シグルスの章:狭間を生きる騎士・2

 時刻は夕暮れ時。剣術大会が終わっても、祭はまだまだ続く。

 串焼きの肉に焼きそば、焼きとうもろこし。出店の屋台があちこちに並び、空腹感をくすぐるニオイを漂わせている。

 そんないつもより賑やかな街中を、パトロールがてら練り歩きながらあちこち視線を巡らせるシグルス。


(ヴィオレンとかいったか……結局、下品な口だけの男だったな。傭兵あがりだか何だか知らないが、あの調子なら長続きしないだろう)


 ふと、先程倒した対戦相手の男を思い出す。新入りの騎士だったが、腕に覚えがあるようでやたらと自信家な男だと。


(最近はあんな奴まで採用しているみたいだが、騎士の仕事や鍛錬は想像以上に地味で地道なものだ。形ばかり求める派手好きな奴には向かない)


 もっとも、その地道な鍛錬を積めば彼の自信にれっきとした根拠がつくのだが。

 などと考えていたシグルスの足が、子供のはしゃぐ声にぴたりと止まる。

 派手な格好をした仮面の男は大道芸人だろうか。数本のナイフを投げてはキャッチの繰り返しで器用に宙に踊らせている。


「よっ、はっ、ほぉれ!」


 おどけた掛け声と共に全てのナイフをキャッチすると、最後にぺこりと一礼。あたたかな拍手が巻き起こる。


(へぇ……見事なものだな)

「おじちゃん、すごぉい!」


 最前列で見ていた十にも満たないくらいの男の子が興奮でぴょんぴょん飛び跳ねる。大きな目を輝かせ、まっすぐに憧れの視線を送った。


「ぼうや、楽しんでくれたかい?」

「うん!」

「そうかそうかァ」


 ぞくり。

 微笑ましい光景のはずなのに、シグルスの背筋を妙な悪寒が走る。


(なんだ、この男……この違和感、何か妙だ)


 道化師の仮面は笑顔のまま。子供に応える声もにこやかだというのに、その奥に何かを感じてそこから目が離せなくなった。


「それじゃあオマケでコレをあげよう」


 ヒタリヒタリと歩み寄った道化師は、子供の手のひらにおさまるくらいの小さなボールを手渡し、そのままずいっと耳元に顔を近づける。


「……よーく跳ねるボールだヨ。危ないから人のいないところで遊んでネ。ホラ、そこの路地裏とか」

「ありがとう!」

「どういたしまして。それじゃあネ!」


 去り際に目が合ったような気がしたが、仮面の奥の目がどこを見ていたかまではシグルスにはわからない。

 それよりも声をかけられた子供が気がかりで、すぐさま路地裏に消えた小さな後ろ姿を追った。


「うわぁぁーっ!」

「!」


 悲鳴があがったのは、その直後だった。気配を消すため静かだった足取りが、弾かれたように駆け出す。

 その先でシグルスが見たものは……騎士たちに守られているはずの街中に現れ、子供を襲おうとする魔物の姿だった。


「きっ、騎士のお兄ちゃん! ボールがっ……!」

「いいから早く逃げろ!」


 まずそう叫び、剣を抜いて子供より前に出ていた。

 魔物はボールとそう変わらない小型の悪魔のようだったが、翼を生やし、手にした銛は鋭く、子供ひとりくらいならどうとでも……いや、当たりどころが悪ければ最悪の場合もありえる。


「あ……あああっ!」


 子供が自分の言葉に従い、ちゃんと逃げてくれたことに内心で胸を撫で下ろすシグルス。

 短い言葉だが、状況はよくわかった。道化師に渡されたボールを言われた通り人気のない場所に持って行ったところ、ボールが魔物に……魔物がボールに化けていたのだろう。

 このディフェットは騎士王国というだけあって街や城の守りは堅牢だ。それなのに、こんな奥まで侵入を許すとは……


「ここで仕留める!」


 敵を見据えて顎を引き、剣を構える。小さな魔物でも油断は禁物だ。

 獲物をみすみす逃がしてしまった小悪魔は可愛らしい顔を激しく歪め、目を光らせて牙を剥いた。


「くっ、速い……だが!」


 小回りのきく体で素早く飛び回る悪魔に翻弄されそうになるが、意識を集中させ、動きを予測して剣を横薙ぎに払う。

 ギャア、と短い声をあげ、両断された悪魔が形を失い煙のように消えていく。

 薄暗い路地裏に元の静けさが戻ったところで、シグルスは徐ろに剣を納め、溜息をついた。


「騎士のお兄ちゃん!」


 逃がしたはずの少年の声が聴こえ、思わず顔を上げる。少年は物陰に隠れ、一部始終を見ていたようだ。


「お前っ……逃げろって言っただろ」

「お兄ちゃん、やっぱ強いや! 剣術大会でもすごかったもんね!」


 さっきまでの怯えた顔はどこへやら。昼間のシグルスの戦いぶりを見ていたから、今回も大丈夫だろうと思っていたと少年は言う。


「だからって……」

「けど……“ハーフエルフ”って何?」

「ッ!」


 ――赤い目の半端者が騎士になんてなれるのかよ!


 剣術大会で浴びせられた品のない声が、シグルスの脳裏に蘇った。

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