第17話 安蘭の出生の秘密

「砂羽ちゃん、風邪は治ったのでしょう? お父さん、砂羽ちゃんがあまりにも痩せているから、心配なんだよ。四月からは大学も始まるでしょう? 今の内に、たくさん食べて、体力つけないと……」

 父が、私の顔を見るたびに、心配そうな顔をする。

 いつからだろう。父が〝お母さん〟に見える。

 確かに私は痩せた。げっそりしたのは、熱を出した頃には違いないのに、鏡を見れば、頬がけ、もともとない胸元は、肋骨が浮き出ている。足も枯れ枝みたいに、筋肉もなくひょろひょろだ。

(愛羅を悪者にしたからだ。悪いのは私なのに。まだ、子供面して、逃げ続けてる。解らない振りして、お父さんやお兄ちゃんや、愛羅のせいにして、楽な道を進んでる)

 楽な道を歩んでいるわりに、痩せ過ぎだ。

 卑怯な自分に気付いて、良心の呵責を感じているのに、平気な顔をしているからだ。

 気付かない振りも限界だ。

 解決するのを待っていたって、自分自身の蟠りは、他力本願では解決しないのだから。

 逃げ続ける私は、ギスギスと痩せて行く。

 誰かを悪者に置き換えれば済むって話じゃない。

 だけど……実際私は、どうしたら、何をしたら、向き合える? 逃げている問題は、何?

 いつからか、まるで泥水に飲まれたような私の世界は、もうどうやっても、清らかには戻らない。

 成長するって、泥水の中でも、藻掻き苦しみながら、パクパク口を開けて呼吸して、笑って生きることなのか。

 不確かばかりの中で、誤魔化しながら、それでも確かな何かを求めて。

(羅伊太はまだ、きっと綺麗な世界にいる。綺麗な水の中で泳いでいる。安蘭と一緒に? お兄ちゃんを裏切った、汚れた安蘭と?)

 疑う意味すら知らず、清らかな水の中で泳いでいられるのは、ほんの一時いっときでしかない。羅伊太だって、じきに泥水に飲まれて行く。

「羅伊太に会いたいのよ! 私はまず、羅伊太に会いに行かなくっちゃ!」

 つまりそれは、安蘭に会うを指す。

 胸が高鳴る。

「もしかしたら、あいつ、安蘭こそが、悪者かもしれない。もしも悪者なら、穢れなき羅伊太を、預けていていいはずない!」

 心が痛む。

 出鱈目だ。ハチャメチャだ。稚拙だ。

 解ってるって! 

 出鱈目な言葉で鼓舞するのは、高鳴る胸の理由が、全然違うところにあるからだってのは。

 認めたくないだけだ。

 いつかのキスが、また、私の心を占める。

「あいつー! キスの相手なんか、誰でもいいんだわ! そうよ! あいつこそ、敵! お兄ちゃんが親友だなんて言うから、いい人だって思ったのが、間違いよ!」

 一人なのをいいことに、声を大にして叫ぶ。

 でも、安蘭を否定すればするほど、胸の高鳴りが別の理由だと気付く。

「羅伊太に会いたいの! だからよ! 仕方ないじゃない。安蘭といるってんだから!」

 スマートホンを取り出す。

 一度も掛けたためしのない番号を、画面に広げてみる。指先が小刻みに震えている。

(怖くなったら、切っちゃえ」

 逃げる体制を整える。電話は、逃げ易くっていい。

 愚かな自分に、ぷっと吹き出す。

 番号に触れた。

 触れた指先が、熱くてじんじんする。

(出なければいい……)

 そういう時は、相手はすぐに出るものだ。

「もしもし、もしもし。あれ? もしもしってば。私、砂羽です。安蘭? あっ、和賀井安蘭さんの電話でしょうか? あれ? 安蘭だよね? 今、家にいる? 今から行く。あっ、行ってもいい? 羅伊太、一緒にいるんでしょ? いる? 色々あって、もう私、訳が解んなくて、気が狂いそう。羅伊太に会いたいんだよ。いきなり消えちゃってさ。どうなってるの。ねえ、なんか言ってよ! なんでだんまり? だからさ、今から行く!」

 一度喋るのを止めたら、とたんに言葉が見付からなくなりそうで、一気に喋った。

 いいんだよ、私! よくやった! 

