異世界に(として)転生しました。~お前たちがいるのは俺の体の上なんだけど、わかってんの?~
大沢 雅紀
第1話 ワルドとディミウス
ブラック企業に勤務しているある男は、ようやく日付が代わるころに会社を出て、フラフラと帰路についていた。
すると、突然トラックが男に向かって飛び込んでくる。
もうだめだと思った時、いきなり周囲が白い世界に代わった。もしやと思って自分の体を見ると、幽霊のように半透明になっている。
「お迎えにあがりました。お久しぶりでございます。我が主よ」
そして彼の前では、仮面をした六本腕の女が跪いていた。彼女は女神のような神々しい衣装を着ている。
「えっと……あなたは?」
それを聞いた女神は顔を上げて、にっこりと笑った
「私の名前はロース。恐れ多くも貴方様により、女神の役目を申しつけられているものでございます」
それを聞いた男は、恐る恐る問いただした。
「……もしかして別の世界に転生させてもらえるとか?それで魔王と倒せとか?」
「ふふ。お戯れを。我が世界の魔王である堕人王ダニエルなど、あなた様のご命令一つでいつでも命など差しだすでしょう」
それを聞いた男は、訳が分からないといった顔になる。
「では、参りましょう」
「どこに?」
「あなた様の元にです」
そういうと、空間に巨大な穴が開く。男はその穴に吸い込まれてしまった。
再び男の意識が戻ると、豪華な神殿の祭壇のような場所に座らされていた。
「我らが創造主よ!」
「よくぞお帰りになられました!」
周囲をみると、何千何万もの異形の者たちに取り囲まれている。それらは二種類の種族に分かれており、一方は真っ白な身体に六本腕をもち、もう一方は真っ黒い体と鋭い角をもっていた。どちらも男を神のように崇め奉っている。
男が祭壇の上で震えていると、女神ロースが光り輝く玉を差しだしてきた。
「これは?」
「あなた様がお預けになられた「記憶」でございます」
光の玉はひとりでに男の頭に入り込んでくる。それと同時に、何億年分もの記憶が一気に押し寄せてきた。
「そうか……『私』が生まれたのか。では、いよいよだな」
記憶を取り戻した男―このバディ世界の創造神は、何億年も待ち望んだ時がやってきたことにニヤリとするのだった。
バディ世界 アイリード村
「今日もいい天気だ。天空森ウイッグにおわす白美族に感謝を」
村人は、はるか上空に浮いている黒々とした森を見上げて拝みあげ、毎日の労働にいそしむ。。
そんな平和な村で、子どもたちが遊んでいた。
「ワルド兄ちゃん。花輪をつくってあげたの。ちょっとしゃがんで」
金髪の美少女が、一歳年上の幼馴染に頬を染めながら頼み込む。
「ありがとう。フラン」
優しい顔をした少年は、笑みをうかべなからしゃがみこむ。
その時、となりにいた弟がうらやましそうな顔をしていることに気づいた。
「フラン。ディミウスにも作ってくれるかな」
「えー?どうしょうかな」
フランは小悪魔的な微笑を浮かべながら、ディミウスと呼ばれたワルドにそっくりな同年代の少年をちらちらとみる。
しかし、ディミウスは微笑ましそうに二人を見守っていた。
「僕はいいよ。フランは兄さんが好きなんだし。お似合いだしね」
「ちょっと!ディミウス君。余計なこと言わないでよ!」
そう言われたフランは、顔を真っ赤にしてディミウスをポカポカと叩く。
「二人とも、喧嘩しないで。それより、みんなで遊ぼう」
ワルドがそう提案するも、ディミウスは首を振った。
「僕は一人でやりたいことがあるから、二人で遊びに行きなよ」
そういうと、そのまま去っていく。フランは喜んで、ワルドの腕をとった。
「ディミウス君もああいっているし、一緒にピクニックにいこう。兄ちゃんのためにお弁当つくってもってきたの」
そういうと、ワルドの手を引いて村外れの丘に向かう。フランに手を引かれながら、ワルドはディミウスのことを考えていた。
