33.一蹴
学園対抗戦、予選決勝トーナメント初戦当日。
僕は寮から会場である学園の第一運動場へ続く道をやや駆け足で進んでいた。
「修ー!」
ようやく運動場の外壁が見えてきた辺りで、同時にこちらに大きく手を振る金髪の青年が目に入った。
僕は軽く手を振り返してから彼の元へ駆け寄った。
「ごめん、待った?」
「俺もちょうど今来たところだぜ」
響はそう言って踵を返す。
僕はそれに並び、他愛もない会話をしながら運動場への道を進んでいく。
「うわ、すげえ人の数だな」
運動場の観覧席用の入り口に目を向ければ、そこには普段見るはずもない人々の長蛇の列ができていた。
「一般の人も結構いるみたいだね」
決勝トーナメントは今日と明日、二日間に渡って開催される。
そのどちらも一般公開がされる予定で、学生以外の人々も観戦することができる。
「まあ、うちは去年優勝してるからな。それにしても凄い人数だが……」
予選を勝ち上がった先、全学園が争う学園対抗戦において、去年の優勝を手にしたのは神崎生徒会長が率いるデイヒル上級学園だ。
その影響か、予選であるにも関わらず興味を持った人々が押し寄せているのだろう。
「おい、あれ今年の優勝候補じゃないか!?」
群衆の中の誰かが声を上げた。
人々の視線が集まったのは僕たちの前方にいる二人組。
その内の一人が足を止めて群衆へ向いた。
「これは皆様!本日はこんなにも多くの方々が貴重なお時間を割き、我らの勝利の瞬間を見届けに参られましたこと心より嬉しく思います」
そう丁寧にお辞儀をしたのはアッシュブロンドをなびかせる如何にも貴族らしい青年、四回生のエルドール・ファイン。
学園内でも有名人である彼の隣に立つのは同じく貴族家の青年。
「私たちは皆様の期待に必ずや応えて見せます!」
瑠璃色の短めの髪をした男、同じく四回生の
彼らは去年の学園対抗戦、デイヒル上級学園の代表メンバーの一員であり、先日のグループ戦にて、Aグループで一位通過を成し遂げた強者である。
その実績から今年の予選優勝候補として名が挙がっているようだ。
「応援してますよ!」「エルドールさまー!」などと歓声が飛び交った。
エルドールたちは人の良さそうな笑顔で群衆に応えるように手を振っている。
「おや?」
ふとエルドールがこちらを振り返る。
彼らに近づく僕たちに気づいたようだ。
「私たちに用かな?」
「えっと―—」
「君たちの期待に応えてあげたいところだが、立場上、君たちだけを特別扱いするわけにはいかなくてね」
何を勘違いしているのか、エルドールは形式的に断り文句を告げた。
「だが、どうしてもと言うのなら―—」
「すんません。ここ通り道なんで」
響は端的にそう言うと、僕に「行こうぜ」と声を掛けて彼らの横を通り抜ける。
エルドールたちをちらりと見れば彼らは何を言われたかわかっていないのか呆然としている。
「待て」
エルドールが右手で響の肩を掴み、強引に引き留めた。
「見たところ君は貴族ではないな?」
「それがどうかしたんすか?」
響の態度を見てか、エルドールは開いた口が塞がらないといった様子だ。
「……今の言葉の意味がわからないのなら君は社会というものを少しは勉強したほうがいい」
大衆の面前を気にしてか感情抑えるように彼は言った。
「あんたこそ気を付けたほうがいい。戦う前に大口叩くと負けた時に痛い目を見る」
「なに?」
彼は響の言った意味がわからないようだ。
まあ無理もない。彼らは見るからに慢心しており初戦の相手など顔はおろか名前すら覚えていなさそうだ。
「エルドール殿、どうやらこいつらが今日の私たちの相手らしい」
先に気づいたのは隣りの右京である。
彼の言う通り決勝トーナメント初戦の僕たちの相手は今まさに目の前にいる二人だ。
「くっくっく……そういうことか」
ようやく理解したエルドールが嗜虐的な笑みを見せた。
