モーアンの章:神殿の何でも屋さん・5

 回復魔法で処置をしたモーアンがルクシアルに戻ると、答えはないと知りながら、ノクスの所在をあちこちに聞いて回った。

 町中でも、神殿でも、尋ねた相手は首を横に振るばかり。それは翌朝になっても変わらない。


「わかってはいたけど、もうルクシアルを離れたんだろうな……」


 こうなったら自分も行動を起こすしかないだろう。モーアンは自宅に戻ると旅支度を整えた。

 外に出ると、主の帰らない家が寂しげに佇んでいるのが目に入った。

 試しにドアを押してみると、どうやら鍵すらかかっていない。


「不用心だなぁ……こういうのは、きみが僕に言う側だったじゃないか」


 瞼を閉じれば、そうやって叱られたりつつかれてばかりだったノクスとの日常が浮かぶ。もっとも、当たり前だったそれは今となっては遠く、もしかすればもう二度と得られないものに変わってしまったが。


『どうしたんだよ、モーアン?』


『またぼさっとして……転んでも知らねえぞー』


『しょーがねえなあ。この親友サマが助けてやりますか!』


 彼にかけられたさまざまな言葉を思い出して、大きく息を吐くと、モーアンは再び目を開ける。


「今度は僕が助ける番だ」


 ノクスの豹変には引っ掛かる点がいくつかあった。

 取りついた黒いモヤは比較的おとなしい魔物をも凶暴化させていたし、ノクスは闇魔法なんて使えなかったはずだ。


(あれに取り憑かれて、本来の彼じゃなくなった可能性は高いな)


 トン、トンと指先でこめかみを叩く。思考をまとめる時のモーアンの癖だ。


(ルーチェを蘇らせる……ノクスはその方法を知ったようだった。幻覚、幻聴……或いは誰かに吹き込まれて……?)


 彼女を喪った心の傷は一年経って癒えたのではなく、ずっとひび割れたまま取り繕っていただけなのかもしれない。

 それにしても、まさか魔法で攻撃してくるなんて。彼らしからぬ行動を思い返し、最後に言い放たれた言葉がよぎった。


『もう追って来るんじゃねえぞ』


 モーアンは好奇心の塊だ。こんなことを言われたら追いかけたくなるのは昔からの性分だと、ノクスは誰よりも知っているはず。


「……そう言われたら、追いかけるしかないよね」


 薄緑の瞳は、ルクシアルの出口へ。その先にはちょっとした洞窟がある。

 洞窟を抜けた近くには村があり、さらに行くと港町。そこまではモーアンにとっては庭のようなものだ。


「どこに向かったのかはわからないけど……とりあえず行く先々で聞いてみるかな」


 わからないことは数あれど、それは彼の足を止める理由にはならない。


「魔物……あんまり出ないでいてくれると助かるなあ」


 そんなことをぼやきながら、モーアンの旅が始まった。




 ――輝ける都ルクシアル。荘厳な神殿で女神に祈りを捧げる神官たちは、真面目で厳格な者が多いという。

 そんなルクシアルで困っている人々の相談を幅広く受け入れ、何でも屋として親しまれている神官、モーアン・デライト。

 日頃はのんびりおっとり、ぼんやりした彼には幼馴染でしっかり者の同僚・ノクスがいた。

 一年前に突然婚約者を亡くした彼は、モーアンと共に森の異変に遭遇した直後、人が変わったようにモーアンを攻撃し、行方をくらませてしまう。


 凶暴化した魔物と豹変したノクス。そのどちらも纏っていた不気味な黒いモヤは一体何なのか。

 そしてノクスが口走った、喪われた命を蘇らせる方法――禁忌に魅入られた神官はどこへ向かったのか。


 いくつもの謎の真相を探るため、若き神官はルクシアルの外へと旅立つ――。

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