(あはは。フランは可愛いな。しかし、ディミウスはわが弟ながらクールだよな。フランのことを好いていないわけないんだけど、なぜか僕と仲良くさせようとするんだよな……同い年なんだから、お似合いだとおもうんだけどな)
そんなことを思いながら、ワルドはフランとのピクニックを楽しむのだった。
このバディ世界は、天空森ウイッグに存在する女神ロースとその一族である『白美族(ハクビ)』の加護を受けている。
しかし、地底に住む『堕人族(ダニン)』という人間になれなかった種族が人間を敵視していて定期的に人間に対して戦いを挑んでいた。
追い詰められた人間たちは、女神に助けを求める。
彼女はそれを受けて、一部の人間に「魔力」という能力を与える。それを得た人間は駄人族や彼らが生み出した魔物たちと戦うことで強い立場を得て、『貴族』という民の上にたつ存在になった。
「魔力」は遺伝するので貴族は世襲制であるが、まれに平民の中でも女神の加護を受けて魔力に目覚める者もいる。
そういう理由で、国は定期的に各村を回って魔力検査をすることにしていた。
「いよいよだね。ワクワクするなぁ」
楽しそうなフランに、ワルドは告げる。
「あまり期待しないほうがいいよ。新しく魔力を与えられるのは、100人に一人いればいいほうだって言われているらね」
あまり期待してないワルドに、フランは膨れる。
「ワルド兄ちゃんの意地悪。少しぐらい期待してもいいじゃない。魔力に目覚めたら、貴族になって王都にいけるんだよ!」
「そうはいっても、貴族になるためには魔法学院を卒業しないといけないし……村から離れて強制的に通わされるのは……」
そうつぶやくワルドに、隣にいた弟のディミウスはなぜか憐れみの目を向けていた。
「……そうだったよね。ただの人間として故郷でおだやかに暮らす……それができていれば……」
「何か言ったかい?ディミウス」
ぶつぶつと何事かを呟く弟に、ワルドが問いかけると、彼はごまかすように首を振った。
「……何でもない。兄さんもフランも、きっと魔力に目覚めるよ。そう決まっているんだ……」
ディミウスがそういったとき、審問官がやってきて村の子どもたちを呼ぶ。
そして、この世界の成り立ちから話し始めた。
「はるかな太古。偉大なる創造神は我ら人間にこの大地をお与えなさった。その時、大地は神の恩寵に満ち溢れ、飢えも苦しみもなく人々はその楽園に、平和に生きることが許されていた」
審問官の掲げる絵には、素っ裸で果実をほおばる大勢の男女の絵が描かれていた。
「その時代を『黄金時代』と呼ぶ。人々は何も考えず、ただ神の意志に従って生きていればよかった。しかし、神はその怠惰にお怒りになり、人々を楽園から追放された」
審問官は、楽園を追放された人間たちが、魔物に襲われる絵が掲げられる。
「楽園を追い出された人間たちは、生きるために闘わなければならなくなった。傷つき悩み苦しむ人間たちを見かねて、神は『魔法』をお与えくださった」
獣の毛皮と石の棍棒を持った人間が、魔法を使って魔物を狩る絵が掲げられる。
「魔法を与えられた人間たちは、その力で豊かな生活を送ることができた。その時代を『白銀時代』と呼ぶ。しかし、人間は与えられた「魔法」の力におごり高ぶり、各種族ごとに争うようになった」
人間とエルフやドワーフなどの別種族が、互いに魔法をぶつけあって争う絵が掲げられる。
「神はその傲慢さに怒り、すべての人間から一度魔法を取り上げた。そして、選ばれし者たちだけに魔法を与え、魔物と戦うように命ぜられた」
審問官は、服を着て剣を持つ人間が、六本腕の女神から魔法を授けられる図を掲げた。
「我らは、ほんの一部の選ばれた者にしか魔法を与えられない『青銅時代』に生きている。そして魔物を統べる『堕人族』が現れ人間に戦いを挑むようになった。
審問官は、鋭い角をもった黒い肌の異形が、人間を迫害する絵を掲げた。
「魔法を与えられた者は、人々を魔物や堕人族から護るために命がけで戦わなければならないのだ」
審問官はそう話を締めくくると、女神ロースの像に祈りをささげた。
