常識は決して当たり前なんかじゃないという話。

TY

事の起こり

私が小さい時、小さな田舎町に住んでいた時の事になります。私にはとても仲のいい友達がいました。名前を仮にC君とします。



C君とは同じ保育園に通っていました。でも住んでいた地域は少し離れていて、家に遊びに行くとなると小さな子供の足では難しい距離感でした。ですが、大人に頼んで送り迎えしてもらって遊びに行くぐらいには仲良しでした。


ある日、私はいつものようにC君の家に遊びに行き、帰りは家まで送ってくれたC君のお父さんと車の中でふたりで話をしました。


もうすぐお仕事で家族で海外にいくという話でした。でも数年で帰ってくるからその時はまたCと仲良くしてあげてほしい。と。


元々C君本人や保育園の先生からも聞いていたので、実はその話はかなり前から知っていました。でもC君のお父さんはよその家の子の私にもすごく優しく真摯な方だったので、C君と仲の良い子供の私にもわかるようにちきんと丁寧に説明して「ごめんね」と謝りました。


すごく悲しくて寂しい気持ちはありましたが、なんとか必死にぐっとこらえました。C君のご家族には日頃からすごくよくしてもらっていて大好きだったので、ダダをこねて困らせたくなかったからでした。


お見送りの日、空港までは遠すぎて無理だったのでせめてC君の家にと朝早く、祖母に頼んで二人で挨拶にいきました。


帰って来たらまた遊べるんだとは分かっていましたが、そこはやっぱり子供。C君も私もお互いに悲しくて泣いてしまい、結局C君のご両親を困らせてしまったと思います。


一通り泣いて、でもなんとか最後には涙でぐちゃぐちゃな汚い顔でも、笑ってお見送りができました。空港に向かう車の中、道に立っている私と祖母に後部座席からお母さんと一緒に見えなくなるまで手を振っていてくれました。私も手がそのままちぎれて飛んでいくんじゃないかというぐらいの勢いで車が見えなくなるまで、ずっと手を振っていました。




それが、C君と話した最後の日になりました。




それから時間が経ち、小学生になった私はいつもと変わらない日々を送っていました。


C君一家が帰って来るまではまだ数年ありましたが、小学校に上がって自転車をゲットしたので行動範囲の広がった私は自分の足で生ける範囲が増え、C君の家族が住んでいた少し遠方の地域にも別の友達ができて、ほぼ毎日のように放課後遊びに行っていました。行き帰りでC君の家の前を通ると、やっぱり寂しい気持ちはありましたが、そこまで深刻には考えておらず、それはそれ、これはこれ精神で毎日楽しく遊んでました。


そんなある日、いつものように遊んだ帰り道、C君の家の前を通りがかった所、家の前に車が数台止まっていました。


大人が数人。警察官と、おそらく親戚の方が数名、そしてC君のご両親が居ました。


私は「え!?C君ち帰ってきた!?早くない!?」と思い、思わず自転車を畦道にほっぽりだして走って玄関の前まで行きました。


C君のお母さんが先導するようにすぐ家の中に入っていきました。ちょっと距離があったので話までは聞こませんでしたが、それでもなんだか変な感じがしたのを覚えています。


ちょっと覗き込んでみてもC君の姿は見えませんでした。あれ?と思っていると、まだ玄関にいたお父さんが足音で気付いたのか、こっちを振り向きました。


子ども相手だったからなのか、すぐに笑ってはくれましたが、振り向いた瞬間は見たことがないぐらいすごく、すごく暗い顔をしていました。


ただならない様子に動けずにいると、C君のお父さんは周りにいた人に何か言って、他の全員が家の中に入る中、一人で私の所にやってきました。


昔みたいに優しくひさしぶり、と言ってくれました。その様子に、今思えばかなり無神経に何気なく「どうしたの?」と思わず聞いてしまいました。


するとお父さんは少し考えて「ちょっと早くなったけど、帰ってきちゃった」と言いました。


最初に覚えた違和感の正体もよくわかりませんでしたが、話してみると昔と何も変わらない気がして、すごく安心してしまったんです。C君にすぐにでも会いたかったのですが、もう時間も遅かったので、会話もほどほどにすぐ帰りました。ですが、またC君と遊べる!と思うと自転車を漕ぐ足がいつもより動くこと動くこと。あの時は遠足前ぐらいワクワクしていました。


次の日は用事があったので、行くのはその次の日にすることにしました。いきなりいってC君を驚かせてやろう!と息巻いていました。その日は家が朝からバタついていていましたが、私はまたC君と遊べるのが楽しみすぎて、まあいつもの事だろとさして気にせず、さっさと朝ご飯を食べて学校にいき、学校が終わって速攻家に帰り、自転車を飛ばしてC君の家に行きました。


