思いの丈をぶちまけて(四)
「何おまえ、俺と戦う気なの?」
闘気を放つシスイへミユウが尋ねた。アキオともう一人の管理人は、自分達に命令できる高位者であるシスイ相手に攻めあぐねていた。
「地獄の住人は生者へ積極的な手助けをしてはならない。──このルールを忘れた訳じゃないよなぁ?」
「……シキ、エナミを連れて後退しろ」
禁忌を犯していると指摘されてもシスイはどかなかった。私達を護る盾となってくれているのだ。
比喩表現ではなく、実際に大盾を装備するミユウが呆れ顔で言った。
「勝手をし過ぎだぞ。こんなことを繰り返していたら天帝からいずれ罰せられる。いくらおまえが地獄の次の統治者だとしても、な」
「!?」
「!」
「……は?」
私達は目をパチクリさせた。ん? んん? 次の統治者? ……シスイが?
えええええ? 地獄の王様に成るって!? それって凄いことなんじゃ……。
こちらに背中を向けているシスイの表情は窺い知れない。彼は静かにミユウへ忠告した。
「地獄の重大事項を、生者に話して聞かせることも違反行為だぞ」
「はん、何も知らないエナミに教えてやらないといけないだろ?」
ミユウの言葉を聞いて私はエナミが気になった。今でさえ生者と死者とで立場が分れているのに、シスイが地獄の王に就任したら二人の間の距離は更に開いてしまうよね。
「…………シスイ」
シキの手を借りて起き上がったエナミが、震え声でシスイへ説明を求めた。
「どういうことだ? あんたが統治者に成るって……本当なのか?」
「………………」
「シスイ!!」
「シキにキサラ、さっさとエナミを連れてこの場から離れろ!」
苛立ちを滲ませた声でシスイは急かした。一度もエナミと向き合わないまま。無視されたエナミが唇を噛んだ。
「シスイ、あんたは……あんたはいつもそうだ! 言葉にして俺に伝えず、大切なことを独りで抱え込んで……煮詰まって……」
「ご主人、今は
「シスイ、俺と向き合え! シスイ!!」
私達へ背中を向けたままのシスイ。ミユウが苦笑した。
「ホント、朴念仁だな」
ミユウは大鎌を器用にクルクル回転させた。
「わりぃなシキ、仕事なもんで逃がす訳にはいかないんだわ。ホレおまえ達、次の王様が邪魔しても
ミユウは鎌の
低空を飛行して男の管理人が接近してくる。
「私が彼を食い止める! シキ隊長はエナミを森へ……」
私が最後まで言い終わる前にビュッと矢が飛んで、男の管理人の左翼へ突き刺さった。
もう一本。今度は左の鎖骨の上へ刺さり、管理人の白い衣装に赤いシミが浮かんだ。二撃受けた彼は方向転換、上空へ逃れようとした。
ダンッ。ダンッ。
しかし狙いすましたように、両翼へ一本ずつ矢が刺さった。
(え……え?)
連射したのはシキの補助を拒み弓を構えたエナミだった。
彼はすぐに弓筒から二本矢を抜いて、一本を弓につがえた。そして私とシキが呆気に取られている間にまた連射した。しかも速射だ。
「ぐはっ」
男の管理人が初めて声らしきものを発して
アキオが仲間を助けようとしたのか、真空波をエナミへ放った。
「………させるか!!」
が、シスイの発光する双刀によって消滅させられた。エナミは無表情で次の矢を用意している。
淡々と敵を射る弟の豹変ぶりに驚きはしたが、私は忍びだ、敵を倒せる好機を逃すまいと男の管理人へ駆け寄った。
ビュッ。ヒュンッ。
更に二本、走る私の横を矢が飛んで男へ突き刺さった。内一本が右腕を貫通し、管理人は
「ええい!」
攻撃手段を失った男の管理人へ、私は脇差しで左肩から右腹までを袈裟斬りにした。勢いづいていた私はそのまま男に体当たりする形となり、一緒に大地へ倒れたのだった。
「……が、かはっ!!」
吐血して咳込む管理人。彼の両眼を覆う仮面を左手で掴んで、私は力任せに
「!……………」
仮面の下にあったのは意外にも若い、私と同年代の青年の顔だった。
何度も私を執拗に狙ってきたので鬱陶しく思っていた。絶対に倒してやろうと。でも彼の純朴そうな顔立ちを見て戸惑ってしまった。
青年は苦しそうだったが、血だらけの口を動かして私へ向けて笑顔を作った。
「あり……がとう……。これで悪夢が終わる……。恨みの無い……人を殺すのは……つらかった」
途端に私の胸にチクリと罪悪感が生まれた。恐ろしい死神だった彼。でも強制的に管理人に任命されただけで、元は普通の人間だったんだと思い知らされた。
青年は弱々しく、傷付いた右手を宙に挙げた。
「我ら
パタリと青年の手が落ちた。絶命したのだと、彼の身体から黒いモヤが発生したので解った。
「そいつは
少し離れた所に佇むミユウが私へ声を飛ばした。
「そいつの記憶によると、
そうだったのか。この青年はイサハヤおじちゃんの部下だったんだ……。
「名前までは知る必要はねぇ。だがそういう男が居たと、たまに思い出してやってくれ」
青年の身体が霧散した。小さな光が地面に吸い込まれていった後は何も残らなかった。
「……うん。彼にとどめを刺した私が、せめて彼のことを覚えておくよ」
私がそう答えると、ミユウは柔らかく微笑んだ。
ミユウは……敵、なんだよね? 私へ語り掛けてきたりエナミを気にしたり、何だか掴みどころの無い人だ。
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