放課後、君と嘘から始まる恋。

七瀬瑠華

嘘から始まる彼女

 四月の始まりは、桜と共にやってくる。


 春風に吹かれながら、俺——早川悠真はやかわゆうまは新しい制服の袖を引っ張って、校門をくぐった。


 「ふう……ついに高校生活か」


 特別期待してるわけじゃない。中学と何かが大きく変わるわけでもないだろう。でも、少しだけ胸が騒ぐ。環境が変われば、何か起きるんじゃないか——そんな、ありきたりな青春の錯覚。


 教室に入ると、すでに何人かの生徒が集まっていて、ちらほらと会話の輪ができ始めていた。


 席について教科書を眺めていると、ガラリとドアが開いた。


 「おはよー!」


 その声に、教室が一瞬でざわめいた。


 現れたのは、一人の少女。長めの黒髪を風になびかせて、無邪気な笑顔を浮かべた彼女は、誰もが一瞬で目を奪われるほど、絵に描いたような美少女だった。


 「うわ、まじか……」


 「なんかモデルとかやってそうじゃね?」


 クラスの男子の視線が一斉にそちらに向かう。


 その彼女は、俺の隣の席にすっと座ると、にっこり微笑んだ。


 「ねぇ、君の名前は?」


 「えっ、俺?早川悠真、だよ」


 「あたしは南雲なぐもすず。よろしくね、悠真くん♪」


 いきなり名前呼び!?距離感バグってないか!?


 でも、なんだろう。この人懐っこい笑顔に、思わず言葉が詰まった。


 「う、うん。よろしく……」


 ——それが、俺と南雲すずとの出会いだった。



 高校生活は予想外のスタートを切った。


 南雲すずは入学早々、クラスどころか学年中の話題の中心になった。ルックスも抜群、成績も良くて運動神経までいいらしい。


 だが、それだけじゃない。彼女は誰にでもフレンドリーで、気取ったところがない。天然っぽいけど、どこか掴めない雰囲気もあって、男女問わず人気者だった。


 そして、俺——地味で平凡なだけが取り柄の俺が、なぜかその「隣の席」というだけで、話しかけられまくる羽目になった。


 「ねぇねぇ、悠真くんって部活何か入るの?」


 「え? まだ決めてないけど……」


 「じゃあ、私と一緒に演劇部見学しに行こーよ!」


 「えええ!?演劇部!?」


 「ダメ? 私、ちょっとだけ興味あるんだ~」


 ……可愛い顔で見上げないでくれ。断れないだろ。



 結局、俺は彼女に引きずられる形でいろんな部活の見学に付き合わされた。


 放課後のたびに一緒に歩いているせいか、「あの二人って付き合ってんの?」という噂まで立ちはじめた。


 もちろんそんなわけ、ない。


 けれど——。


 「なあ、悠真。ちょっと来い」


 昼休み、呼び止められたのは、クラスの中心人物・三島蓮みしまれんだった。スポーツ万能、女子人気も高いリア充代表みたいなやつだ。


 「南雲さんと、どういう関係なんだよ?」


 その言葉に、一瞬で背筋が凍った。


 「ど、どういうって、別に……ただのクラスメイトだし……」


 「でも最近、放課後も一緒だろ。正直、気に食わないんだよ」


 うわ、めんどくさい展開きたなこれ。


 俺が言い訳をしようとしたその時だった。


 「悠真くんは、私の彼氏です!」


 ——え?


 後ろから声が飛んできた。その主はもちろん、南雲すず。


 教室が、静まり返る。


 「……えええええええええ!?」


 俺の悲鳴が、昼休みの校舎に響いた。



 「ちょ、ちょっと待って南雲さん!?彼氏って、どういうこと!?」


 放課後、人気のない中庭で問い詰める。


 「だって、あのままじゃ悠真くんがいじめられそうだったんだもん」


 「いやいやいや!だからって彼氏宣言っておかしいでしょ!? なんでそんな嘘を……」


 「……ごめん。でも、悠真くんが困ってるの、放っておけなかったから」


 うつむきながら、すずがぽつりと呟く。


 その顔が、どこか寂しそうで、文句を言おうとしていた口が止まった。


 「……ま、まぁ、気持ちはありがたいけどさ」


 「とりあえず、みんなには『付き合ってるフリ』ってことにしとこっか!一ヶ月だけ!」


 「いや、なにそれ!?一ヶ月ってどういう基準!?」


 「GW前まで!それまでに、私の“ほんとの目的”も達成するから!」


 「目的って、なんだよそれ……」


 「ふふふ、それはまだ内緒♪」


 ——こうして、俺は「嘘の彼氏役」を演じることになった。


 理由もよく分からないまま、南雲すずとの“偽りの恋人関係”が始まったのだ。


 でもその時の俺は、まだ知らなかった。


 この嘘が、やがて本当の気持ちに変わっていくことを——。

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