やがて、朝を迎えるまで・2

「お前の父親、レオンは勇敢な騎士だった。剣の腕も確かで、陛下からの信頼も、周囲の人望だって厚かったんだぞ」

「なんだかそう聞くとブルック隊長みたいだな」

「あー……いや、なんつーか……もっとちゃんとした感じのヤツだよ。あっちは真面目だったしな」


 いわゆる“模範的な騎士様”だ。

 直球なシグルスの返しに一瞬照れながら、ブルックはそう説明した。


「けどまあ、俺ほどじゃないがちゃんと砕けたとこもあったな。今のお前みたいにストレートな物言いするヤツだったよ」

「そうか……」

「あ、あと髪の色もお前と同じだな」


 どうやら自分は父親似らしい。そう聞いてもあまりピンとこないのは、シグルスに両親の記憶があまり残っていないからだろう。

 親という感覚なら、目の前にいるブルックの方がよほどしっくりくる。


「二十年ほど前のことだ。レオンは遠征でエルフが暮らす森のそばまで来たことがあってな。そこで魔物に襲われていたお前の母親……アムリアと出会った」

「エルフが暮らす森……」


 父が亡くなった後、母もシグルスを置いて連れ戻されてしまったということだけは聞いていた。

 閉鎖的で排他的なエルフは、人間よりもハーフエルフに対する嫌悪が強いという話だ。そんな連中が住む森になど、生涯行くこともないだろうと思っていたのだが……


「お互いに一目惚れだったらしい。ひっそりとした交際が始まって、それからしばらくは凄まじい惚気ばかり聞かされてな……」

「の、惚気……?」


 思っていたのと違うな、という呟きがこぼれた。

 シグルスは、ふたりを悲劇が引き裂いたことしか知らない。だがブルックから聞く両親の話は、ありふれた、なんならちょっと浮かれたカップルの甘酸っぱい恋の物語だった。


「最初はみんな反対したさ。エルフと一緒になったら不幸になるって……けど、レオンの熱意と仲睦まじいふたりの姿に、次第に周りの声は応援に変わった」

「そうして結ばれたんだな」

「ああ。とても幸せそうだったよ」


 エルフと人間の恋は禁忌。そのふたりの間に生まれたハーフエルフは災いをもたらし、周りを不幸にする――レオンとアムリアの話には、そんな悲壮感など微塵も感じられない。


「幸せそう“だった”……か」


 ただし、その結末はシグルスの知る通り……彼のそばに両親がいないのが、何よりの証拠だろう。


「……語弊があるな。あれはお前のせいじゃない。お前が生まれてすぐのことでもないし、世界中で起きた事件だ」

「十三年前の災厄……“災禍の怒り”なんて言うヤツもいたな」


 千年前、この地上の各地で暴れまわり女神に封印された強大な魔物……それが“災禍”という。

 そして十三年前に世界中で何の前触れもなく大量の魔物が現れる事件が起きたのだが、その魔物の出現ポイントがどうも災禍の封印場所と近いらしい。

 勝手にこちらの地を荒らしておいて“怒り”などと、身勝手な名前もあるものだ……シグルスの眉間にシワが寄る。


「当時、ディフェットの市街地にも魔物は現れた。騎士団も対応に追われ、アムリアも魔法で人々を守った。それでも、守りきれなかったんだ」


 騎士も万能ではない。今思えば、あの時既に結界に綻びが生じていたのだろう。鉄壁の守りを誇るディフェットも、一度城壁を越えられてしまえば無防備な市民が危険に晒されるのだ。


「……そして、レオンは逃げ遅れた市民の盾となり、命を散らした」

「…………」

「お前のせいじゃ、ないんだ」


 なんの慰めにもならない言葉。けれど、そう言うしかなかったのだろう。

 などと考えるシグルスを、ブルックはもう一度しっかりと正面から見つめた。


「それに、レオンは幸せだった。アムリアと結ばれ、お前が生まれたことも後悔していない。ずっと一緒にいられないことが心残りだが、騎士として守るべきものを守れた……そう言って最期まで笑っていたよ」

「――っ!」


 いつか成長したシグルスが自分のことについて尋ねるだろうと思っていたのか、それとも、ただそう感じた事実を口にしただけなのか。

 どちらにせよ、亡き父の言葉は、シグルスの心をほんの少しふわりと軽くしたのであった。

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