第19話 正義の味方は少し遅れてやってくる
「じゃあ、俺たちは行かせてもらうぞ」
そう言って、マティアスたちはこの場から去ろうとする。
しかしそれを許すわけにはいかない。きっとこいつらはまた同じことする。そうなればまた誰かが傷つけられることになる。
ではどうすればいいのだろう。
「本当にいいんですか? きっとこいつらはまた同じことをする。標的になるのはあなたたちの家族や知り合いかもしれない」
衛兵に訴えかけてみるも相手にされない。
権力と敵対するには相応の覚悟がいる。しかしこの衛兵たちにそんなものはない。
だから優羽は戦わざるをえなかった。誰もしないのなら自分がするしかないと立ち上がった。
それは決して正義ではなかった。ただの独善だ。
そして俺はもう優羽ではない。今の俺はアゼル・イグナスだ。俺は俺を愛し育ててくれた両親に恥じない生き方をしなければならない。
だから、答えは決まっていた。
「行かせるわけにはいかない」
そう言って、力を使おうとしたときだった。
「待ちなさい! グラスブルク騎士団特別警備部隊隊長アリア・ヴェリオルの名において、マティアス・キミッヒ、ノイゼア・キミッヒの両名を捕らえます」
現れたのは金糸の長い髪を風になびかせた女性だった。ビシッと二人の方に人差し指と青く澄んだ双眸を向けて、アリアと名乗ったその女性はそう宣言した。
「アニキ……どうする?」
「くそっ……面倒なことになった。逃げるぞ」
そう言って二人はなりふりかまわず逃げ出そうとしたが、それを許すわけがない。
風の魔法で上から下へと強めに衝撃を与える。先ほど弟の方を制圧したときのように継続的に圧をかけ続けるのではなく、足止めのために強めなのを一発だ。
バンっと弾けるような重低音と共に、二人は大地にへばりつくように倒れた。
「今のは、魔法ですか?」
「はい」
「見たことのない魔法でした。協力感謝します」
言いながらアリアさんは倒れた二人を慣れた手つきで拘束していく。
ただ、拘束の仕方が執拗だった。布の猿ぐつわを噛ませた後、手を背中の後ろに回させて、両手のひらを合わせ、指を交互に絡めるように握らせてから、手首だけでなく手全体を縄できつく縛っている。
拘束が目的であるのなら、後ろ手に手首だけ縛ればいいような気もするが何か意味があるのだろうか。
自分なりに考えてみるが思い至らないので聞いてみる。
「その指を交互に握らせてから縛るのには意味があるんですか?」
「ああ、これですね。猿ぐつわもですが、魔法を使いにくくさせるためです。こうやって手のひらどうしを合わせてしまえば、自爆覚悟でしか魔法を使うことができなくなります」
「なるほど」
そういえば普通魔法を使うときは手を突き出して、手のひらから魔法を放出するイメージで使う。だからこの拘束方法は有効なのだろう。
「あの、彼らは高ランクの冒険者で、もしものこともあるため、教会まで同行していただけませんか?」
「はい。同行するのは問題ないんですけど、こいつらを教会に連れて行くんですか?」
「そうです。魔法を得意とするような容疑者の場合は、教会内の裁判所にある拘束室に拘束します。教会内で拘束しておけば、どんな実力者でも逃げ出すことができませんから」
「おお。なるほど」
確かにそのとおりだ。グランベルの孤児院で世話になっていたときは裁判所内に囚われている人なんていなかったが、きっとあの教会内にもそういう部屋があったのだろう。
その後、俺たちはアリアさんと共に教会へとキミッヒ兄弟を受け渡し、山猫亭へと戻った。
山猫亭に着いたときにはすでに日は沈み夜になっていて、本来であれば夕食が用意される時間は過ぎてしまっていたのだが、俺たちの分は残してくれてあった。
おかげで今、部屋の中で夕食にありつけている。
さらにマリッサさんは残してくれてあった料理を温めなおそうとまでしてくれたが、それは遠慮させてもらった。
ネコはもともと猫舌で熱いのが苦手だし、実を言うと俺は温かなできたての料理も好きだが、同じくらいにできてから時間のたった冷めた料理も好きなのだ。
あまり他の人からは賛同は得られないのだが、冷めているときのほうがより料理の味を感じる気がする。
これは前世のときもそうだったし、今世でも前世の記憶を思い出す前からそうだった。
今食べているのはウサギの肉を使ったオムライス。
やっぱり冷めていると食材一つ一つの味をはっきりと感じることができておいしい。
この世界は前世の世界より技術が進んでいない。それなのに食材や料理に前世の世界とあまり違いがない。
それがとても不思議だった。
やはりイスラフィールたちAIが考えたように、この世界は何者かによって作られたものなのかもしれない。
魔法などの違いはあるにせよ、地球とこの星は同じシステムを下敷きに作られているのだろう。
それにしても今日は色々あって疲れた。
そういえばあのキミッヒ兄弟は少し前から問題になっていたらしい。しかし噂ばかりで、証言してくれる被害者もおらず、実力者で拘束も難しいために野放しになっていた。
しかし、今回は俺が助けた女性が証言を約束してくれたので逮捕に至ったようだ。
場合によっては俺も証言のために呼び出されることがあるらしい。
まぁ、なるようにしかならない。今日はもうご飯を食べ終わったらさっさと寝ることにしよう。
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