「相手?どこの馬の骨とも知れぬ平民と魔力もロクにない落ちこぼれがか?くっくっく、可笑しくて笑いが止まらないとはこのことだな」
するとエルドールは響の肩をグッと引き寄せてこの場にいる者にしか聞こえない声量で言った。
「散々ふざけた態度を見せたんだ。精々楽しませてくれよ?」
そう言い終えるとエルドール達は足早に僕たちを追い越す。
途中で周囲からの歓声があったものの、彼らがそれに応えることはなかった。
「もしかして怒ってる?」
あの後、案内された控え室にて準備運動をする響に言った。
「そう見えたか?」
「まあ少しだけ」
先ほどのエルドール達に対する響の態度。
どう見てもいつもの風ではなかった。
響は一呼吸おいて口を開く。
「怒ってはいないんだが……聞きたいか?」
「僕のため?」
図星だったか響はツーと目を逸らした。
大方僕が舐めて見られたことに嫌悪したと言ったところか。
「ありがとう」
それだけ伝えて、それ以上は聞かないでおく。
たぶん聞く方も気まずいし。
「そういえば響の親は来てたりするの?」
話題を変えるためふと思い立ったことを口にする。
「ん?ああ……俺ん家はちょっと遠いからな。今日は来れないが明日は来るってよ。時間があったら修を紹介させてくれよ」
「し、紹介って……」
「まあ元より勝つつもりだが、そのためにも今日負けるわけにはいかないな」
響が冗談交じりに言った。
決勝トーナメントでは負けたらそこで終わり。敗者復活といったルールはない。
「うん。今の僕たちなら負けないよ」
コンッコンッコンッ
控え室の扉がノックされる。
「運営スタッフです。入っても大丈夫ですか?」
「どうぞ」
僕の方が扉に近かったためそう返す。
「失礼します。お待たせしました。もうまもなくお二人の出番となります。それに先立ちましてルールの再確認をさせていただきます」
僕と響は一度ストレッチを辞めて、耳を傾けた。
「試合形式は二体二のチーム戦。グループ戦の時と違い、決着条件はどちらかのチームが二名とも戦闘不能になることです」
この前は身につけたバッチを取り合ったが、今回はシンプルに戦うだけだ。
戦闘不能の可否は審判員が判断するとのことだ。
「グループ戦と同じように、魔法、魔法具、武器の使用制限はありません。ですが相手を死に至らしめることは禁止です。ルールの違反が発覚した場合は時期に関わらず該当チームは失格に加え厳重な処罰が与えられる場合がありますのでご注意ください。」
同じとは言いつつ、「回復不能な傷を負わせてはならない」というルールは今回はないらしい。
これは致命傷を負ってもすぐに教師かスタッフが駆けつけることができるからだろう。
つまりグループ戦の時よりも戦闘が激化するのは間違いない。
「また、今回も競技指定エリアを高度な結界で覆っています。通常なら破れる
ことはありませんが、結界の外には客席がありますので、故意に結界を破る行為は禁止です」
流れ弾なら仕方がないということか。
「確認は以上です。何か質問等ございますか?」
「「大丈夫です」」
決勝トーナメントを勝ち抜いたのは一六組、三二人の精鋭たち。
彼らはまだ一回戦だというのに激しい戦闘を繰り広げ、呼応するように会場の熱気は最高潮であった。
今日行われるのは二回戦までであるが、一回戦も残り三試合と試合数でいえば既に折り返しを過ぎていた。
本日何度目か、試合が決着したことで、一際大きな歓声が会場を埋め尽くす。
しかしその裏、激情に身を焼く者にはそんな人々の声は雑音でしかなかった。
「エルドール殿、そろそろですよ」
彼の相方、右京 昴の声を聞いてようやくハッとする。
「こんなにも長い時を感じたのは生まれて初めてだ」
エルドールはその激情を煽った男を完膚なきまで叩き潰す時を今か今かと待ちわびていた。
ようやく訪れたその時。
彼を包むのは怒りか或いは喜びか。
そのごちゃ混ぜの感情から彼の表情は自然と狂気に染まっていく。
「だ、大丈夫ですか……?」
