第12話 精霊の祠
〈不気味の森〉の深奥を抜け、森を通る街道へ出た。
その街道を北へ、おれたちが拠点としているアシュタットの町へ向かい進む。
「え、ガチ!? お母さん、いなくなっちゃったん?」
「は、はい。三ヶ月ほど前に……」
道中、ギャル美がリズベットに「どうして森の中で一人暮らしをしているのか」と尋ねたところ、返ってきた答えが「母が失踪した」というものだった。
「朝、起きたらお母さんがいなくて……。それ以来、どれだけ待っても、どれだけ探しても会えてないんです……」
リズベットの瞳に涙が浮かぶ。おれはなんと声を掛けたらいいのかわからず、黙っているしかなかった。
「そっかー、悲しいね」
「はい……」
「それで、いまはお母さんのことを探してるの?」
「一応は。でも……」
「でも?」
「……正直、もう会えないかもしれないって思ってるんです。お母さんにはいなくなる前から何度も、『リズベットもいいかげんに自立しなさい』って言われていたので……」
「あー。リズちーを自立させるために、お母さんがあえて出て行っちゃった系な感じなんだ?」
「そう、思います……」
「でもさ、ちょっと厳しくない? リズちーはまだこんな小さいのに、いきなり自立しろなんて」
リズベットはしばし黙り込んだかと思うと、話題をそらすように「そういえばおふたりはおいくつなんですか?」と訊いてきた。
ギャル美がおれたちの年齢を教えると、リズベットは感嘆を漏らした。
「そんなにお若いのに、ふたりで冒険者をやっているなんですごいです……」
「あはは、ちょっと事情があってね」
事情というのは……いずれ説明しよう。
「それに、
強いのは主にギャル美だけどな、とおれは心の中で自虐する。
「あー、その話ね。話したいのはヤマヤマなんだけど、結構長い話になっちゃうっていうか」
「よ、よかったら聞きたいです……。ギャル美さんと、オタクさんのお話……」
リズベットは興味津々の瞳をギャル美に向けた。
「まぁ、道はまだまだ長いしね」というとギャル美はおれを見て、「というわけでオタクくん、説明よろしく!」とサムズアップしながら言った。
「えぇ……なんでおれなんだよ?」
「だってうち、話すのは好きだけど、長い話を順序立てて説明するのは苦手じゃん? どーしても話してるうちに横道にそれたりしちゃって、わかりやすく話せないんだよね。で、そういう話はたぶん、オタクくんの方が得意かなって」
「まあ、たしかに……」
「そんじゃ、よろー☆」
というわけで、おれたちが駆け出し冒険者から曲がりなりにも巨猪を倒せるほどの実力を持った冒険者になるまでの話をすることになった。
「ええと、冒険者を始めたてのころは、とにかくひたすら採集クエストをこなして金を貯めてたな」
約二ヶ月前、冒険者稼業を始めたばかりの頃は、とにかくまともな装備を整えるための金が必要だった。ギャル美も武器といえば“いい感じの棒”しか持っていなかった時代だ。とても魔物討伐のようなクエストは受けられず、必然的にFランクの採集クエストばかりを選んで日銭を稼ぐ日々が一ヶ月ほど続いた。
その間にわかったことがいくつかある。
まず、おれたちが拠点としている町の名前がアシュタットということ。
町の住人の多くはいわゆる一神教を信仰していること。
その教義の最大の特徴として、信者が清廉であることを旨とすること。
この教義のおかげか、町にはいたるところに公衆浴場があり、おれたちは二日に一度は熱い湯に浸かって体を清潔に保つことができた。
また、おれは暇さえあれば町の図書館に通い、書物を通じて冒険に必要な様々な知識を得た。この場ではあえてリズベットには語らなかったが、理由は知識面でギャル美のサポートをしたいと考えたからだ。ギャル美のお荷物になるのは嫌だったが、戦力としての貢献が見込めない以上、せめて知識による貢献だけでも、と考えたのである。
やがて軍資金が貯まり、ギャル美のショートソードなど冒険者として最低限の装備を調えると、おれたちは以前チロルが話していた〈精霊の
道中、幾度か魔物が出現したが、剣を手に入れたギャル美に対してはさほどの脅威にはならなかった。ある魔物は追い払い、ある魔物は斬り倒し、おれたちは順調に〈祠〉に向かう道を進んでいった。
途中の村で一泊し、二日目の昼に〈祠〉に到着した。
〈精霊の祠〉は、“祠”と訊いて想像していたよりも大きな建物だった。古代ギリシャの神殿のミニチュア版、とでも言えばいいだろうか(リズベットにはわからないだろうが)。大きな石柱が何本も建ち並び、これも石造りの屋根を支えている。
中に入ると、中央に丸い台座が置いてあり、その上に四大精霊をかたどったとおぼしき石像が四つ置かれていた。炎の精霊〈サラマンダー〉、水の精霊〈ウンディーネ〉、土の精霊〈ノーム〉、風の精霊〈シルフ〉。とはいえ、精霊というのは通常は目に見えない存在らしいので、それらの石像も想像で作られたものなのかもしれない。
「やっほー。精霊ちゃんたち、いるー?」
開口一番、ギャル美はやたら軽いノリで言った。
「お、おい。精霊様たちに失礼だろ……」
「あ、そっか。ちゃんと名前で呼んであげないとだね」
なぜ精霊たちに対してすでに友達感覚なんだ、こいつは?
