願った先の悲恋(三)
しばらく歩くと地面に水分と草が戻ってきた。歩きやすくなったが傾斜がついて体力をじわじわと奪う。丘へ入ったのだ。細いが木もポツポツ生えている。
こことは別の場所だが、似たような丘をアキオと登ったな。そういえば二人で疑問に思ったことが有ったっけ……。
「草や木に
アキオとのことが全て思い出になっちゃった。
「落ちてないよ。虫はここで生まれたんだよ」
「え?」
「地獄に落ちるのは人間だけだね。人間の魂が衝撃を受けて欠けると、そこから新しい生命体が誕生するんだよ。虫だけではなく、木も草も地獄で命有るものは全て、元々は誰かの魂の一部だったんだ」
「そうなの!?」
エナミの回答はとても意外なものだった。
「うん、これも前の地獄で別の案内人から聞いたんだけどね。地獄に落ちた魂はさ、酷い怪我をしたり大きく心が動かされたりする度に、少しずつ欠け落ちてしまうんだって」
「あ、前に聞いた魂の摩耗ってそういう原理で起きるの!?」
「そう。俺とシスイみたいに、地獄と相性が良い魂は欠けてもすぐに回復するからいいんだけど、それ以外の魂は徐々に弱ってやがて死んでしまう」
トキが胸を押さえて不安そうに顔を歪めた。
「うげげ……。俺あんまり感動するのやめよう。でも素直だから自然に心が動いちゃうんだよなぁ……」
「短期間で現世へ戻れれば大丈夫だ。それで欠け落ちた魂だけれど、
「てことは昨日遭遇した熊は……」
「うん、誰かが大きな欠片を落としたんだろうな。そこから生まれた」
怪我や心が大きく動く度にか……。私もアキオの死を見送った時に魂の一部が欠けたんだろうか。
(……………………ん?)
私は熊が死んだ時のことを思い出していた。黒いモヤが発生した後に肉体が霧散した。そして小さな光が地面へ吸い込まれていった。
完全に死んだ魂は下層へ落ちる。案内人やサエはそう教えてくれた。
でも彼は……彼の場合は……。
「ねぇエナミ、それにシキ隊長……」
「ん?」
「死んだ魂が天へ昇ることも有るのかな……? そんな事例に遭遇したこと有る?」
「有るよ」
エナミがさらりと肯定した。
「罪を
光の粒は見えなかったが、そうか、アキオはやっぱり極楽へ行けたんだな。
ホッとしたのも束の間、エナミは知りたくなかった事実も教えてくれた。
「もう一つ、管理人に選ばれた魂も天へ昇る。雲の中が管理人達の休憩所だから」
「え…………」
管理人?
管理人って言った?
エナミは目線を足元に落とした。
「前の地獄でさ、仲間の一人が死んだ後に管理人に選ばれたことが有ったんだよ。まだ十五歳、明るくて仲間想いのいいヤツだった……」
「すまねぇご主人。そいつは俺の部下が殺した若い兵士のことだよな?」
「シキ、おまえを責めるつもりはない。あの時の俺達は敵同士だった。こちらもおまえの部下を殺したんだ、お互い様だ」
エナミとシキはかつて殺し合いをしていたのか。
そうだよね、シキは
「………………」
彼らの事情にも興味が有ったが、私には他に確かめたいことが有った。
「あの……シキ隊長」
「何だ」
「さっき鎌を投げてきた二人目の管理人、私、知っている人のような気がするんだ……。あなたはどう感じた?」
「どうって…………」
シキは
「おいキサラ、アキオが死んだ時の状況を話せ」
「現世の肉体に限界が来て……」
「そこじゃない、死んだ後の事だ。奴の魂は下層へ落ちたんだよな!?」
私は頭を左右に振った。
「ううん……。空中に浮かんで……昇っていったの。手を伸ばして捕まえようとしたら、見えない何かに弾かれて邪魔をされた……」
「昇った? 光の粒は発生したか!?」
私はもう一度頭を振って否定した。
「畜生!!」
緊迫したシキの声で私は確信した。長太刀を装備した二人目の管理人、あれはアキオだったのだ。
「な、なぁそれって……、キサラっちの知り合いが新しい管理人になったってことか?」
トキが尋ねてシキが左手で頭を抱えた。
「そうなんだろうさ。……クソッ、確かにアキオは忍びとしては不器用なヤツだったが、実直な凄腕剣士で管理人に選ばれても不思議じゃねぇ!」
アキオにもう一度会いたかった。でもこんなことを願った訳じゃない。
「姉さん……」
弟が私を気遣う。でも慰めの言葉は掛けられないようだ。
「エナミ、管理人になってしまったあなたの仲間、その人はどうなったの?」
エナミは私から顔を
「エナミ、教えて」
「………………」
押し黙ってしまった彼の代わりにシキが答えた。
「……殺したよ。殺して死神の職務から解放する、それが管理人となった死者を救う唯一の方法だからな」
「!」
ヤバイ。
アキオへの恋心を意識した途端に先立たれて、まだ立ち直れていないのに殺し合うの?
もう一度アキオは死ななくちゃならないの?
「新しく管理人になったその人は……、キサラっちの大切な人だったん?」
「あはは。大切って言うか、惚れた相手だよ」
「! キサラ……」
「姉さん……!」
男達は渇いた笑いを浮かべる私を見て心配した。
「ねぇ、管理人は仮面によって意思を封じられているんだよね? ならアキオ隊長の意識は今眠っている状態なのかな?」
「いや……」
エナミが重々しく述べた。
「脳の命令系統を奪われているだけで、ちゃんと意識は有るよ。姉さんのこともシキのことも、アキオさんは見えているし声も届いている」
そんな。もう笑うしかないよ、あんまりだ。
「あははは、それって最悪。アキオ隊長は、自分の身体が私を殺そうとするのを眺めている状態なのね?」
「ひでぇ……。統治者は何だってそんな残酷なことを管理人にさせるんだよ、悪趣味だろうが!!」
トキが私の心情を代弁してくれた。それに対してエナミが静かな声で説明した。
「人間同士が殺し合うことの虚しさを魂達に教える為だよ。地獄は刑場……。第一階層でも刑罰は既に始まっているんだ」
私は服の裾を握って涙を
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