「これから魔力審査を始める。女神ロース様の神像に向かって、祈りをささげなさい」
審問官の言葉に、子どもたちはあわてて像に頭を下げる。六本腕をもつ女神像は、優しげな眼で彼らを見つめていた。
その姿をみながら、ワルドは思う。
(女神ロースの像って、なんだかちょっと不気味だよな。目元はマスクで隠していてよくわからないし、腕は六本もあるし)
ワルドが思うように、女神の姿は人間とはかけはなれていた。その姿をみるたびに、ワルドはちょっと前に立つことが怖くなる。
「では、一人ずつ像の前に立ちなさい」
審問官にいわれて、子どもたちはドキドキしながら像の前にたつ。しかし、ほとんどの子どもは、女神から祝福の光を与えられることはなかった。
「次は私ね。絶対に魔法をもらうんだから!」
フランが像の前に立った時、女神の腕の一本から一筋の光が発せられ、彼女を照らす。
「おっ!像が反応したぞ。『鑑定』。属性は「光」か。これは珍しいぞ」
ステータスプレートを開いて鑑定結果を見た審問官は。驚いた顔になる。
「やった。これで私も貴族さまになれるんだよね。それで王都にいって、お姫様みたいに暮らすの」
喜ぶフランに、審問官は釘をさす
「……貴族はそんなに甘いものではないぞ。民を護るために魔物と率先して戦わねばならんのだ」
審問官の言葉に、フランはがっかりする。
「え~痛いのは嫌だな」
「しかし、「光」属性か。王家と同じ属性が庶民に生まれるとは。この子はもしかして、将来王家に嫁ぐことになるかもしれん」
そういうと、次にワルドを像の前に立たせた。女神の額から光が発せられ、ワルドを照らす。
「この村はすごいな。まさか二人も魔力持ちがでるなど……え?どういうことだ?」
ステータスプレートをみた審問官は困惑する。そこには属性『空』と書かれていた。
「これはどういうことだ。『空』なんて属性は今まで一度も出たことはなかったぞ。君、この杖を振ってみなさい」
そういわれたワルドが杖を振ると、空中に魔方陣が浮かび、扉のようなものが現れた。ワルドがそれを開けてみると、何もない空間が広がっている。
「うむむ……これは女神が堕人王ダニエルに対抗するための新しい魔法なのかもしれん。試してもみよう」
審問官がもっている杖を扉の中差し込むと、そのまま吸い込まれていった。
「ワルドとやら、杖をとりだすことはできるか?」
「やってみます」
ワルドが恐る恐る扉の中に手を入れて、杖をつかむ。杖はあっさりととりだすことができた。
「うむ。これは物を異空間に収めることができる新属性魔法なのだな。国に報告しなければならん」
審問官が嬉しそうな声を上げる。
「……僕はどうなるのでしょうか?」
「心配しないでいいぞ。新属性魔法の使い手は優遇される。お前は魔法学院で貴族となるべき教育を受けるだろう」
そう言われて不安そうな顔になるワルド。その隣で、弟のディミウスは悲しそうな目で見ていた。
「最後はお前だな。像の前に立つがいい」
ディミウスが立った瞬間、女神の六本の腕が輝いて照らす。
「ま、まさか、ありえない。六属性を象徴する腕がすべて光るなんて……げっ」
女神像は腕だけではなく、全身から光を放ち始めた。
「や、やめ!うわっ」
次の瞬間、女神像が爆発して木っ端みじんになる。審問官は驚きのあまり、その場に立ちつくすのだった。
あれから、ディミウスのことを巡って審問官の間で喧々囂々の話し合いが行われた。
ディミウスには全属性の魔力が宿っている神の申し子だというもの。いや、女神に嫌われているから像が爆発したのだというもの。
長い間話し合いが行われた結果、ディミウスの魔法属性については一年後魔法学園に入学してから再検査するという結論に落ち着いた。
「そのことは置いておいて、「空」という新属性が発動した少年についても報告せねばならん」
「そのことはもう済ませた、魔法石を使った通信で報告済みだ」
それを聞いた審問官たちは、ワルドに告げた。
