第19話 歴史と作戦の授業にて

 昔々、まだこの世界における多くの常識が確立されるより以前のこと。世界ではが大流行していたという。

 それは一度発症するとたちまち身体が衰弱し、1週間ほど倦怠感に見舞われるという一見してみれば何とも無い病である。

 幼い子どもの発症事例は殆どなく、源術アルマを使用できる大人に多く見られる症状であったがその症状の緩さと休養を取れば回復することで当初は特段脅威とされてはいなかった。


 始まりは、ある年での異常気象からであった。

 これにより当時の人々は食糧難に陥った。

 食糧を確保するために否が応でも出払う必要があり、倦怠感程度で休養を取るわけにもいかなくなった。多くの人間が食糧調達のために働いた。


 異常はすぐに現れた。

 倦怠感を訴えながらも働いた人々が次々と別の病に感染していったのだ。

 次いで健康だった人々が倦怠感を覚え始めた。



 結論から言えばこれは『源素』を利用した攻撃手段である『源術アルマ』の過剰な使用による副作用であった。


 この世界の人間は、例外なく「木」「火」「土」「金」「水」の5つの源素から成り立っている。この5つの源素が互いを補い、作用し合うことで骨となり、肉となり、血となり、身体となる。故にこのどれか1つの要素が著しく欠如した場合、人間はたちまち人間であるための要素を構成できなくなる。


 この時代はまだそうした事実が発覚する前であった。だが狩りに有用な源術アルマ自体は使用できたため、自身の身体が蝕まれていることを知らずに酷使を続けた。源素不足の初期症状は実感、発覚するまでにタイムラグがあるのがここへ拍車をかけることとなる。


 こうして身体の衰弱、倦怠感を覚えた人間が増えたのである。

 飢饉により源素不足の人間がさらに源術アルマを使わざるおえない状況が続き、免疫力が低下。こうした人々が別の病へ感染することとなったのだ。




 前置きが長くなったが、ここからがマーべラット成り立ちの話である。


 ただの源素不足がまだ『多くの病を引き起こす疫病』だと思われ、飢饉が続いていた頃。ある出会いがあった。

 1人は名の知れた術師であり、もう1人もまた有名な研究者であった。

 彼らはこの疫病に対抗しうる薬を生み出すべきだという意見が合致し、共に旅を始める。


 各地を練り歩き、多くの紆余曲折を経て現在マーベラットのある地へ足を踏み入れた。

 そこは現在と変わらず天変地異を繰り返し、とても薬の元となる植物や生き物が生息しているとは思えなかった。

 少しして彼らは引き返す選択をしたが、帰路にて見たこともない植物や昆虫を発見することとなる。

 これが気になり、帰路を外れて調査に乗り出した彼らは間もなく、小さな白い花を咲かせた植物と出会う。この植物を調査をするため引き抜くと、太い紫色の根を張っていることが分かった。