「大丈夫?ああ大丈夫だ。さあ行こう。私はこの想いを彼にぶつけたくて仕方がないんだ」
まだフィールドに立ってすらいないというのに、エルドールは腰に下げた赤白の剣、壊血剣イコルに手をかける。
「おっと、まだだったな」
彼は僅かに我を取り戻したか、剣の柄から手を離して舞台へと向かって行った。
『続きまして、一回戦第六試合。Aグループ一位、ファイン、右京チーム対Bグループ四位、シャムロック、三空チームの試合を行います。選手の準備が整うまで今しばらくお待ちください』
会場全体に魔力で声が飛ばされる。
選手となる生徒たちはまだ一人も舞台に姿を現していない。
しかし会場の一点が異様にざわついていた。
「おい、あそこにいるのって……」
それに気づいた誰かが声を上げた。
注目の的となっているのは現在、観戦席エリアの通路を歩いている八人組の集団。
皆同じ制服を着用しているが、その制服はこの学園、デイヒル上級学園のものではない。
「凛様、あちらの席は如何ですか?」
その集団の一人の男が先頭に立つ赤髪の少女に言った。
「良いわ。そこにしましょ」
少女はツインテールの髪を優雅にかき上げる。
その集団は彼女に付き従って、空いている席へと向かった。
「これはこれは、夏目家のご令嬢とトーリエ上級学園の皆様」
その声を聞いて彼らは足を止める。
彼らが振り向いた先にいたのはデイヒルの生徒会長である神崎蓮だ。
「あら、わざわざ挨拶しに来なくてもいいのよ。わたし達はただ観戦しに来ただけなんだから」
神崎とは顔見知りである彼女は素直にそう言った。
「公爵家のご令嬢をお相手にそういうわけにはいきませんよ」
神崎はいつものように人の良さそうな笑顔で言った。
「あら、私たちがここに来た目的を聞きたいなら素直にそう言えばいいのに」
神崎の心中を読んだのか彼女はそう返した。
彼らは周囲に一般の観客がいるにも関わらず、まるで眼中にないと言わんばかりにそういった会話を繰り広げる。
「……たしかトーリエの予戦も今日のはずではありませんか?」
学園対抗戦の予戦は運営の都合により全ての学園が同日に行うわけではない。
しかしデイヒルとトーリエは両学とも本日が予戦初日だ。
まだ午前中であるにも関わらず神崎の目の前には如何にも代表メンバーである八人がいるのだ。
「うちは予戦なんてやってないわよ。代表メンバーは全員、私が決めたもの」
この少女、
そんな彼女が発した異常な言葉にも神崎は表情を変えずに口を開く。
「流石は『煉獄の覇者』ですね」
「その呼び方嫌いなの。それと、そろそろ行っていいかしら?」
神崎が舞台の方へ目を向ければ、四人の生徒が既に準備を終え、開始の合図を待っていた。
「おっと、御御足を止めてしまい大変失礼致しました。どうぞごゆるりとお楽しみください」
神崎がそう丁寧にお辞儀をしたのを見て、夏目たちは目的の席へ繋がる階段を降りる。
「隣座ってもいいかしら?」
夏目が空席の一つ隣に座っていた男性客に声をかける。
「は、はい、失礼します」
「退かなくていいわよ」
男が咄嗟に立ち上がったのを見て夏目が言った。
男は言われた意味がわからず呆然としている。
「あなたたちは上で見なさい」
夏目は連れの七人にそう命令する。
「「「はい」」」
言われた彼らは口答え一つせずに踵を返す。
「よ、よろしいのですか?」
男性客は焦った様子で言った。
公爵令嬢の連れが立たせてしまっているのだから焦るのに無理もない。
「……?なにがかしら?」
夏目は何事もなかったかのように淑やかに席に座り、舞台へと視線を向けた。
騒がしかった一部の観客席がようやく平穏を取り戻す。
まあ王族を除いたらこの国一番の貴族の娘が一般席にいるのだから周囲も焦るだろうな。
「あの女は俺でも知ってるぞ」
響も気づいていたようで、 というかこの会場にいるほとんどの人間が彼女の動向に注目していたわけだが……。
「すっげえとこのお嬢様がなんであんなところにいるんだ?」
