第19話 壊れていく日常【菜々花サイド】

「ああ、もう苛々する!」


最近何だか上手くいかないことばかりだ。

厄介者がいなくなったというのにパパとママは喧嘩ばかりしている。ぎすぎすした雰囲気の上に、家の中も埃が溜まっていて汚い。料理も出来合いの総菜や弁当ばかりで飽きてしまった。


「最近さ、菜々花って機嫌悪くない?」

「彼氏に振られたからでしょ?こっちに八つ当たりしないでほしいよね」


(ちょっと前まで菜々花、菜々花と纏わりついてきていたくせに!)


可愛い菜々花といれば自分たちも格が上がると勘違いするような子たちだが、便利だから一緒にいてあげたのに、恩を仇で返すとはこのことだ。

いつでもどこでも男女問わず、周囲に持て囃されていた菜々花にとって我慢ならない一言に菜々花はドアを勢いよく開けた。


「勝手な妄想をまき散らすのは止めてくれる?振ったのはこっちからだから」


現れた菜々花に気まずそうに黙り込むものの、謝罪の一つもない。誰のおかげでこれまで優遇されてきたと思っているのか。


「あんた達といると私まで低く見られちゃう。金輪際話しかけないで」


立ち去る菜々花の背後でいくつかの悪口が聞こえていたが、僻まれるのは慣れている。家にいるのが憂鬱なのだから、学校ぐらい楽しく過ごさないとやっていられない。


(あいつがいなくなって困ったのは、ストレス解消が出来なくなったことね。何かスカッとすることでもあればいいけど)


新しい彼氏にしても元カレよりも自慢できるような男はこの学校にいない。もっと大人の大学生なら菜々花を満足させてくれるに違いない。

早速知り合い経由でセッティングしてもらおうとスマートフォンの画面を開いた時、職員室への呼び出しが掛かった。


「……警察?」

「詳しい事情は聞いてないけど、お母様からご連絡があったの。今日はお家に帰ったほうがいいわ」


家に警察が来たことと、菜々花に何の関係があるのだろう。唯一心当たりといえば、透花のことだ。

ちょっと押しただけなのに勝手に転んで頭を打っていたようだけど、翌朝にはいなくなっていたのだから、大した怪我ではなかったのだろう。


予定が狂って不機嫌になったが、周囲から好奇の目で見られていることに気づいてさっさと帰ることにした。


「俺はやっぱり菜々花が怪しいと思うんだよな」


自分の名前と聞き覚えのある声のほうに顔を向ければ、元カレの得意げな顔が視界に入った。


「行方不明なのに心配してないのは元々妹ちゃんと仲悪かったからじゃないの?菜々花って良くも悪くも自分のことしか興味ないし」


庇っているようでディスってる女の顔を確認していると、元カレは嫌な笑みを浮かべる。


「偶々鉢合わせた時にさ、あいつ妹をすっげぇ形相で睨んでたんだぜ!もうそっからこいつとは無理だなって思ってさ。可愛いけど気性が激しいし、俺はやっぱり優しい子がタイプだな」


何が面白いのか笑い声が起きる。チャンスとばかりに立候補する図々しい女たちを一瞥して、菜々花は玄関へと向かった。


ただでさえ面白くない状況なのに校門を出てから、すぐに制服を着た女に捕まった。偏差値の高い名門校の生徒が、こんな所で何をしているのか。


「透花に何をしたの?!」

「は、あんた誰?透花の知り合い?」


菜々花の言葉に驚いたように目を見開いたが、すぐに恨みのこもった目つきで睨んできた。


「……元友達よ。あんたが透花を虐めなければ、ずっと友達だったのに!」


そう言えばそんなのがいたことを思い出す。今日はどれだけ厄日だというのだろう。言いがかりにも程がある。


「透花を突き放したのはあんたでしょ?自分がしたことを人のせいにしないでよ」

「確かに透花を傷付けたのは私だし、言い訳しないわ。でもあんたは透花が楽しそうにしているのが鬱陶しいという理由だけで透花に暴力を振るったからじゃない!」


それはこの女が図々しい上に菜々花の親切を無下にしたからだ。誰だって陰気で気持ち悪い透花より菜々花を選ぶ。だから菜々花の友達にして透花から切り離そうとしたのに、自分の友達は自分で選ぶと拒絶したのだから仕方がない。


理由をつけて透花に罰を与えていると、ようやくこの女は透花の側を離れた。その時の透花は好きな人に振られたかのようにショックを受けていて、結局それから透花は不登校になった。

その原因となった女が菜々花を責めるなんて、間違っている。


「透花、透花って女同士なのに気持ち悪っ!モテないから友情なんてものに縋りつくのよね。それってすっごく惨めじゃない?」

「あんたは昔から透花が羨ましかったんでしょ?あの子の綺麗な瞳は決して自分にはないものだから」

「何それ?!馬鹿じゃないの!」


制止の声を振り払って、菜々花はその場から走り去った。まるで逃げるような自分の行動に戸惑いながらも、家に帰らないといけない理由を頭に思い浮かべた。


帰宅すると疲弊した様子のママがリビングに蹲っていた。辛気臭いし一気に老けたようなママに話しかけるのも嫌だったが、縋るような眼差しを向けられて無視はできない。


「あの人が……透花を………私が――いけなかったのに……」


途切れ途切れにしか聞き取れなかったが、どうやらあの日パパが透花に暴力を振るったこと、そしてその日から透花の姿が消えたことから、パパに殺人容疑が掛かっているらしい。


「勝手に透花が出て行っただけでしょ?ちゃんと捜査すれば疑いも晴れるから心配しなくて大丈夫だよ。ね、気分転換にカフェにでも行こうよ」


お洒落なカフェで映えるパフェでも食べれば、気分も上がるだろう。良かれと思って提案したことなのに、ママは菜々花を呆然とした表情で見つめている。


「妹が行方不明で、父親に殺害容疑が掛かっているのよ?心配じゃないの?!」

「だから疑いが晴れれば戻ってくるじゃん。透花なんて元々いらない子だったんだから――」


乾いた音と同時に頬に痛みが走る。見たこともないママの険しい表情と中途半端と震える手で、叩かれたのだと気づいた。


「な、何で……そんな子に育ったの?……透花はあなたの妹なのに……」


崩れ落ちるよう泣き出したママを見て、泣きたいのはこちらの方だと胸の中で毒づく。これまで透花を無視していたのに、いなくなってから母親のように振舞うなんて馬鹿みたい。


(全部透花が悪いんだわ)


徐々に壊れていく平穏な日々を肌で感じながら、菜々花はそんなことを考えていた。

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