第14話 鬼ごっこ

 組織『茈結しけつ』の食堂にて___


「貴様の知るトウカなる者と、現在の彼女『フレイラルダ=フラデリカ』とでは全くの別物であるということだ」


 ウィスタリア国王が真剣な面持ちで、を口にしたので氷戈は少し考えるそぶりを見せた。色々と思う部分はあったが、まずは事実確認から入ることにした。


「そういえばフラデリカが燈和だって話、聞いたんだ?・・・リグレッドから?」


「うむ、数日前にな。・・・なにせフラミュー=デリッツと事を構えるという事はその親玉のラヴァスティにも喧嘩を売るという事。リグは後ろ盾にいる我々に筋を通すため事前報告へ参り、その際に概要の多くを聞いたのだ」


「なるほど、そのときに知ったと....。でもさ、そんなこと信じるの?フラミュー=デリッツにいる強い剣士が別の世界から来て記憶を操られているなんて」


 氷戈の疑問は真っ当である。なにせこの世界の人間にとって燈和とフラデリカが同一人物であるという証拠は何ひとつないのである。故にリグレッドとサイジョウ、その他数人しかこの事を知る者は居ない。

誰に話したって『何の確証もない情報』であり、あえて話すようなこともしなかったのである。


 リグレッドがどこまで話したか分からないため、探りを入れるべく『別の世界から来たこと』と『記憶を操られていること』を交えて聞く。特段隠すようなことでは無いし、この後の会議で全員に共有されることでもある。

 国王はこれに答える。


「ああ、信じるとも。なにせあの『リグレッド・ホーウィング』の言うことだからな」


「え、それだけで....?」


「うむ。それだけで、だ。しかしその『それだけ』は余にとって『それ以上ない』話を意味する。・・・言うなれば、奴以上の情報提供者はおらんということよ」


「は、はぁ....」


 どうやら概要のほとんどを知っているみたいだった。

 そしてこの数年で分かったことだがリグレッドは尋常ではないほど顔が広く、さらに知られている人間からの信頼度もカンストしていることが多いのである。戦闘の実力こそ皆無に等しいが、それを補って余りあるほど彼の人望は厚い。


「おっけ、分かったよ。・・・それでフラデリカと燈和が別物であるって話はどういうことさ?性格の話?」


「いや、もっと広義に捉えてもらって構わない。『人間として』もう全くの別物なのだろう?」


 氷戈は約2年前のフラデリカとの邂逅を思い出しつつ応答する。


「・・・うん、そうだね。全然違う」


「そこなのだ。余が惚れたのは『フレイラルダ=フラデリカ』であり、貴様らはそれをじきに殺しに行くという。本来であれば余が全霊をもって制止を試みるところであったが、『フラデリカ』という存在が偽りの存在であった場合は話が変わる。・・・一国の王である余が、偽りの存在をめとる訳にはいかんのだ!」


「・・・お、おうよ」


 一人でテンションを上げる国王に若干引きつつも、笑顔で対応する。流れで音沙汰無いフィズの方をチラ見すると「なんことやら?」といった表情である。

 流石に申し訳なくなってきたが、国王への対応を疎かにする訳にもいかないだろうと悩む氷戈。

 構わず話し続ける国王だが、続いた言葉はとても落ち着いていた。


「・・・それに、だ。元の存在であるトウカの意に沿わん婚約など望んでおらん。否、望んではならんだろう。フラデリカとしての人格を疎かにするわけでは無いが、トウカの存在を依代よりしろにしている以上、トウカの意思を尊重したいというのが余の考えだ」


