第15話 あの日『三つの影は床に就く』
「・・・は?」
それは、一瞬のことであった。
今、目の前で人が死んだ。ほんのコンマ数秒、こんなにもあっさりと。
かろうじて何が起きたかは分かるが、それしか分からない。それ以外に思考が及ばない。及ぶ余地があろうか。
唖然とする氷戈は、枯れかけの木のように力無く立ち尽くし続けた。フラデリカに至っては『虚無』を体現したかのような状態で、言葉無く崩れ落ちていた。
ただの数秒前まで、人間の定義を満たした者が4人も居たとは思えない惨劇の中、サイジョウだけは動き出していた。
無言で氷塊が降ってきたであろう遥か上空を睨み、敵影を探る。しかしものの影すら確認できず、そこには無慈悲にも晴天が広がっていた。
「ふん、逃したか。・・・しかしこの規模の氷塊をオレに気づかれることもなく生成、さらに対象に狙って直撃させられる奴など・・・その上逃げ足も早いときた」
何かを少し考えるそぶりを見せたものの、すぐに氷戈の横へ移動し
「おい、今はとりあえず対象を連れて引くぞ。いいな?」
「・・・」
そんなに親交があったわけじゃない。なんならさっき出会ったばかりだ。どちらかといえば敵だったし、一度は殺そうとしてきた。
しかし。しかしである。
こんなことがあっても良いのだろうか?ただ国を想って、洗脳されていたとはいえ妹を想って、自身が何十年とかけて積み上げた人間としての、生命としての本質、尊厳を取り戻そうとした刹那の出来事であった。
いや、そんなことはどうでもいい。『死』がダメだ。それは認めちゃダメだ。とにかくダメだ。
感情が支配する。あの時が蘇る。幼き日の____
ゴツッ!
「イッ!?・・・え、ああ・・・」
非常時に廃人と化していた氷戈を見かねてサイジョウがデコピンをくらわせたのである。何かを思い出さずに済んだ氷戈は、かろうじて話の入る状態となった。
「考え事は後にするんだな。・・・今はとにかく対象を連れて戻ると言っている。さっさと袋に入れ」
「・・・燈和は?」
「首根っこでも掴んで持っていく。あいにくオレの
「ならせめて燈和に袋を譲ってやって・・・」
氷戈がそう、言い終わる前に-
「
聞いたことのない男の声で唱えられた謎の詠唱と共に、氷戈とサイジョウは地から噴き出た獄炎に包まれた。
咄嗟にサイジョウが氷戈を抱えそこから脱出をしたが、フラデリカとの距離が離れてしまった。一瞬炎に身を包まれたがなんともないため、ここでも『絶対防御』が機能しているらしい。
氷戈はサイジョウに降ろしてもらい、フラデリカの方を見るとその前には2人の男が居た。1人は自分たちに相対するように立ちはだかり、1人はフラデリカの様子を確認するためか彼女の側で屈んでいる。
-こいつらがレベッカを殺したのか?いや、それならわざわざ姿を明かす必要もなければ詠唱もしなかっただろう。となるとこいつらは・・・-
「・・・フラミュー=デリッツの人間か?」
どうやら氷戈と同じ考えだったらしく、サイジョウは2人にそう問うた。
すると自分たちの前に立ちはだかる青い短髪の、厳かな雰囲気の男が答えた。
「そうだ。・・・では、こちらからも一つ。No.3《エインス》フレイラルダ=レベッカを殺したのはお前たちか?」
先ほどの詠唱と声が違うため、最初に攻撃を仕掛けてきたのは後ろで燈和のケアをしている赤いツンツン頭の男だと予想できる。
サイジョウは圧倒的強者感を醸すこの男の問いにも毅然とした態度で応じる。
「違う、といったら果たして信じるのか?」
「現場に居合わせた容疑者である以上、取り調べを終えるまでは信じる訳にはいかない。・・・というわけで念の為問うが、おとなしく捕えられてはくれまいか?」
「ふむ、それはオマエがどのくらい強いかによるなぁ?先ほどのがこの国で3番目と言ったが、この現場に出向いて来た以上それよりは上なんだろう?どうなんだ?」
一向に質問を質問で返す応酬は、互いに一歩も引く気はないという気の表れのようにも取れる。
「私がどれくらい強いのか?・・・それを答えれば取り調べに協力してくれるということで良いか?」
「いや?どのくらい強いかによる、と言ったはずだ。協力するかはオマエの回答次第だなぁ?」
「・・・良いだろう。私は
「おお?てっきり一番強いやつが出てくるかと思ったのだがな、残念だ」
「・・・」
サイジョウは相変わらずであるが、それを知らないアルムガルトは反応に困った様子である。もっとも、ポーカーフェイスが極まっているので想像に過ぎないが。