今思えば朝の時点で気づくべきでした。なんで帰ってきた筈のC君が学校に編入してこないのか。どうしてあの場にC君がいなかったのか。おかしなことはたくさんあったのに。


C君の家は周りに家はちらほらあるものの、田んぼに囲まれていて、家の前の道もそれなりにスペースがありました。そこに一昨日の比でない量の車が沢山止まっていました。そして、黒い服をきた大人が大勢居て、知らない家に来てしまったのかと思うぐらい、家の様子が明らかに異質でした。


そんな中、目に飛び込んできたのはC君の名前が書かれている看板でした。その看板は見覚えがありました。時々でしたが、道路で見かけていたものだったからです。



C君のお葬式の看板でした。



わけがわかりませんでした。死というものもお葬式も両方知ってはいたけど、幸いにも私が生まれてからは身内など私の周りで人が亡くなった事はなかったので、お葬式を実際に見たのはそれが初めてでした。


ただただ混乱して、私は思わず自転車ごと田んぼの坂道に隠れてしまいました。ほぼ反射的行動でした。見てはいけないものを見てしまったと思いました。

あの看板の意味は知っているのに、意味がわからないと思ったものきっと、頭が理解するのを拒んでいたからでしょう。


しばらく草の上に倒れたまま、ない頭で必死に状況を整理しようとして、でも全然頭が回りません。遠くにお経を読む声がかすかに聞こえます。看板に書いてあった事は、漢字が難しく、まだ小学生だったのもあり、C君の名前しか読めませんでした。ですが、見覚えしか無い看板に鯨幕にお経に黒い服を来た人が多数。理解したくない現実が紛れもなく、そこにありました。


気がついた時には辺りは暗くなっていて、私は自分の家の前まで戻ってきていました。


どうやって帰ったか、思い出そうとしてもそこだけ時間が飛んだように抜けていて、未だに思い出せません。


なんだかすごく疲れていました。鍵を開けて家に入ったら眠気が襲ってきて、あまりに意識がふわふわしていたので実はこれは気付いてないだけで全部夢なんじゃないかと思い、そのまま寝室に使っていた畳の部屋で倒れるようにして泥のように眠りました。

起きたら、次の日の昼近くになっていて、畳でそのまま寝た筈なのにいつの間にかいつもの敷布団で眠っていました。多分祖母がやってくれたんだと思います。


昨日のあれはなんだったのか。作り置きのおにぎりを食べながらぼんやりしていると電話がかかってきました。


C君のお父さんからでした。


私がでると思っていなかったのか、少し驚いたようでした。私の家は大人は平日だろうと週末だろうと関係なく皆忙しなく働いていたので、昼間はほとんど子供しか家にいませんでした。C君のご両親もそれを知っていましたが、今思えば、タイミングがタイミングだったからでしょう。


私はその声を聞いて、いてもたってもいられなくなって、お父さんが話し始めるより前にC君のことを聞きました。幼い子供だからできた、無神経なことでした。今はその軽率な行動を、ずっとすごく深く後悔しています。もし謝れるなら謝りたいです。


C君のお父さんは暗い声で、言葉をつまらせながらもゆっくりと、あの日の車の中でしてくれたように、ちゃんと子供相手にも分かるように説明してくれました。


赴任先で事故が原因でC君が亡くなったこと、それがきっかけで日本に戻ってきた事。自分たちも遠くない内に違う街に引っ越す事。


夢じゃなかったんだ…と知って私は我慢できずに泣いてしまいました。C君のお父さんは何も言わずに、私の声を静かに聞いていてくれました。


そして、嗚咽が収まってきたころ、突然私にごめんねと謝りました。


事故なのに、C君のお父さんが謝らなきゃいけない理由が全くわからなくて、なんで謝るのかと聞くと


「俺のせいでCが死んで、皆が悲しむことになったから。(私)くんのこともすごく悲しませてしまった。だから本当にごめんね」と言いました。

最後の方は声が掠れていて泣いているのが電話口でもわかりました。

私は何も言えず、お父さんには見えもしないのに首をブンブンと横に振っていました。その時は言葉にならなかったけど、それは違う気がしたからです。


電話を切ってからも、しばらくぼうっとしていました。電話の内容と昨日のことがぐるぐると頭の中を回っているだけで、他は何も考えられませんでした。


その日以降、別の友だちの家に遊びに行く時も、C君の家の前を通らないようになりました。


きっとひたすらに現実を受け入れたくなかったんだと思います。それ以降、私が知る限りでは、C君の家族から電話がかかってくることはありませんでした。私の家の中でも、C君の家のことが話題に上がることはありませんでした。


