第7話 悲劇の始まり
夕暮れの赤い日差しが山の向こうに見え、番傘衆の基地は薄暗くなっていた。基地の建物の横にひっそりと建つ二階建ての建物、ここは普段レイ達がつかう事務所が入った建物だ。一階はガレージとなっている建物の前にスタンドに吊るされた甘菜のパワードスーツがありその前に戦闘服を着た男が立って居た。
「これでみんなそろったな」
甘菜のパワードスーツを見ながら男は小さくうなずく。男性は七三分けの髪形に眼鏡をかけた糸目でパワードスーツを見ながらにこやかに笑っている。この男の名前は
「隊長さん。こんにちは。これって……」
出勤してきた未結が、石川の後から近づいて挨拶をした。彼女は甘菜のパワードスーツに気付く。
「おぉ。未結ちゃん。出勤ご苦労さま。甘菜ちゃんのマジックフレームだよ。出撃できるようにこれから吾妻に運んでもらうんだ」
振り向いて笑顔で未結に話しかける石川だった。未結は私服で水色のシャツの上に黒のセーターを着て、下半身は長く足首まで裾のある白いスカートを履いていた。
「でも、甘菜さんは今日は非番ですよね? 明日でも……」
勤務が終わった甘菜のパワードスーツを準備する、石川を不思議そうに見る未結だった。彼女の視線に気づいたのか、石川が少し寂しそうに空を見上げた。
「さっき気象局から魔の巣警報が出た。死の雨が深夜頃に町に近づく予想だ」
「えっ!? なら夜間警戒体制がより強力に…… わかりました」
真顔になり未結は右手の人指指をあごに置く、彼女は石川の言葉を頭の中で反すうしうなずいて返事をした。石川の前から階段に向かい事務所へと足早に向かう。
レッドデビルズを生み出す悪魔の雨雲、魔の巣は通常の雨雲が変化して誕生する。研究の成果で魔の巣が誕生する前に周辺の磁場と空気に一定の乱れが起きることがわかっている。番傘衆は気象観測用のドローンや地上に装置を置いてツマサキ市の周囲で魔の巣が発生する兆候を観測していた。魔の巣が出るような条件になると警報を発し町は厳戒態勢になる。元々ツマサキ市では、夜間に強力なレッドデビルズが徘徊するため、市民夜間外出に制限があるのだが、魔の巣も近づくとなるとより厳しい警戒態勢がとられる。
「いつでも動けるように準備してくれ。後、レイ達にも連絡を頼む」
「はい。わかりました」
階段の手前で振り向き、石川に右手をあげ未結が返事をした。彼女はガレージの外階段を上がり事務所へと入る。扉を開け中へ入るとすぐ右手には、今は使われてないカウンターと受付スペースが見える。受付の奥は幅五メートル、長さが十メートルほどの廊下で、奥の壁には休憩用の丸テーブルと椅子にその横に自販機が見える。受付すぐ横にあった扉を未結は開けて中へ入る。
事務所の中は左手に仮眠用の二段ベッドとベッドの横には更衣室があり、中央に四つの机が向かい合わせで島がつくられ島を見るように窓の近くの壁際に石川が座る隊長席がある。机にはそれぞれ電話とパソコンが備え付けられている。四つの机で作られた島の左奥の席に体格の良い戦闘服を着た男性が座っていた。
「こんにちは。ヤマさん」
「あぁ。こんにちは」
未結に挨拶され男性は右手をあげ真顔で答える。男性は短い逆立った黒髪で目が丸く、鼻は少し低く体は大きいが顔つきは優しく穏やかな雰囲気を持っている。彼の名前は
「さっき隊長から指示があったので巡回に出る前にレイさん達に連絡します」
「わかった。お願いします」
頭を下げた未結は更衣室へと向かうのだった。
数分後…… 自宅に戻っていたレイはベッドの上で、番傘衆から支給された連絡用のスマホを操作していた。
「了解っと……」
未結から来たメッセージに返信したレイ、彼女からの連絡内容は魔の巣が深夜に発生する可能性があり、待機するようにいう石川からの指示を伝えるものだった。
「夜の出勤に備えて戦闘服を着ておくか…… どうせ何かあったらすぐに呼ばれる」
レイは立ち上がりベッドの脇に、かけてある灰色の迷彩柄の戦闘服を取り着替え始めた。着替えが終わると再び彼はベッドに座ってスマホの画面を確認する。
「レイくん…… いる?」
「どうした? 未結さんから連絡あったろ? 俺達も待機だから……」
扉が少しだけ開いて、甘菜がレイに声をかける。レイは扉に顔を向け彼女に応対する。
「うん。わかってる。でも…… あの…… あのね……」
頬を赤くしてなかなかしゃべらない甘菜にレイは優しく微笑む。
「いいよ。叔母さんが店を閉めるまでまでここに居な」
「ありがとう…… レイ君。やさしい」
自分の座ったベッドの横を軽く叩きレイは、甘菜に自分の横に座るように促した。礼を言った甘菜は駆けるようにしてレイの横に座るのだった。