 その瞬間、あろうことか術師の方がこれにかじり付いたのである。


 実はこの術師はこの段階で既に深刻な源素不足状態に陥っていたのである。長く険しい旅路を研究者を守りながら歩んできており、当然と言えば当然であった。


 そんな術師が自我を忘れてしまったかのようにその根を貪ると、たちまち力をみなぎらせ、衰弱を忘れたというのだ。


 2人は、大いに歓喜した。

 遂に、世界をこの疫病から救えるのだと。


 彼らはこの植物を『パルト』と名づけると、直ちにそれぞれの故郷で有志を募り量産、栽培の計画を練った。

 幸いあの場所には既に多くのパルトが根付いており、とても貴重というほどではなかった。

 だがが問題であった。

 常に天変地異に見舞われる辺境の地。そこへ拠点を作るのは愚か、人が住むことなど叶わなかったからである。


 頭を抱えた一行だったが、やがて術師が言った。

「私が幾年と続く結界を作る。そこを拠点にしよう」と。


 皆は驚いたが、その場に彼ほど優れた術師はいなかったため「彼にならできるやも知れない」と期待を抱いた。


 一行はパルトが多く生息する地へ赴いた。

 言った通りに術師はそこで非常に大規模で高度な結界を展開した。

 半径1kmほどにも及ぶ結界の効果はとても素晴らしいものであった。この中では天変地異に見舞われることはなくなり、拠点を作ることが出来るようになったのだ。


 しかし、その結界を作った次の日に術師は亡くなることとなる。

 原因は当然、人智を超えた結界の作成による急激な源素の消費である。


 彼らは悲しみに明け暮れた。

 彼らは術師の遺体を結界の中心で埋葬し、墓を建てると誓ったのである。術師が成そうとした疫病の撲滅を。


 そこから拠点ができ、研究に入るまでは早かった。

 この疫病とパルトの研究はのちにこの世界における源素と源術アルマの成り立ちを解明する大きな手がかりとなった。

 何故ならパルトの根には多分な源素が含まれていたからである。これを摂取することで疫病患者が例外無く回復していった。

 このことから、この疫病は人体の源素不足によって引き起こされる栄養失調に似た状態だと判明したのである。


 研究者は大いに悲しんだ。

 あの時これさえ分かっていれば、すぐそこにあったパルトを摂取させることで簡単に術師を救えたからである。

 源素の塊であるパルトの安定した採取を目的に膨大な源素を使用した結界を作成。これにより源素不足で術師が死んでしまった。これ以上の皮肉があろうか。


 研究者は術師が望んだ平和な世界を作るために、この場所に国を興した。

 パルト以外にも多種多様な資源が眠るこの地を開拓していくことで資金を蓄え、行き場のない者達を迎え入れた。


 こうして術師の意思を継いだ研究者が中心となり、資源国家マーべラットは誕生したのである。


 _____________________


「___と、いう訳だ。この情報は我が城の禁書庫にある資料にしか載っておらんものでな?知っている者は居なかろう」


 ギルバートは得意げに語ったが、どうやらそう出来るだけの価値があったようだ。その証拠に、初めはこの話に興味のなかった者達の多くが聞き入っている様子だ。

 氷戈もまた、そもそも歴史の類が大好物なのもあるが熱心に聞いていた。


 余韻がひと段落したところでリグレッドが切り込む。


「ま、まあそういうや。まさかここまで深掘った歴史を話すとは思わへんかったけど、おかげでこの後の話が入りやすくなるやろ」


 この語りにはリグレッドも予想外だったらしく、少し動揺を見せたが気を改め続ける。


「今話してくれはった資源国家マーべラットやがフラミュー=デリッツがこれを攻め落とす理由、もう分かるな?」


 リグレッドがこちらに目線を合わせて言うので、氷戈は反射的に答えた。


「資源を狙って...というよりはパルトが目的っぽい?」

「ザッツライトや。特に向こうがそう公言しとるわけやないが、背景を考えるとその可能性は高いな。・・・まずはフラミュー=デリッツがつい最近までバリバリの軍事国家だったことやな」

「最近まで?」


 氷戈は当然の疑問を投げかけた。

 これに答えたのはギルバートであった。


「うむ。フラミュー=デリッツという国は、その時期に一番強い人間が国の実権を握るという完全実力至上主義の国政でな。しかし2ヶ月ほど前、実権を握っていた者がラヴァスティに取り込まれのをきっかけに独立した国では無く属国へと成り下がったのだ」

「まあ元からそういう気はあったんやが、名実ともにラヴァスティに取り込まれたんがその2ヶ月前っちゅうことや。・・・ほんでそのラヴァスティは過去に何度もマーべラット略奪を企てとる」

「なるほど。つまり今回のフラミュー=デリッツの動向の背景にはラヴァスティが関わっている可能性が高いんだ?」


 この場には大勢の人間が居るが、自然と氷戈、リグレッド、ギルバートの3人の会話で成り立っていた。

 氷戈は公に立って目立つのは苦手であるが話に夢中なので気づかないし、しっかりと話が進んでいるため誰も疑問に思うこともなかった。


「可能性が高いっちゅうよりは十中八九確実やんな。さしづめ戦力の確認と、儲けた戦力やから最悪削られてもええかっていう魂胆やろうな。ゲスいことしよるわ」

「・・・」


 氷戈は無言で燈和の属する組織にそのような命令を下したラヴァスティに腹を立てていた。

 敵としてではあったが、フラミュー=デリッツで出会ったレベッカやアルムガルト、プロイスは皆仲間や自国を真剣に想って行動していた。仮に燈和が居なくともやっていることはそういった人たちの命を軽く見た、卑劣な行為であることに変わりはない。