「周りもすごい気まずそうだね」
彼女の隣に座っている男性客なんか座ったまま身動き一つ取らずに硬直している。
まあそんなことは彼女からしたらどうでもいいのだろうが。
僕の方にトンと何かが乗った。
『偉そうな女ね』
思念を通じて手のひらサイズのセレネが僕に言った。
仕組みは分からないが界月銀杖を収納していても持ち主がいれば近くに顕現できるらしい。
セレネは
『お前も十分偉そうだけどな』
響がそう返すとセレネは『なによ!』と犬歯を剥き出しにする。
彼らは出会ってからずっとこんな感じだ。
「まもなく試合を始めます」
審判が魔力で声を飛ばす。
僕らの視線の先にいるエルドールたちは待っていたと言わんばかりに剣を抜き、魔力を解き放った。
審判が全員の準備ができたことを確認して舞台袖の上空へ飛び上がり魔法陣を描く。
「それではファイン、右京チーム対三空、シャムロックチームの試合を始めます」
観客席と舞台の間に強固な結界が何重にも張り巡らされる。
「始め!!」
合図と同時に四人が一斉に魔法陣を描いた。
「<
「<
「<
三人の魔法攻撃が衝突する。数ではあちらが優勢だが一発の威力なら響の<
「<
僕は同じ魔法を同時に七つ描く。
響が放った<
突如姿を表した一○五発の<
ドゴオオオオオオ
大きな爆発と共に砂塵が舞う。
姿は見えないが魔力は感じられる。
「俺たちの連携に耐えるとはやるじゃねえか」
響が得意げに言うと視界の先で何かが動いた。
「平民風情が」
エルドールが赤白の剣を抜き放ち、矢の如く突っ込んできた。
狙いは響だ。
しかし響は光波剣で問題なく防いでみせた。
「響っ!」
僕が魔法陣を描いたその時、僕の足元に魔力が膨れ上がる。
足元から突き上がったのは巨大な氷山だ。
僕は咄嗟に飛び退き受け身を取る。
「貴方の相手は私ですよ」
僕の隙を狙った右京が迫る。
彼は両腕に氷の槍を纏い片方を勢いよく突き出す。
『セレネ、補助お願い』
『任せなさい!』
僕は先ほどよりも格段に速い身のこなしで右京の槍を難なく躱した。
「<
右京が魔法を描けば、今度は足元ではなく僕の周囲を取り囲むように氷山が姿を現す。
僕は氷の壁に閉じ込められる前に地を蹴り頭上へ勢いよく跳んだ。
「甘い!!」
僕の動きを読んでいたか、右京は既に僕の頭上へ先回りしており、氷を纏った蹴りが僕の胴を狙う。
『甘いのはそっちよ!』
右京の蹴りが直撃するよりも先に彼の腕を無理矢理掴みかかる。
そのまま流れるように彼の身体を振り回して地面へと投げ飛ばした。
『うちの修を舐めてもらっちゃ困るわ!』
セレネが自慢気に言うが、無論僕以外には聞こえていない。
足下を見やれば彼は上手く受け身を取ったようで大きな外傷もなくこちらの様子を伺っている。
僕が静かに舞台に着地すると右京は訝しむよう目を細める。
「空間魔法でそんな動きができるとは知りませんでした。一体どうやっているんです?」
彼は警戒しながらもそう問うた。
「具体的には教えられませんけど、ちょっとズルしてる、とだけ」
彼は一瞬だけ視線を響たちの方へ傾ける。向こうの様子が気になるようだ。
しかしセレネがついている僕の前ではその一瞬が命取りだ。
セレネから補助を受けることで描いた魔法陣が一瞬にして完成する。
「なっ!?」
<
彼からすればワープするように現れた僕が横薙ぎに蹴りを繰り出す。
響たちとは反対の方向へ彼は蹴り飛ばされる。
「少しぐらいは相方の心配をしたらどうですか……」
右京は唇に滴る血を拭う。
「僕は彼を信じています」
僕は右手を宙に突き出し、隣の空間をぐっと掴んだ。
すると手のひらを中心に銀の光が輝く。
「彼も僕を信じ、そして絶対に目の前の敵を倒す」
空間を切り開くように現れたのは界月銀杖アルテミスである。
「だから僕もあなただけを倒せばいい」
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