横に座った甘菜を見てレイはあきれたような顔をする。
「ガキの頃から姉ちゃんは怖がりだもんな。変わらねえな」
「ムっ!!! あーあ。昔はお姉ちゃん怖いよーって言って私に抱き着いて寝てくれたのに…… 今は生意気なんだから!!」
「はいはい。だから子供の頃の話を…… しっかしよくそれで番傘衆になろうと思ったな」
「レイ君いじわる! 嫌い」
口をとがらせそっぽをむく甘菜だった。レイは彼女の頭にそっと手を伸ばし撫でる。
「えっ!?」
驚き恥ずかしくなり甘菜は顔を真っ赤にしてうつむく。レイは彼女の頭を撫でながら口を開く。
「姉ちゃんは俺が怖がるから無理してたんだもんな…… ありがとう。もう俺が……」
「レイ君……」
撫でるレイの手を甘菜が強く握った。彼女は振り向いてレイと見つめ合う。二人の間に少し緊張した空気が流れていく。どちらかともなく顔が近づいていく、レイの目に映る甘菜の輪郭がぼやけていく。彼は顔を斜めにすると甘菜は黙ったまま目をつむった……
「レイーーーー! 甘菜ーーーー! ちょっと来て!!!」
「うっ!?」
「はっ!?」
一階から夏美が二人を呼ぶ声が響く。レイと甘菜は飛び上がるようにして近づいていた顔を同時に離した。
「なっなんだ」
「行こう。様子がおかしいよ」
「そっそうだな」
先ほどまでのことにどちらも触れずに夏美の呼び出し応じようとするのだった。二人は廊下を歩き一階へ。春を過ぎたばかりの涼しい空気は、まだ少し熱を残していた二人の頬を優しく冷やす。
一階に下りるとカウンターの調理場に立つ夏美が声をかけて来る。
「来たね」
夏美がカウンターへと視線を向ける。彼女が視線を向けたカウンターの席に一人の老婆が座っていた。老婆は灰色の整えた短い髪に細く目じりが下がった優しい目をし、服装は落ち着いた薄い紫の帯を巻いた緑の着物に身を包んでいた。
「悟の…… ばあちゃん」
老婆を見たレイがつぶやく。カウンターに居たのは悟の祖母の
二人の姿を見た紀恵は、顔をクシャっとさせ泣きながら必死に口を開く。
「レイちゃん。かんちゃん…… あのね…… 悟が…… 悟がまだ戻らないの…… 何か知らないかい?」
どうやら悟が家に戻らず心配で二人の元を紀恵は尋ねてきたようだ。彼女の言葉に驚きレイと甘菜は顔を見合せた。少し間を開けてレイは小さく首を横に振り紀恵に答える。
「いや。俺達は学校で別れてから先は知らないな。仕事で遅れてるだけじゃないかな?」
「それが…… 仕事場に連絡したらもう少し前に辞めたって……」
「えっ!?」
驚いて思わず声をあげるレイ、それもそのはずだ、彼は今日、悟から得意げに仕事が決まったと教えてもらったばかりだった。レイは放課後の悟との会話で、今日は彼女に会いに行くと言っていたことを思い出した。
「そうだ! ばあちゃん! 悟の彼女には連絡した? 今日は会いに行くって」
「知らない…… 最近、悟は全然自分のことを話てくれないの…… 前はいっぱい話してくれたのに」
不安そうに手で顔を覆う紀恵だった。レイは真剣な表情をして顎に手を置いて考えていた。仕事を勝手にやめ何も告げずに姿を消した悟、家族の知らない彼女の存在、レイの中で不安が少しずつ大きくなっていく。将来に絶望したカップルが自殺するなどこの町ではよくあることだった。
「悟に何かあったら私は…… 息子たちに…… うっ……」
「紀恵さん」
夏美が紀恵に声をかけ、彼女の背中を支えて椅子に座らせる。
「レイ、甘菜、あんた達でなんとかならないかい?」
二人を見つめる夏美だった。甘菜は不安そうにレイの顔を見つめる。
「わかった。行方不明者として俺達で探すよ。行こう。姉ちゃん」
「うん。着替えて来る!」
笑顔でうなずいた甘菜は二階へと駆け上がっていく。数分後、着替えを終えた甘菜が下りて来た。彼女はブーツに黒いタイツに灰色の膝くらいの裾のスカートに灰色の迷彩柄のジャケット姿に変わっていた。
二人は店の扉の前に並んだ。夏美が見送り、紀恵は椅子に座ったまま静かにうつむいていた。
「叔母さん。ばあちゃんのこと頼むね」
「えぇ。今日は泊まってもらうよ。もう出歩けないしね」
夏美は二人の後ろの扉に目を向ける。曇りガラスの戸の向こうは日はすっかり暮れて真っ暗になっていた。
「いい? 二人とも絶対に帰ってくるんだよ」
「うん。約束する」
「いや。俺達は三人で帰って来る…… 悟と一緒にな」
レイの言葉に大きくうなずく夏美だった。二人は扉を開け暗くなった町へと飛び出していくのだった。
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