 氷戈が黙ってしまい、話に一区切りついたと感じたリグレッドは次の話題へ写ろうとした。

 すると、すかさずある女性の声が割って入った。


「ねぇリグレッド?どうしてウチマーべラット防衛それをやることになったのかな?マーべラット向こうが自国を守るために傭兵を雇うのなら、貿易で直接関わりのある他の大国に依頼したと思うんだがね?」

「アッハハ...ラビさん、そないに睨まんでも...」


 表向きは笑顔でも、その言葉の節々に圧をしっかりと感じさせる話し方をしたのは『アビゲイラ・ラビエンス』という組織内でもかなり古株の女性である。

 お察しの通り彼女は重度の面倒くさがり屋、というよりは腰が重く、厄介ごとを嫌う傾向にある。

 これを日頃から重々理解させられているリグレッドは反撃に出る。


「確かに今回、向こうからボクたちに依頼があった訳やない。フラミュー=デリッツが侵攻宣言を出した時にボクの方から向こうにアプローチをかけたんや」

「だろうね。で?」


 アビゲイラは笑顔で、短くそう言う。こんなにも人の笑顔が怖いと思ったことはない。


「り、理由としては3つある。1つは、分かりやすく報酬が美味しい点や!資源国なだけあって色々弾んでくれるんちゃうかと思うてな!?」

「なるほど?じゃあ理由は2つだね?」

「ぬぅ...」


 これは氷戈にでも分かった建前であった。

 そもそもリグレッドはお金というものになんら興味を示さない人間であるからだ。恐らくはアビゲイラの機嫌を取ろうとしたのだろうが、あっさりと交わされてしまう。

 観念したリグレッドは白状するように話す。


「・・・まずはウィスタリアの戦力を今削がせるわけにはいかなかったからや」

「?・・・なぜここでウィスタリアの名前が出てくるんだい?」

「ええと...。なあギル、言うてええか?」


 リグレッドは小声でギルバートに話しかけた。

 するとギルバートは返答もせずに直接アビゲイラに解説をした。


「我が国とマーべラット国との間に『マーべラットが侵略やその類の危機に瀕した際、ウィスタリアはその防衛に最大限の協力を果たす』という旨の条約が結ばれているのだ。これはマーべラット建国時に成立した密約であるが、今回防衛の主軸となる上にウィスタリアと信仰の深い組織である『貴殿ら』には公表しても良いと言付ことづかっている。無論、他言無用ではあるが」

「そうやったんか、向こうの王様は気前がええなぁ!」

「まるで余は気前が良くないみたいな言い回しだな?」


 少し拗ねるギルバートを宥めながらも、話を元に戻す。


「そゆことで、さっきラビさんが言うた通り、当初マーべラットは条約通りウィスタリアに援軍を要請するつもりやった。・・・せやけどこれが不味い」

「回りくどいね、結論から話しなっていつも言っているだろう?」

「・・・今ウィスタリアの戦力が少しでも分散すれば、ラヴァスティの連中は確実に乗り込んで来おる。表向きの目的はパルトかも知れへんが、裏ではこんなこと考えとるに違いないんや」

「・・・」


 事の大きさに、アビゲイラは少し考え込む様子を見せた。

 他のメンバー達も想像以上のスケールに驚いたり、話し合ったりして講堂内はザワつく。

 間もなく、アビゲイラが話し始めるとオーディエンスは静まった。


「なるほど話は分かる。けど分からないことも多い。まず何故フラミュー=デリッツがマーべラットに攻め入るとウィスタリアが援軍に駆けつけるという確証がラヴァスティにある?密約だったんだろう?」


 少しややこしいが、確かにそうだ。

 マーべラットが攻められた時にウィスタリアが援助する、という密約の内容をラヴァスティ側が知っていない限り、ウィスタリアの戦力が分散するという発想がそもそも出てこないはずだ。

 リグレッドはこの矛盾に答える。


「いや、ラヴァスティ向こうは密約の内容を知っとる」

「おかしな話だね。そんなもの密約とは呼べないじゃないか」

「いや...ラヴァスティ側が知っていてもおかしくはないのだ」

「・・・どういうことです、陛下?」


 滅多に聞けないアビゲイラの敬語に、なんとも新鮮な気持ちを抱く面々であった。



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