ep.33 マレー沖海戦2



「全速力で逃亡だ! 急げ!」



撤退とも後退とも言わず、逃亡という言葉を使うまでに必死に逃げているのは決戦の前に漸減邀撃作戦を実施するべくマレー沖に展開していた潜水艦隊である。


実際、低速で航行していれば発見されることは無いのだが、魔法を用いないソナーの性能を教皇国側は予想できていなかった。


そしてそんな中、艦隊決戦でもやるのかといった具合に大量の艦載機が対潜装備で出撃したという情報を聞いた潜水艦隊司令官は、敵の監視任務がある潜水艦のみ残して撤退を決断。



こうして、参謀本部の策定した戦争計画はズレ始めることとなった。



ーーーーーー


「先日、英国が教皇国との戦争に大半の艦隊を投入していることが判明いたしました。ついてはその対応ですが...」



ロシア共和国の大統領、清の宰相(皇帝の座は空席)、モンゴル帝国の皇帝の三人及びその側近が詰める会議室は、盗聴対策のため要人用の飛行船の中にある。本来なら美しい空が見え、21世紀と違って汚染もない清々しい空気が充填されているはずだが、今は別ベクトルの汚い空気が蔓延していた。



「やはりこの好きにロシア方面からヨーロッパへの本格的侵攻を行うべきだろう。紅茶野郎を放っておけばろくでもないことになる」



「だが海でしか生きれないアホどもなど、我々が犠牲を覚悟すればいつでも滅ぼせる。そんな雑魚共よりも技術で我々が負け初めている教皇国を今のうちに叩くべきだ」



「我々は英国と戦争状態なのですぞ! それに教皇国とは講話したばかりで...」



「ふん、条約などただの紙切れだ。ドイツを模倣した教皇国を、今度は我々ロシアから条約を破って侵攻するのは最高の皮肉でしょう」



前世界からアヘン戦争などによる英国嫌いが引き継がれている清と、ドイツ第三帝国と第二帝国を足して2で割ったような国家が気に食わないロシア、そして前世界のことなど興味ないとばかりに静観するモンゴル、この三人が作りだす異様な空気は普通の人なら胃が何個あっても足りないぐらい強烈なものである。



「我々ロシアとしては、教皇国攻撃は絶対譲れん。今まで母なるロシアを度々の外敵から守ってきた天然の要塞をひとっ飛びで突破できる空中戦艦を擁する国家など、絶対に放置することはできない! それにロシアという蓋がなくなったら清もモンゴルも360度包囲されるのだぞ」



「ぐぬぬ...」



「失礼します!!」



「会議中にノックもなしにいきなり入ってくるということは何かあったのか? 敬礼などどうでも良いから早く申せ!」



「はっ、教皇国軍に潜入しているエージェントからの情報によると、教皇国軍は敗退したようです。これは複数のルートから確認しているため確実です」



「我々の旧式飛空艦すらマトモに対処できない英海軍に教皇国軍が負けただと?」



「それが、初戦を戦ったのは教皇国空中軍ではなく教皇国海軍のようです」



「なんだって!?」



「教皇国軍はアホしかいないのか?」



「水上艦隊同士の戦いなら英海軍が優勢なのにも関わらず、空中戦艦を使わなかった...これがどういうことかわかるか?」



ロシアの大統領が意味深にニヤつきながら問う。



「動かせない事情か...稼働率が深刻とかか?」



「いや、教皇国の軍需産業が今まで軍に大量に売りさばいていたはずだ。しかも新型艦が無くとも予備役の旧式艦が山ほどある」



「我々はその旧式艦にすら手こずったのだから、英海軍に攻撃するだけならそれでも十分だな」



「ふっふっふ、君たちにはわからんか」



「じゃあなんだと言うのだ。勿体ぶらずに早く言え」



「魔鉱山の枯渇...それ以外に何があると言うのだ」



「日本列島は魔石が豊富だったはずだ。我が国は南日本の途上国に石油を輸出していたが、魔導技術の導入とともに契約を切られてしまったぐらいだぞ」



「だがよく考えても見ろ。我が軍の122mm砲すら耐える空中戦艦...ではなく駆逐艦だったか? あれを多数運用していればどれだけ反重力エンジンの効率が良くともいずれ枯渇する」



「しかし一体なぜそれを見越して節約していなかったのかが疑問だ。機械文明に切り替えるなり、他国の魔鉱山を占領するなり...まさか...」



「そう、彼らは恐らく他国から魔力資源を輸入していた。そしてそれを運ぶ海路を英国に封鎖され、ジリ貧になっている...違うか?」



「な...確かに英海軍には決戦の最中でも海上封鎖に回せるほどの戦力があったはずだ...」



「決まりだな。英海軍が教皇国海軍の主力を惹きつけてくれている間に、教皇国本国を占領する」



「だがそんな戦力我々は持っていないぞ? 英陸軍と睨み合っている戦線を手薄にするわけには行かぬ」



「それについては問題ない。英陸海軍の対立をより激化させる用意がある」



「激化させてどうする?」



「まぁまず聞け。英海軍を飛空艦で攻撃すればよい。別にこれは形だけで良い。そうすれば、英海軍と戦っている我々を英陸軍は攻撃しなくなる。英海軍を助けることになるからな。あの国なら恩という概念も消え果てたし、助けるメリットなど無いからな」



「なるほど、それで防衛に割く戦力を全て対教皇国に投入できるということか」



「そしてまだある。少し前に教英戦争から離脱したアラスカを、再び教皇国と戦わせる」



「そんなことができるのか?」



「我々が鹵獲した教皇国軍の鹵獲駆逐艦を使用する。解析が完了している旧式なら失っても痛くも痒くもない」



「あ、それなら我らモンゴルにピッタリの任務だな。鹵獲した兵器はほぼ全て仮想敵部隊に配備している」



「この前のパレードで見たが、塗装までしっかり再現されているのは驚きだったぞ」



「よし、あとはさっさと始めるぞ。準備が終わった頃にはすでに戦争が終わってた、なんてアホなことは避けたい」



彼らは教皇国が魔力資源を輸入に頼っているという誤った推測のもと、亡国への道を突き進んでいった。


ちなみに、なぜ教皇国の魔力資源が枯渇しないかというと、全てを魔導技術にするのではなく石油や石炭ベースの技術も出来る限り使っているからである。海軍の艦艇なんかは巡航時に蒸気タービンを使用し、戦闘時にだけ魔導機関を使うという方式になっている。

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