「王様....」


 少し前までただの恋愛脳としか思っていなかった人物が、燈和に寄り添った考えを持ってくれていたことに氷戈は分かりやすく感動した。

 ここまで失礼な印象を持たれているとはつゆ知らず、氷戈の反応に気を良くした国王は言う。


「ギルバート、だ。ギルバート・ウル・ウィスタリアこそが余の名であり、ウィスタリア国16代目国王の名である」


「ええと、じゃあウィスタリア様って呼べばいい?」


「いや、ギルバートと呼ぶが良い。余のフィアンセとなるやもしれん女性の古き親友であれば、それはもう家族同然だろう?ガハハ!」


「ええ....」


 懐が広いというのか、また別の言い方をするのかは分からないがいきなり大国の王を下の名前で呼び捨てする権利を与えられ驚く氷戈であった。

 とはいえ話がやっと終わりそうな雰囲気が....訪れず。


 次なる刺客が登場するのであった。


「ちょっとー兄貴ィ!?『恋敵に話がある』とかカッコつけてたくせに何でこんなところにいる訳ぇ?」


「うぬぅ...。ラミィ、いや、クラミィよ....付いてくるなと言っただろう」


 その子はピンク色の髪を指でクルクルさせながら食堂に入ってくるや否や、ギルバートを『兄貴』呼びして悪態をついた。

『クラミィ』と呼ばれた彼女の挑発的な話し方や髪型がツインテールな事も相まり、氷戈は思わず指差し口にする。


「めっ、メスガキだ⁉︎」


「あん⁉︎誰がメスよ!誰がガキよ!・・・つーか指差すなしぃ!」


「本物だぁ....」


「なに達成感溢れる目でこっち見てるのよ⁉︎キモイんだけど‼︎ちょっと兄貴、誰なのコイツ!」


 問われたギルバートは目を丸くするも、すぐに咳払いをして答えた。


「・・・オフン。こやつはな、つい先ほど其方の義兄となった『ヒョウカ』という者だ。仲良くするんだぞ」


「「・・・ハァアアアア!!?」」


 ギルバートの突拍子もない発言に氷戈とクラミィは息よく声を上げる。

 これを見ても依然ギルバートはキョトンとしており、痺れを切らしたクラミィが鬼のように詰める。


「なっっんでこんな奴がウチのお兄ちゃんな訳?意味分かんないんですけどぉ!?・・・・えっ、もしかして兄貴の言ってた恋敵ってコイツ?一応、一国の王であるアンタとそんな関係になるくらいだからどんなタマかと思って来てみたらこんな弱っちそうなのがそれな訳?・・・絶対雑魚よ、ざぁこ!」


「ッ!?やっぱりメスガキじゃねぇか!?」


「っだから神秘的なものを見る目で見るな!そんな珍しく無いわよ!・・・いや、珍しいか」


「・・・実在したんだなぁ」


「話聞けぇ!!」


「・・・そこのお主よ。どう思う?」

「・・・エえ。初対面デこれだトすると、言うことハアりまセんな」

「うむぅ....」


 まるで痴話喧嘩のような光景を目の当たりにしたオーディエンスのおじさん2人はあまりの相性の良さに唸る。

 そんな中、氷戈は騒ぎ立てるクラミィをガン無視してギルバートに話しかける。


「そういえばさ、ギルバートとこのクラミィ?って子は王族な訳でしょ?しかも現役ピチピチの。そんな人たちが護衛もつけずにこんなところ気軽に来れるの?」


「気軽かどうかは余のさじ加減だな!余が行きたい場所に行く、それだけだ。・・・それに護衛ならそこらにごまんとおるぞ、ホレ?」


 そう言いギルバートは氷戈に辺りを見回すように促した。

 その通りにしてみると確かにここらじゃ見かけない身なりの人が歩いていたり、食堂の数ある窓やドアから覗き込む影、気配などが感じられた。なんならご飯食ってるだけの奴も居る。あれは護衛なのかは怪しいが。


「はぇ、意外にちゃんとしてるんだ」


「まあ余には護衛など要らんのだがな?・・・クラミィこやつは弱い上にこうやってちょこまかと動き回るからな...手の焼ける」


「アハハ!すごいやイメージ通りすぎる」


「ちょっとそれどういう事!?兄貴なんかウチのカーマでイチコロじゃないのばーか!・・・アンタもさっきからケタケタと笑ってんじゃ無いわよ!」


 多方面にキレ散らかすクラミィであったが、それにもお構いなしで笑い続ける氷戈に堪忍袋の尾が切れたのか....


