フォンドの章:英雄の背中を追いかけて・1
緑の国グリングラン。
北方の大陸にある森と草原に囲まれた小さな国で、時には田舎と揶揄されることもあるが、穏やかで過ごしやすい地だ。
山脈を隔ててさらに北には友好国のドラゴニカ。世界で唯一、竜と共存する国で、グリングランにはドラゴニカの竜騎士の姿もよく見かけられる。
配達業も兼ねている竜があちこちで飛ぶ空は、ここグリングランでは日常風景だった。
そんなグリングラン城下町からやや離れ、木々に囲まれぽつんとある一軒家。
そこには“英雄”が暮らしていた。
十三年前、こののどかなグリングランの近くで何の前触れもなく魔物が大量発生するという事件が起きた。
平和な国に突然起きた異変。対応が遅れ、多くの犠牲を出したこの事件で活躍したのがラファーガという男。
そして、彼はその時に孤児となった少年を引き取った。
「いくぞ!」
高く括った黒鳶色の髪が瞳の色と同じ紺桔梗の紙紐と共にざぁっと風に揺れる。
キリッとした瞳と凛々しい眉。きゅっと結んだ口元は真剣そのもので、引いた拳は力強く握り締めて。
十八歳の青年に成長した彼の名はフォンド。ラファーガのもとで育てられた彼は、その背中を追いかけている真っ最中だ。
「はっ! たぁっ!」
次々に繰り出される拳や脚がビュッと鋭く空を切る。ブレることなく安定して放たれるそれは、日々の鍛錬の賜物だろう。
そして並の人間ならあっという間にノックダウンになってしまいそうな連撃を、後ろに下がりながら最低限の動きで躱す壮年の男性……鍛え上げた肉体と逆立つ銀色の髪、口元と顎に髭を生やし、琥珀色の眼光は鋭く研ぎ澄まされて。
そんな風貌と格闘術の達人であることから“拳狼”とも呼ばれている英雄で、フォンドの育ての親でも師匠でもある彼がラファーガ。
「成る程。姿勢は良くなってきた……だがまだ遅いな」
フォンドの渾身の拳を首を傾げるだけで避けたラファーガは、お返しとばかりに胴体に掌底をお見舞いする。
「ぐえっ!?」
たった一撃。けれども周囲の大気を巻き込み凄まじい風を生み出す一撃に、フォンドは敢え無く吹っ飛ばされる。
加減してあったのか本人がタフなのか、無様に落下することはなく、くるりと体を捻ってうまく着地した。
「受け身も上手くなったなあ。やられすぎて慣れたか」
「う、うるせー! いつか必ずその余裕崩してやるからな!」
拳を振り上げ叫ぶまだまだ元気そうな弟子の様子に、ふん、と嬉しそうに鼻を鳴らすラファーガ。
(そうだ。もっと強くなれ、フォンド。力だけでなく、心も、もっと……もっとだ)
若竹のように瑞々しい青年の成長ぶりに、拳狼は眩しそうに目を細めるのだった。
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