「おーい! サラぴー、ウンディー、ノムたん、シルシルー!」
「初手からあだ名で呼ぶな! サラマンダーとウンディーネとノームとシルフだ!」
ツッコミの語調もついきつくなってしまう。これから加護を授けてもらおうという相手に不敬は許されないと思ったからだ。
すると、不意に女の声がどこからか聞こえた。
――あなた方は、精霊の加護を授かりに来たのですか――
辺りを見回す。人のいる気配はない。にわかには信じがたいが、その声はおれたちの心に直接語りかけているようだった。
「うん。うちらっていうか、こっちのオタクくんが魔法使えるようになったらいいなーって」
しばしの間があった。なんだか精霊たちに試されているような気がして、いたたまれない気分になる。
――オタク、といいましたね――
〈声〉が心の中で響き、おれは「は、はい……」と少しどもりながら答えた。
――四大精霊は、あなたに加護を授けたくないと言っています――
「……は?」
――彼ら
……あー、はいはい、そうですか。
なんか、そんな感じのことを言われる気がしたんだよな。
まぁたしかに、おれみたいな陰キャには四大属性魔法みたいな華やかな力は似合いませんよね。ええ、ええ。
はぁ……しかし、ここまですげなく拒否られるとさすがにちょっと傷つくね。
一日半かけて来たけど無駄足だった。帰ろ帰ろ。
おれが深いため息を落として回れ右しようとしたそのとき。
「ちょっと待ってよ!」
ギャル美がおれにではなく、〈声〉に対して怒気をあらわにして叫んだ。
「陰キャに見えるかもしれないけど、オタクくんにだっていいところはたくさんあるんだから!」
ギャル美の声が祠の内部で反響する。〈声〉はなにも言い返さなかったが、なんとなくギャル美の話を聴いているような雰囲気があった。
「オタクくんは慎重で、なんにも考えてないうちと違っていろんなことを考えてて、うちが考えなしに動いて失敗しそうなときには止めてくれたりするし、難しいお金の計算とか代わりにやってくれるし、勉強熱心で何時間も集中して本読んだりしてるし、そうやって身につけた知識でうちのことを助けてくれたりするし――」
「お、おい、ギャル美。もうそのくらいで……」
「それに、こう見えてめっちゃ優しいんだから! イメージで人を判断しないでよね!」
再び、ギャル美の怒声が反響する間があった。
しばしののち。
――言いたいことは、それだけですか――
〈声〉が語りかけてきたのを聞くと、ギャル美はため息をつき、その場に腰を下ろしてあぐらをかいた。
「とにかく、加護? をくれるまでここを動かないから」
徹底抗戦の構え。
石柱の間に風が吹く音が響いた。
おれがなにかを言おうとしかけた、そのとき。
――わかりました――
根負けしたかのような〈声〉が響いた。
――四大精霊たちが加護を授ける気になったようです。ギャル美、あなたに――
……ん?
「へ? うちに? なんで?」
――先ほどのあなたの、オタクを擁護する言葉の数々にいたく感動したようです――
あー、なるほど。気持ちはわかる。おれも感動したもん。
だけど、ギャル美が加護を授かったところで……。
「いや、うちじゃなくてオタクくんに加護? を授けてほしいんですけど。うち、バカだから魔法使えないって言われてるし」
――精霊たちはこう言っています。あなたが敵を攻撃するとき、その攻撃に四大属性のうち望みの属性を付与すると――
「ん? どゆこと?」
ギャル美は理解できていないようだ。
「ええと、つまり、ギャル美は属性攻撃ができるようになったってことか?」
――そういうことです――
おれの問いに〈声〉が答えた。
なんてこった……チートもいいところじゃないか。
ギャル美の通常攻撃は、今後は常に相手の弱点属性を突くことができるようになるというのだ。相手の属性が四大属性のいずれかである場合に限るが。
――さらに、精霊たちはこうも言っています。あなたが四大属性のうちいずれかの属性攻撃を受けたとき、その攻撃に耐性のある属性によってあなたを守る、と――
おいおい、属性防御まで手に入れちゃったよ
おれはなんだか笑いたくなった。もはや嫉妬する気も起きない。
というか、ギャル美のあのスピーチが精霊たちの心を動かした結果だもんな。これもギャル美のコミュ力の賜物というものか。
それに比べておれはどうだ。根暗だのなんだのと
「……悪いギャル美。おれ、先に外に出てるわ」
「え? ちょ、オタクくん?」
ギャル美の声に少しだけ後ろ髪を引かれながらも、おれは負け犬のようにすごすごと祠を退散
しかし、建物の外に足を踏み出そうとしたとき。
――よう、ボウズ。おまえも力が欲しいんだろ?――
先ほどまでの〈声〉とは全く違う、中年男のような低いダミ声が心の中で響いた。
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