そしてサイジョウの言葉に食いついたのはフラデリカの横にいる男であった。彼は顔を真っ赤にして怒った。
「テンメェ!レベッカさんを殺した上に先生を愚弄するのか!?いい加減にしやがれってんだ!」
「ん?誰だオマエ、強いのか?」
「ウルセェ!テメェなんざに答える義理は無えよ!」
前にいるアルムガルトが左手を出して制止しているから良いものを、それがなければ今にも襲いかかって来そうな雰囲気である。
「さて、答えを聞かせてもらおうか。おとなしくついて来てもらえるだろうか」
「一応確認なのだが、オマエはその女よりも強いのか?」
「レベッカは私の生徒、だった。・・・これで十分か」
「なるほどなるほど!では答えは・・・NOだ!」
「・・・」
-は?-
相も変わらずアルムガルトはポーカーフェイスを貫き、腐ってもこちら側である氷戈の方が驚いてしまった。
これだけ答えさせるだけ答えさせて、相手を愚弄し、真横で死んでいる故人を強さの指標にした挙句協力もしないとのこと。まるで普通の人間ができる所行では無いと思った。
これに激情したフラデリカの横にいた男は雄叫びを上げ、猛スピードでサイジョウに剣を振り下ろした。
「クソ野郎がッ!死にやがれ!!」
「ん?」
しかしこれを右の人差し指一つで、音もなく軽々と止めてしまうサイジョウ。一体どれだけ強いのか。
この事実に剣を振るった男は言葉を失う。
「・・・なっ!?あぁ・・・」
これを見たアルムガルトは男に声をかける。
「下がれプロイス。君の敵う相手ではない」
「・・・分かりました。・・・クソがっ!」
素直にバックステップでアルムガルトの元へ飛んでいくも、宙でサイジョウに毒を吐く。
アルムガルトはプロイスが自分の横へ着地すると、指示する。
「君はフラデリカに付いてやっててくれ。彼の相手は私がする」
「は、はい」
プロイスはその言葉に少し動揺しつつも、すぐさまフラデリカへ駆け寄った。
彼の反応を見るあたりアルムガルトは相当強いらしいが、サイジョウもサイジョウで化け物であるのは素人目からしても分かる。これはとんでもない戦いとなりそうだ。
両脇で固唾を吞む氷戈とプロイスを側に、アルムガルトは言う。
「どういう訳か理解しかねるが、取り調べに応じてもらえないのであれば少々手荒になるぞ」
「ふはははは!話の分かるやつで助かったぞ!・・・しかし『少々』では困る!ここは大々的に戦り合おうじゃあないか!?」
「・・・分からん」
アルムガルトはやはりポーカーフェイスながら困惑を見せるも、氷戈には分かった気がした。
-サイジョウのやつ、もしかしてアルムガルトと合法的に戦うためにこんな訳の分からない答弁をしていたのか?バトルジャンキーにも程があるだろ・・・-
サイジョウと少しだけ関わりがあるからこそ理解できたが、初見でこんな立ち回りをされたら誰であっても困惑するだろう。
アルムガルトはそんなことを知る由も無く、ただ持っていた剣を構えた。長く真っ白で、三日月状に軽く
対するサイジョウは右手を大きく広げ、
彼の等身程の非常に大きな剣がどこからともなく生成されたが、アルムガルトに驚く様子はない。この世界ではこれが普通なのだろうか。
サイジョウも剣を構え、互いに臨戦体制といった様子である。が、サイジョウは満面の笑みを、アルムガルトは真顔で向かい合っているため温度差は凄まじい。
ここでサイジョウは待ちきれなくなったのか、踏み出しとともに大きく叫ぶ。
「さあ行くぞ、No.2!せいぜい楽しませてくれよ!?」
「・・・」
サイジョウが勢いよく突っ込み、戦いの火蓋が切られた。
「・・・!?」
と、同時に戦いの幕が降りたのだった。
「・・・お、おい。サイジョウ?」
次の瞬間、氷戈の目に映っていたのは腹のど真ん中を深く突き刺されたサイジョウの姿であった。
アルムガルトが持つ長い剣の先からは真っ赤な雫が滴り落ち、サイジョウは俯いている。
サイジョウがアルムガルトとの距離を半分ほど詰めたところで、事は既に起こっていた。氷戈の目ではとても追う事はできず、結果だけを目にした形だ。
また、か。
また人が死ぬのか?
俺の目の前で。性格は終わっているけど、仮にも命の恩人だぞ?何度も助けてくれただろう?
いや、そんなことはどうでもいい。『死』がダメだ。それは認めちゃダメだ。とにかくダメだ。
感情が支配する。あの時が蘇る。幼き日の、悪夢が。
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