「君は15歳だったな。次の春に魔法学園から迎えにくるから、準備しておくように」
「……はい」
ワルドは両親や弟のことが心配そうだったが、国の方針にはさからえず、しぶしぶ頷いた。
そんなワルドを、弟のディミウスは勇気づける。
「大丈夫だよ。兄さんがいない間、この村のことは僕が守るから」
「そ、そうか。まあ、お前はしっかりしているからな。両親とフランのことを頼むぞ」
そう言われて、ワルドは魔法学園行きを決心するのだった。
その日、三人の魔力発現を祝う祭りが行われて、村人たちは楽し気に酒を酌み交わす。
「この村から貴族様がでるんだ」
「いずれ村にもどって、ご領主様を任されるかも知れない。将来楽しみだ」
そんな期待をワルドにかける。
「ワルド、よくやったな。まあ一杯飲め」
「そうよ。あなたのことを誇らしく思うわ。ほら、飲みなさい」
酔っぱらった両親に酒を飲まされ、そのせいで真っ赤になるワルドだった。
宴もたけなわになった頃、ワルドは弟の姿が見えないことに気づく。
「ディミウスはどこにいったんだ?」
「そういえば、さっき裏山のほうにいったみたいよ。おしっこかもね」
隣でごちそうを食べていたフランは、あまり関心なさそうにそう言う。
それを聞いて、ワルドは心配になる
「こんな夜中に山に入るなんて、危ないじゃないか。魔物が出たらどうするんだ?」
そう思って山に入っていったワルドが見た光景は、ディミウスの周りで鋭い角をもつ黒い肌の男たちが跪いている光景だった。
(あれは……なんだ?魔物か?やばい。ディミウスが襲われる)
そう思って助けに入ろうとしたとき、ディミウスの声が聞こえてきた。
「まったく。貴族どもは新属性である「空」が出現したのが気に入らないらしいな」
「無理もありません。貴族たちは属性ごとに派閥を作っております。そんなところに新属性の魔法使いが現れたら、心おだやかではいられますまい」
ディミウスの目の前で跪いている、ひときわ大きな黒い肌の男がそう答える。
「新たな勢力になると考えたのか。まったく、地を這うムシケラどもはあさましい」
ディミウスは心底軽蔑した顔でつぶやく。
「私はワルドたちを護るために転生したようなものだ。彼らに危害を及ばすわけにはいかぬ。行くぞ」
「はっ」
ディミウスは異形の男たちを引き連れて、裏山に入っていく。後をついていったワルドがみたものは、武器を携えて集まっている一部の審問官たちの姿だった。
「王家と同じ光属性持ちに、新属性に女神像を破壊した者か。平民の分際で我ら貴族の尊厳を冒すものを放置しておけぬ。村人ごと皆殺しにして……」
そこまでいった所で、異形の者たちに取り囲まれる。
「き、貴様たちは『堕人族』。なぜこんなところに?ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
審問官たちは一瞬で異形の者たちに襲われて、殺されていった。
審問官たちの死体が転がる中、恐れげもなくディミウスが立つ。
「よくやったぞ。堕人王ダニエルよ」
「もったいないお言葉でございます……」
ダニエルと呼ばれた堕人族は、感極まったようにディミウスの前に平伏した。
(これはなんだ……僕は何をみているんだ……堕人族の王ダニエルだって?なんでそんな存在が、ディミウスに……)
あまりの光景に理解が追い付かず、ただ茫然と見守るのみのワルド。
その時、天空森ウイッグから美しい光をまとった白い肌の六本腕の仮面の女が降りてきて、ディミウスの前に跪いた。
「我が主よ。ご無事でございましたか?」
「このような者どもに、私が害されるはずもなかろう。それより、女神ロースよ。なぜ私に全属性魔法付与などしたのだ。私はできれば平凡な人間として生きるつもりだったのだが」
じろりと睨みつけられて、女神ロースは恐縮して頭を下げた。
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