2:騒乱と出会いと・3
翌朝――といっても、魔物の襲撃を退けた頃には夜も明けつつあったのだが――宿屋の朝食がサービスで豪華になっており、宿代もいらないと主人から告げられた。
あれだけの騒ぎになれば夜中でも目撃者は多く、エルミナをはじめあの夜に町を守った旅人たちは揃って同様のもてなしを受けたのだという。
「こんなに感謝されるなんて……」
『それだけのことをしたのよ。ありがたくいただいておきましょ』
出発の支度を整えて、朝早くにリプルスーズを出る。
町の出口から振り返ると、中央に佇む古びた女神像が目に入った。
「女神像の結界があったのに、魔物が侵入してしまった……ルクシアルで報告すべきことが増えたわね」
『そうね。ひとまずしばらくはこの町は大丈夫だと思うわ』
「どうして?」
『魔物はそこまでおバカじゃないってこと。あれだけの数とそれを統率するボスがやられたんだもの。当分は近寄らないはずよ』
竜であるミューも魔物という括りでは同じようなもので、彼女の言葉には説得力を感じられる。
今の状況で、普段の魔物の常識が通用するかはわからないが……
「なんにせよ、早く対処してもらえるといいわね」
『町だってきっと防衛のために人を雇うわよ。さ、行きましょ』
エルミナたちも大きな問題を抱えているため、ここで立ち止まっているわけにはいかない。
もしもドラゴニカを占領した魔族が他の地域にも手を拡げ始めたら、今回の事件のようなことがあちこちで起きてしまうだろうから。
「リプルスーズの人たちのためにも、ルクシアルに一刻も早く向かわないと……!」
当面の目的地であるルクシアルはリプルスーズの北。街道を抜け、洞窟を通った先にあるという。
町をまわって得た情報ではルクシアルまで一日では辿り着けないため、洞窟の手前にある村で一度休んだ方が良いだろうとのことだ。
結界がある町を一歩外に出れば、そこかしこに姿を見せる魔物たちがこちらに気づくなり牙を剥く。
「やっぱり、魔物が凶暴化しているような気がするわね……」
『本来なら気性が穏やかで積極的に襲ってこないような魔物も、だものね』
魔物を倒しながらの道中、改めて世界の変化を実感するふたり。
もしかしたら自分たちが思っている以上に、あちこちで何かが起きているのかもしれない。
そんなことを考えていると、道は緩やかな上り坂に差し掛かった。この先の“星見の丘”を越えれば洞窟、その手前少し外れたところに村がある。
星見の丘は地面が隆起した箇所がいくつもある丘の集合地帯で、基本的にはそれらの間にある迷路のような道を通って進む。
丘はほとんどがエルミナの背丈よりも高く、無理矢理突っ切るのは厳しそうだ。
「わぁ……先が全然見えない」
『こりゃー大変そうねぇ』
「迷ったら空から確認お願いね、ミュー」
『そうね。空を飛ぶ練習になるわね』
空中をふよふよと浮かぶミューだが、自由に飛び回れるように見えても実際はあまり高く長時間は飛べない。
他の竜騎士のパートナーたちのように人を乗せて飛ぶには、そもそも大きさが足りないのだが……
『エルミナを乗せてひとっ飛びできれば、こんなところすぐに越えられるのに……』
焦りが口をついて出る。いきなり外の世界に放り出されても、エルミナはこんなにも頑張っているというのに。
「あなたのペースでいいの。まずは上からナビゲートしてくれれば、それだけでも随分違うでしょう?」
『エルミナ……うん。がんばるわ!』
少しずつ、高度を上げて。周りの丘より少し高くまで来ると、ミューは周囲を見渡した。
『ふんふん、あー行ってこー行って……あれ?』
「どうしたの?」
『誰かいるわ。だいたい真ん中くらい進んだとこの丘よ』
エルミナたちよりも早い時間にリプルスーズを出た旅人か、或いはルクシアルや村の方から来たのか。
ミューは大きな目をじっと凝らし、その人物がいる付近を見つめる。
『女神像があるから休憩してるのかしら。座り込んで先に進んでないわね』
城や町村以外の場所にもこういった道中には時折女神像が置かれており、町ほど大規模ではないが結界も健在だ。安全が確保されているため、旅人たちの休憩所になっていることも多い。
「どうせ通る道だし、一気に行くのは危険ね。わたしたちもまずはそこを目指しましょう」
『よーし、案内頑張るわよー!』
意気込みを表すかのように、ミューがくるりと宙を舞う。
こうしてふたりは時折自分たちの位置を確認しながら、星見の丘を慎重に進んでいくのだった。
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