C君のご家族は、私が家にいないタイミングで引っ越しの挨拶にきたと後に祖母に聞きました。


そうしている間に時間が過ぎ、私は進級しました。



私がどう思っていようとも、時間は無情に流れていき、こなさなければいけない日常生活は続いていきます。


学校に遊びに、それと新しく始めた水泳にと、子供ながらに忙しかったからなのか、無意識での逃避なのか、私は次第にC君のことをあまり思い出さなくなっていきました。


そんなある日、帰り道で工事の音が聞こえました。


道路工事でもしてるのかと思い、何気なく音の方を見ると、していたのは工事ではなく、解体作業でした。現場は
C君の家でした。


C君のご両親が引っ越されてからはずっと空き家になっていたのは、避けるようになっていても視界の端で見たので知っていました。売りに出されてる訳でもなかったので、普通に考えるならいつか解体されるのは自然な流れでした。


夏休みの夕方になるちょっと前ぐらいの時間帯で。スポ少の帰り道に、田んぼの向こうの山の方からひぐらしの声がしていました。いつのまにか通り過ぎるだけの場所になっていた道で、私は足を止めて、解体されていく家を遠巻きに眺めていました。


その日は朝からすごく暑かったのに、炎天下でじっと立ち止まっていても不思議と全く暑さを感じませんでした。あのときの感情は今でもうまく説明できませんが、ただひとつだけはっきりしているのは、なんだかちゃんと見届けないといけない気がした事です。


しかし家でその話をすることもなく、C君の家が解体されていくのを、水泳の後に遠くから一人で眺めてから帰る。それがほんの数日でしたが続きました。


そして最後の日、私が道を通る夕方にはすでに瓦礫も運び出しが終わっていて完全に更地になっていました。家を取り囲むようにあったブロック塀もなくなっていて、完全なまっ平らな土が一軒家分のスペースにある。それだけの場所になっていました。


私は愕然としました。ほんの数秒間でしたが、C君の家がどのあたりにあったかを、探してしまったからです。


今はまだ更地になったばかりなので土の色で見分けがつきます。でもいつか、ここが田んぼになったり草木が生えたら、一瞬じゃすまなくて、本当に探しても見つけられなくなってしまう気がして。それが、どうしようもなく恐ろしい事のように思えてなりませんでした。


その事は、誰にも言う気になれませんでした。

何度も遊びに行ったあの家の跡地を、探さなければ見つけられなくなっていた。無意識に忘れようとしていたんです。頭の中で、なかったことにしようとしていました。


家だけじゃない。C君や、C君のご家族に対して同じ事をしてしまっていたことに、そこでやっと気づきました。自分がすごくひどいやつだと感じました。とたんに全てがすごく嫌になって、そこから数日、塞ぎ込んでしまいました。


つい先日まで夏休みにかまけて宿題もせず、家のいる時間のほうが少ないぐらい遊びまくったりスポ少ではしゃいでた子供が、突然ご飯をほぼ食べなくなり日がな一日畳の上で寝転がってぼうっとしているようになれば、誰の目からみてもおかしく見えてしまうでしょう。


夏バテかときかれて、でも理由を話す気にはなれずにそうかも、と適当にごまかしていました。ちょっと泳ぎすぎて疲れてるだけで、寝てれば治るの一点張りは今思えば不自然極まりなかったと思います。ない頭でどうにかひねり出した言い訳でした。お粗末な浅知恵は大人からみると丸わかりだったでしょう。



そうしていると、数日経った後に祖母が、寝転がってぼんやり縁側を見ている私に麦茶を持ってきてくれました。


最初はなんてことのない日常会話で、人と話す気分じゃなかった私は適当に祖母の方を見もせずに適当に答えていましたが、不意に「C君の家、なくなっちゃったな」と言われて、私は思わず祖母の方を振り返ってしまいました。


祖母は年の割に単車を乗り回したり、趣味でミニビニールハウスを作って畑開拓しまくったり、犬の散歩で一日に5キロも歩いて犬の方が先にバテたりなど、まあなかなかアグレッシブというか、パワフルでちょっと冗談みたいな人で控えめに言っても結構変わった人でした。

そんな祖母がらしくない静かな声で突然核心をついてきたので、意表を突かれて反応してしまったんだと思います。


行動範囲も私とは比べてものにならないぐらい広くて、耳も早かったので解体を知っている事自体は別に不思議はなかったのですが、私がそのことで落ち込んでいたのまで見抜かれていたとは流石に思っていませんでした。

聞くと、偶然犬の散歩をしてる時に私が解体現場近くにいたのを見かけた、という事でした。それでもしかしたらと、察しがついたようです。


しばらく言わずにいてくれたのは、あの日以来、C君の話をしなくなった私の心中を気遣ってくれてたからだと思います。

ただ、流石にあまりに目に見えてモヤモヤして落ち込んでいてつらそうに見えたんでしょう。意を決したように、C君のことで話したいことがあると、切り出しました。そして驚きました。



なんと、C君の死の真相を、祖母はC君のお父さんから聞いて、知っていたのです。

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