32.何故人間は現世に存在するのか。

 瞳は暗い顔をしながら階段を上っていた。最後の戦いが待っているというのに、戦う意思が感じられない。それ程精神が疲弊していた。そして瞳が百段の階段を上り終えると、人型の阿修羅が王座の椅子に座っていたのだ。

 「ようこそ。此処まで辿り着いた者は弓の女・・・いや敬意を表して名前で呼んでやろう。瞳よ。貴様が初めてだ。どうだ、此処まで来た感想は。」

 阿修羅は瞳に語りかける。しかし瞳は暗い顔をしている。

 「どうした?喜ぶところではないか?貴様の憎き犯罪者、畜生を倒せたではないか。」

 「違う。私は、あいつと同じ人殺し。それも沢山の人間を殺してきた。皮肉な事にね。」

 すると阿修羅は笑いだした。化け物を人間扱いしている心優しい人間だと。

 「笑われてもいい。でも化け物を倒すのも、もう疲れた。だから阿修羅、消滅して。」

 瞳は阿修羅に対し、自決しろと言う。しかし、阿修羅はそれを拒否した。

 「それは無理な相談だな。我はこの世界が好きだ。自然溢れた世界で人の悲鳴が聞こえてくる。とても愉快な場所だ。そうは思わないか、瞳よ。」

 「思う訳ないじゃない。私は早くこの世界を終わらせて、地獄に行く事を望んでいる。ただそれだけ。」

 瞳は下を向いたまま呟く。そして瞳の戦意のなさを感じとった阿修羅はこのままだと面白くないと思い、とある質問を投げかけた。それは『何故人間は現世に存在するのか。』というもの。その質問は瞳の本心を聞く為のものだった。

 「人間が現世で存在している理由・・・。そんなの決まっている。家族、友人、恋人・・・と幸せに暮らす為。ただそれだけの事よ。」

 その言葉を聞いた阿修羅は、予想通りだとにやりと笑う。

 「それは違うな、瞳よ。人間が存在している理由はただ一つ。”絶望を他者に与える為”だ。自身を他人にはない特別な存在だと思い込み、他者を暴行する。瞳も身を持って経験しただろう?腹を裂かれて、救急車の中で息絶えた。」

 「やめて。」

 「いいや、やめない。黒龍も和人も生前に自身を犠牲にして、他者に大怪我を負わせた。何故そんな浅はかな行動してしまったか分かるか?それは人間という生き物の本能を引き出した結果だからだ。人間は争いする事で快感を覚える生き物だ。この世界に来てからもそうだ。貴様ら三人はこの世界に迷い込んでくる人間を救う事も出来ずに、叫んでいた。しかし本質は違う。ただ”私(俺)は助かって良かった”と思っていただけの事。」

 「違う。二人は外部の圧のせいで暴動を起こしてしまった。二人共最高に輝いていた人生が突然壊れたんだ。それにこの世界を漂っている魂達の事を見捨てるなんて事はしていない。お前のせいで皆やられたんだ。」

 瞳は阿修羅の発言を全て否定した。しかし阿修羅はそんな瞳の言葉でさえ届かなかった。何故なら阿修羅は生前軍人で戦争中敵味方関係なく殺し、戦争が終わった後も殺人を繰り返してきたからだ。

 「貴様はあの二人を庇うのか?強大な力を持って大量に人を殺しかけたあの二人を。」

 「やめろ!二人を犯罪者呼びするな!!」

 瞳は心優しい人間だった。それが故に二人の事を貶す言動に怒りを露わにした。

 「はぁ、どうやら貴様は上に立つ人間の素質を持っているようだな。・・・戦争、紛争の真相を知らないのか?あれらは上からの指示で他国に攻め入り、そこにいる人々に死という名の絶望を与える。それも上の人間が手を出す訳ではなく、我ら軍人がだ。酷いと思わないか?力なき者が国のトップとなり権力という偽りの力を手に入れ、自国と他国を血に染める。」

 「・・・。」

 「ほら何も言えない。あの世界は腐っている。弱肉強食という生物本来の本能が善良な人間にはない。ただ道具を使って動物を痛めつけるだけの種族だ。・・・それに瞳の言う『幸せな家庭』を行っている裏では、大量に人が倒れている。生き方、生まれた場所が違うだけで虐待や差別が起きる。何処かの国では他民族を収容し、強制労働させる。他の国では領土を広げたいが為に他国に侵略し絶望を与える。結局は自身の闇をさらけだす為だけに人間は存在しているのだ。」

 阿修羅の言っている事は正しいとまでは言えないが、自らの経験から人間の本質を導きだしていた。

 「・・・それなら何故死んだ後、誰もが平和に暮らす事が出来る世界を形成しなかったの?犯罪や争いに巻き込まれて死んだ人だって多い。ニュースで沢山見てきたから。無念に思うのが普通な筈。犯罪者だけ、地獄に行けるように操作する事だってその本で出来た筈なのに何故それをしなかったの?」

 「それは、我がそんな世界を望まなかったからだ。犯罪をするという事は素敵な事だ。生物本来の本能をさらけ出して、偽りの人間社会に反抗する。だからそんな強い殺意を持った犯罪者達を化け物に変えて、人を殺すよう、命令してやっただけの事よ。」

 「ふざけるな!冤罪で死刑になった人だっている!犯罪をして更生した人だっている!勿論犯罪は逃れようがない呪縛。誰かに罵倒されたって仕方のない存在。だけれど、此処で化け物にされるのはおかしい!!地獄で痛い目を見るのがこの世界での在り方だ!!」

 瞳は阿修羅の発言に激昂し、腰に身につけていた青く光り輝いた小刀を阿修羅に向ける。

 「ほう、ならばその強い意思を我にぶつけてみるがいい。」

 阿修羅は椅子の横にある刀を手に取り臨戦態勢へと入る。

 

 そして最後の戦いが始まった。

 

 

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