「あーもうキレちゃった。一回痛い目に遭わなきゃ解らないみたいね!?このクラミィ様の恐ろしさが!」


「ッ!?おいラミィ!辞めておけ!!此奴ヒョウカはッ...」

「へ?」


 クラミィは怒りながらも、何かをしでかす気配を存分に漂わせる。

 ここから何かを察したのかギルバートは止めに入り、氷戈はその様子を不思議そうに見つめた。

 が、事は既に起こってしまった。


「・・・アンタは今日一日、ウチの下僕になるの!コケにした事、反省しなさい よね!『ラヴラル・トゥー・キッス』!!」


 ーーーチュッ!ーーー


 クラミィはそう唱えると、氷戈に向かって投げキッスをしてみせた。

 しっかりと体をくねらせ、片足もあげ、ウィンクまでしてみせる完成形態の投げキッスであった。あまりにも完璧すぎて、氷戈に向かってハートマークが飛んでいったようにも見えた。いや、実際に飛んでいったのかもしれない。


 さっきまで怒っていた相手が突然自分に向かって投げキッスをするものなので、さしもの氷戈も目を点にする。

 そして恐る恐る、問うのであった。


「・・・何、してんの?」

「・・・へ?」


 今度はクラミィが目を点にして、そのままのポーズで固まる。


 ・・・・・・。


 地獄のような空気が、10秒ほど流れたところでギルバートが切り出す。


「・・・クラミィよ。事後であるため大変申しにくいが、このヒョウカもカーマを所持していてだな。その名は『絶対防御』であり、効果は名の通りだ」


「・・・ちょ、何言って...?」


「単刀直入に言おう。此奴に其方の『愛ノ僕ラーヴァント』は通用せん。・・・故に其方は今...」

「まっt」


 顔面蒼白のクラミィの静止もやむなく、ギルバートは告げる。


「単に我々に渾身の『ただの投げキッス』を披露しただけなのである!」


「・・・ぎゃぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!死ぬ死ぬ死ぬぅぅぅ!!!それか死ねぇぇぇ!!!」


 耐え難い事実を突きつけられ暴れるクラミィ。

 悶え叫び、近くの机に頭を数回叩きつけたかと思えば、その上にあったフォークで氷戈を刺しにいく始末。どうやら心中するつもりらしい。

 氷戈はこれを氷の壁を出現させて、あっさり防ぐとギルバートに聞く。


「この子、王族の子なんだよね?」


「うーむ。そのはずなのだが、余も心配になってきたところだ」


「ぎゃあああああああああ!!!!」


 するとそこへ騒ぎ立てる氷戈一行を見かねた黒い影が現れる。

 これを察知したフィズは大急ぎで氷戈へ伝える。


「大変だヒョウカくン!アレ....」

「うおっマジだやっべ!!逃げろ!!」


「・・・テメェら騒ぎたてんなら他所でやれってんだぶっ殺すぞ!?あっコラ待ちやがれ!!」


 ここまでうるさくされては食堂の管理者であるクラウも黙ってはおれず。彼もナイフを持って混沌へ参戦しにきたという訳だ。


「あっ待ちなさいヒョウカ!!責任とって死になさいってんの!!!」


「ふはははは!リグレッドよ!やはりこの組織は賑やかで良いなぁ!ふははははは!」


 食堂から逃げる氷戈とフィズを鬼の形相で追うクラウ。これに殺意溢れる顔でクラミィが続き、また後に満足そうな高笑いをしながら国王ギルバートも付いていく。・・・さらにこの後、十数人の護衛が塊となって後をつける。


 この賑やかな鬼ごっこ_

 どこかで見たような光景であった。


















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