第6話 緊急脱出(エクジット)

「……おきて。ねえ、早く起きてよ!」

「ん?」

ワルドが目を薄く開けると、心配そうなシルキドがいた。

「早くここから逃げようよ」

なぜかずっと強気だったシルキドが、怯えている。

「なぜだ……げっ!」

起きたワルドは、遠くに見える城を見て叫び声をあげる。それは銀色のリンゴのような形の巨大な城だった。その周囲には、銀色の飛行物体が何台も飛び回っており、警戒している。

「あれって、まさか……」

「うん。あれは堕人族の王の城、アダムアップル城」

そうつぶやくシルキドの声も震えている。今まで名前と外見だけが伝わっていて場所がわからなかった伝説の魔王の城が、はるかかなたに建っていた。

「ま。まずいぞ。堕人族に見つかったら」

「私たち、たべられちゃう」

必死に落ちてきた穴を登ろうとするが、急斜面なので這い上がることができない。

その時、一台の飛行車が飛んできてワルドたちの近くに着陸する。

中からでてきた堕人族は、ワルドの前に膝をついた。

「ワルド様。ディミウス様からご連絡は受けております。最高級の飛行車を用意しました。お乗りください」

実に紳士的な態度で乗るように促してくるが、鋭い角と爪をもつ人類の敵を前にして、ワルドとシルキドはパニックを起していた。

「きゃぁぁぁぁ!」

「ひ、ひえっ。来るな!」

恐慌に駆られたワルドは、無意識に身に着けたスキルを使う。

「『緊急脱出(エグジット)』」

次の瞬間、二人の姿はその場から消えていた。

「やれやれ。せっかちなお方だ。せっかくおもてなしができるチャンスと思っていたのにな。お土産に金銀財宝も用意したのに」

後に残された堕人族は、残念そうな顔をしてワルドを見送るのだった。


「あれ?ここはどこだ?」

いきなり目の前の景色が変わって、ワルドとシルキドはびっくりする。周囲には大勢の冒険者がいて、活気にあふれている。

どうやら、ここはどこかのダンジョンの前らしかった。

「あの……ここはどこなんでしょうか?」

近くにいた冒険者に聞いてみると、変な顔をされた。

「どこって、オーラルダンジョンだよ」

冒険者はダンジョンの入り口を指さす。信じられないぐらいに巨大な入口が開いており、その上下には巨大な岩山が連なって生えていた。

その向こうには大きな町が広がっており、中央には巨大な城が見える。

「それじゃ。あの町は王都ネック。やった!ダンジョンから脱出できたんだ!」

シルキドが喜びの声をあげて、ワルドに抱き着く。二人は抱き合って喜びあった。

「変な奴だな。オーラルダンジョンのダンジョンから脱出したぐらいで、あんなに喜んで」

まわりの冒険者たちからちょっと変な目で見られているが、九死に一生を得て魔王城から生きて帰ってこられた二人は気にしない。

「でも、どうして私たちは脱出できたんだろう」

「あー、それは多分僕のスキルのおかげだね。どうやら『緊急脱出(エグジット)』のスキルはダンジョンから脱出するためのものだったみたいだね」

ワルドが自分のスキルのことを説明すると、シルキドは手を叩いて喜んだ。

「やっぱりあんたは役にたつわ。無限に荷物を運べる能力にダンジョンからの脱出能力かぁ」

「やれやれ。王都につく前に、一生分の冒険をしたような気がするよ」

ワルドはそういって肩をすくめる。

「何言ってるのよ。私たちの冒険はまだまだこれからなんだから、しっかりと荷物持ちとしてついてきなさいよ」

「いつから荷物持ちになったんだか」

こうして、二人は無事に魔法学園の門をくぐることができたのだった。

そしてアイリード村にいるディミウスもほっとする。

「どうやら、無事に魔法学園についたみたいだな。ということは、あいつらとも会うことになるのか。となると、メンタルケアのために、やっぱりあの処置をしておかないとなぁ」

ディミウスは気が進まないようだったが、心の中で自分の僕に呼びかける。

『ワルドをサポートするために、白美族から一人、奴隷メイドとして派遣せよ』

『了解いたしました。この私自らが、ワルド様の元に訪れさせていただきますわ。うふふ。まだ可愛らしい頃のワルド様にお仕えできるなど、なんと光栄なことでしょう』

念話の相手は、なぜかウキウキとした思念波を返してくるのだった。


「それじゃ、私は学園長に魔王城のことを報告しないといけないから、行くね」

シルキドはそういうと、自分の荷物を受け取って学園の中に入っていく。残されたワルドは、学生寮に入る手続きのため、担当者の元に訪れた。

「魔法属性が『空』だって?困ったな。学生は属性ごとに入寮できる寮が決まっているんだが、『空』属性の寮はない」

受付の担当者は、困惑したように告げた。

「そんな。それじゃ、僕はどこに住めばいいんですか?」

「ううむ。学生の中には寮に入らず、町で下宿するものもいるが、その場合保証人も必要だし、部屋を借りないといけないので費用がかかる」

「そんな!僕はどっちも無理ですよ」

ただの村の子供であるワルドには、当然そんな金も保証人もいない。このままではホームレスになってしまう。

「なら、どこか受け入れてくれる寮を探すしかないな」

そう言われて、各寮をまわってみるが、どこも断られてしまう。

「うちに入りたいって?なんで同じ属性でもないやつをいれないといけないんだ!」

「『空』属性なんて聞いたことないわね。それになんか田舎臭いし……え?平民?お断りだわ」

そういって、寮を追い出されてしまう。

途方に暮れて学園のベンチに座り込んでいると、メイドを連れたシルキドが通りかかった。

「あら?ワルドじゃない。あんた、どこの寮に住むことになったの?」

「実は……」

どこの寮にも受け入れてくれなかったことを話すと、シルキドはわかったと肯いた。

「それなら、うちの土豊寮にいらっしゃいよ」

「いいのか?」

うれしそうな顔になるワルドに向けて、シルキドは薄い胸を叩いた。

「この土の盟主であるノーズ男爵家のお嬢様の私に任せなさい。私が言えば、みんな受け容れてくれるわよ」

こうして、シルキドに連れられて土の属性の貴族たちが住む土豊寮に行くと、その周囲には畑が広がっていた。

畑では、学生らしい若い男女が作業着を着て、一心に鍬を振るっている。

「えーーっと、ここは農家なのか?」

「当たらずといえども遠からずね。土の属性持ちの貴族家は、みんな辺境の農業が盛んな田舎であることが多いわ。だからみんな農作物の研究とお小遣い稼ぎのため、畑を作っているのよ」

シルキドはそういうと、作業していた学生たちに呼びかける。

「みんな。話していた荷物持ちをつれてきたわよ」

それを聞いた学生たちは、喜んでワルドを取り囲んだ。

「君が聞いていた荷物もちかぁ。これからよろしく頼むね」

「助かるわ~収穫した作物を市場まで運ぶのって、すごく面倒だったのよね」

「ちょうどいい。イモを運んでくれ」

どさどさっと目の前にイモを積み上げられてしまう。

「……僕は荷物持ちじゃないんだが……」

一応受け入れられたが、これからシルキドたちにこき使われそうになる予感がして、ワルドは憮然とした顔になるのだった。

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