はじまりの章:竜国の姫君・3
ピシ、ピシッと引き攣った空に亀裂が走る。
そこに生じた空間の裂け目はまだ小さく、覗き穴程度のものだった。
「……感じる。感じるぞ。同胞の気配を……!」
隙間からこぼれる声は歓喜と、怒りに震えている。
声の主はひとつひとつを確かめるように、ぐるりと辺りを見回した。
その眼は真下にあるドラゴニカの城を捉え、ニィ、と細められる。
「弱い人間なんぞと手を組み、築いた城か……クク、手始めには相応しいな」
パキパキと音を立て、隙間が拡がっていく。やがて、ヒトに近いが明らかにヒトのものではない、真っ黒な皮膚と鋭い爪をもった右腕が飛び出す。
腕の持ち主は隙間から見える城を、実際には届かないその手中におさめるように拳を握り締めた。
「この世界は強き者……我ら魔族のものだ!」
ガラスが割れるように亀裂が走り、一気に弾け飛ぶ。
夥しい数の魔物が上空から城に落ちてきて、
「きゃあぁぁぁっ! ま、魔物がっ……!」
「て、敵襲ーーーー!」
前触れなく襲われたドラゴニカの城内は阿鼻叫喚で満たされた。
山の頂上近くにあり、さらにこちらが空を飛ぶ竜を有しているドラゴニカが上からの襲撃を受けるなどということは、本来なら有り得ないのだ。
窓から、バルコニーから、通路から……開いているところから侵入してくる数は多く、あっという間に魔物だらけになってしまう。
「一体なにが起きたの!?」
「わかりません!」
「今はとにかく目の前の敵を……!」
訓練を受けた竜騎士たちはすぐさま立て直し、魔物たちを迎え撃つ。
最初こそ混乱していたものの、彼女たちの練度は高く、剣や槍、運悪くそれらを持っていなかった者も体術で敵を次々と倒していく。
しかし……
「ほんの僅か同胞の血が混ざっただけの下等生物のくせに、なかなかやるようだな」
「貴様は……!」
ゆったりと靴音を響かせ、やって来た男にその場の全員が緊張した。
見た目こそ人間の青年のようだが頭には大きな一対の角を生やしており、ニヤリと笑う口許には牙を覗かせている。ロングコートの端はよく見れば一定の形を保っておらず、何やら得体の知れない雰囲気を漂わせて……
悠々と歩いてくるだけなのに、竜騎士たちは青褪めて動けなくなった。
(なんだ、こいつは……?)
「ほう、格の違いがわかるか? 賢明だな。尻尾を巻いて逃げ出すならば、命は奪わないでおいてやっても良いぞ? これから我が物となる城をわざわざ汚すこともないしな」
逃げなくては。こんな屈辱許せるものか。ドラゴニカの誇りにかけて。怖い。嫌だ。動け、動け!
さまざまな言葉が脳裏を高速でよぎりながら、体は何もできず立ち尽くしていた、その時――。
「皆、早くお逃げなさい!」
凛とした、よく通る声が彼女たちを正気に引き戻す。
槍を構えた女王パメラが、真っ直ぐに男を見据え、進み出た。
「パメラ様……!」
「どうせこの男は、逃げる貴女たちを背中から討つ……ねぇ、そうでしょう?」
男から返ってきたのは沈黙。だが、その口の端が歪に持ち上がったのがその答えだろう。
「部下が逃げる時間を稼ぐつもりか」
「それが女王の務めですもの。けど、あっさり負けてあげるつもりもなくてよ?」
「生意気な……だが、他よりはマシみたいだな」
ピリ、と空気が張り詰める。
竜騎士たちがこの場を離れたのを横目で確認すると、パメラは不敵に微笑んで。
「ドラゴニカ女王パメラ・ディ・ドラゴニカ……参ります」
そして一歩。靴音がカツンと一層強く響く。
次の瞬間、彼女の瞳は氷柱よりも冷たく、鋭く研ぎ澄まされた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます