生き方はもうできないのかもしれない。だれにも気兼ねをしなくてすんだ森での生活にも良いところはあったんだな、と思う反面、あんなにつらかった森の生活を懐かしく思うとは、人間はつねに無い物ねだりをしてしまうあさましい生き物だなと自嘲せざるを得なかった。そもそも、ヴァンバルシアで大聖女になっていてもきっと窮屈な生活が待っていたはずなのである。

 そんなことを考えているあいだも来客の挨拶はつづいている。

 臣下が「サイバリア王国元帥シャルマーク・マハド閣下」と名前を読み上げた。

 ココとアルバートの前に精悍な顔つきの男が立った。日に焼けた浅黒い肌に真っ白い軍服を着ている。


「十八年前、六国でヴァンバルシアを攻めたときにサイバリア軍を率いていました」


 ひととおり型にはまった挨拶のあとマハドは言った。


「あなたの防壁にはばまれて撤退することになりましたが」


「まあ、あのときの」


 シャルマーク・マハドという名前に聞き覚えはなかったが、めずらしくココに関係のある話題だった。


「エキドナ王国は頼れる守護神を手に入れましたな。軍人として、まったくうらやましいかぎりです」


 サイバリア王国元帥は白い歯を見せた。




「あの活躍の代償があれか」


 食事の席にもどるとマハドは部下に言った。

 あの戦いのとき防壁を張ったのは十二歳の大聖女候補だと聞いていたが、十八年経ったいまでも十二歳の姿のままであった。

 その後、魔物から王たちを守るために片腕も失っているらしい。


「エキドナ王家は見た目より中身を重視するようですな」


 副官のカダファル・フーリーは、肥満気味の腹に料理を詰め込みながら答えた。


「見た目もいいじゃないか、将来が楽しみだ」


「将来ですか」


 彼女の時間がいつ動き出すのか、ずっと止まったままなのか、それはだれにもわからなかった。




 来客の挨拶がひととおり終わると、ココとアルバートは用意された控え室で休憩をとった。

 王と王妃も入ってきて、一時、会場に主役がいなくなったが、かなりアルコールもまわっていたので気づく客はほとんどいなかった。


「もう式も挙げたあとでなんですけど、どうしてもひとつだけお聞きしておきたいことがあって」


 ココはあらたまって王と王妃と王太子に向き直った。


「わたしによくしてくださるのは『十年前、魔物から救ってくれた恩返し』だとおっしゃっていました。もしかすると、この結婚もそのひとつなのかと……もしそうだとしたら、わたしとしてはそこまでしていただくのはかえって心苦しいのですが」


 三人は顔を見合わせた。


「まあ、そんなことを気にしていたの?」


 王妃が言うと、王がそのあとを継いだ。


「いやいや、さすがにそうではない。王族の結婚というのは国家の大事だ。本来は私情など挟まず、もっと有効に利用するべきなのだが、前にも言ったようにアルバートがそなたを気に入ってしまってほかでは嫌だと言ったので嫁になってもらったのだ」


「そうだ、ココ。わたしの想いが責任感からきていると思われるのは心外だぞ。まだ伝わっていなかったのかと反省もするが」


「これからは家族だ。遠慮も偽りもなく」


 王がココの肩に手を乗せた。


「家族……」


「そうだ。さあ、ココ。わしを父と呼んでくれ」


「そ、それではお言葉に甘えて。お、おとうさ……」


 突然、ココは涙をぼろぼろとこぼして、全部言い切ることができなかった。

 いったいどうしたのかとまわりは慌てた。ココ自身にも理由はわからなかった。

 彼女がいた聖女学校は「女神の慈悲」制度により孤児の生徒がいたが、基本的には「良いところ」の子女がほとんどだった。

 気位が高く上昇志向の強い家庭で育った娘たちは、内心、あるいは面と向かって孤児をさげすんでいた。

 ココは勉強一筋でそのことはまったく気にしていなかった。

 否、気にしないように努めていたのだといまさらながらに思った。

 心無い言葉や態度は彼女の心をじわじわと、そして深く傷つけていたのだった。

 そのため、自分には家族がいる。もう孤児だと蔑まれなくていいのだという思いがふいにあふれてきたのだった。


「すいません……嬉しいんです」


 ココは左手で涙をぬぐった。


「よくわからないけど、喜んでくれているようでこちらも嬉しいわ」


 ケイトがココにハンカチを渡しながら言った。


「さあ、お化粧が落ちたことですしお色直しをしましょう」


「衣装を変えるのか、そなたの美しい姿をおれは一生目に焼き付けておくぞ」


 アルバートは、ココの着飾った姿を見るのが嬉しくてたまらないようだ。


「ココは小さくて可愛らしいから、娘というより孫のようにも見えるのう」


 レイモンド王が笑った。


「わたし……三十歳ですけど」


 ココは涙を拭きながら照れくさそうに言った。

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