 カッコばっかり付けてたら、先に進めない。みっともなくても、いいんだよ。

「砂羽ちゃん? いやあ、久しぶり~。あのさ、ひっきりなしに喋ってたら、な~んにも答えられないっしょ! 鼻息荒いんだよ。俺、電話の向こうの砂羽ちゃんの鼻息に、蹌踉よろめいたぞ。なかなか新しい砂羽ちゃんだった。猪突猛進。猪から電話?」

巫山戯ふざけないでよ! 猪じゃないよ! 私、砂羽だって!」

「解ってるって。面白えー! マジで猪じゃないって、否定する奴に初めて遭った。ちょうど暇してんだ。いいよ。遊びにおいでよ。砂羽は、今、家? どうせ一人で来れねえだろ? どっかまで迎えに行くよ」

 安蘭の家の最寄りの駅で待ち合わせをして電話を切る。

 顔から離したスマートホンは、私の顔の熱気で、一面曇って、湿気を帯びていた。

(猪じゃないってば)

 電話が終わってほっとしたら、猛烈に荒い鼻息が吐き出されて、驚いた。

 荒い鼻息の後は、少し、顔の温度が下がったみたいだ。

 化粧など、したことはなかった。なのに、私はまっさきに、新品の化粧道具を手に、鏡の前に座っていた。大学が始まる前にと、一通り揃えた物だった。

 驚いた。

「羅伊太に会いに行くんだって!」

 だめだ!

 一人きりの部屋で、どんなに叫んだって、自分は誤魔化せない。

 色々、顔に、塗ってみる。

 痩せた顔に、べったり載ったファンデーションも、アイシャドーもアイラインも、何もかもが浮いている。

 階段を駆け下りる。

 洗面台で、化粧を全部落とす。

 階段を駆け上がる。

 なーにやってんだ!

 だって……安蘭に笑われるのは、嫌なんだ。

 薄くグロスを引くだけにする。

 転げるように、家を出る。

 安蘭は千葉に住む。約束の駅に到着し、改札を出る。

「おーい、砂羽ちゃーん」

 安蘭だ。

 長い腕をしならせ、優雅に手を振る。

 安蘭の腕の中に抱かれるのは、羅伊太に違いない。

 安蘭の広げた掌ほども寸のない腕を、精一杯私のほうへ伸ばしている。彼の作れる最大のパーで、私に向かって手を振る。

 丸い顔。ぱっちりした目。飾りのような、小さな上向きの鼻。柔らかそうな髪は短く切られる。眉の辺りで切り揃えられた前髪は、広いおでこに、汗でぺったり張り付いている。

「さーわーちゃーん。おーい、さーわーちゃーん」

 安蘭の真似をしているのだろう。私の名を叫ぶのは、羅伊太に違いない。

 愛らしい!

 でも、お兄ちゃんの子ではない……

 血の繋がりとは、どんなものかなんて、よく解らない。父や兄との血縁を、意識したことなどないもの。

 でも、ようやく会えた羅伊太を前に、父親が兄でない真実は、胸を抉る。

 不器用に手を振る可愛らしい仕草に、私も大きく手を振る。

「羅伊太ー‼ 安蘭ー‼」

 安蘭は、古びた一軒家に住んでいた。玄関は、木の枠に曇りガラスの嵌め込まれた引き戸で、建付けが悪く、開ける時には少し持ち上げるのだそうだ。

 戸を、ガタピシ言わせて入った先には、広い三和土たたきがある。 

 私の家も古いので、何処か似た造りに、温かい気分になる。

「砂羽ちゃん。遊ぼー、遊ぼー。入って、入って」

 二歳児は目まぐるしい。

 家に着いて、羅伊太は自分で靴を脱ぐ。きちんと靴を揃える。上がり框を自力で上がる。バタバタ走って、一人先に、奥へと消えた。

 廊下を抜けると居間だ。

 居間の左手に位置する和室の奥に、ひっそりと置かれた物に、目が奪われる。

(お仏壇だ……亡くなったかたの、魂の家)

 ほど良い濃さの日本茶の風味と、仏壇屋のお爺さんの話を思い出す。

 引寄せられるように、仏壇の前に足は向く。

「これ……」

 前に座る。羅伊太が私の横に立ち、私を見る。りんを手にした。

「はい、チーン」

 羅伊太は、鈴を鳴らすと、折り畳むには短い二本の足を上手に折り曲げ、正座する。紅葉饅頭みたいなぷっくらした手を合わせる。目を瞑る。鱗太の瞼は、ひくひく震える。目が開いてしまいそうになると、ぎゅうっと目頭に力を入れる。

 面白い! 二歳児には、目を瞑るのが難しいんだ。

 仏壇には、二枚の写真が飾られていた。

 一枚の写真は、まだ新しい。年配の男性だ。

 もう一枚は、古い時代を感じさせる服装の、三十代に見える女性の写真だ。写真もずいぶん古そうだ。

「ああ、それね。俺の親父とお袋」

 後ろからやって来た安蘭は、立ったままに鈴を鳴らす。

「親父、お袋。例のが来たよ。話したでしょう? 砂羽ちゃん。鱗太の妹」 

 まるでそこに、お父さんもお母さんもいるみたいだ。

 いるのかも……しれない。

「急に電話もらって、驚いたよ。噛みつきそうな勢いで電話して来てさ」

「だって!」

「羅伊太、大きくなったでしょう?」

「うん、びっくり。成長するんだねえ」

「可愛いでしょう?」

「可愛いー! なんか、面白い! 安蘭をとっちめてやろうと思って来たんだけど! 会うと、悪人には見えないね」

 あれ?

 しまった。気を抜いた。

「何それ? 悪人には見えないって? 俺、砂羽の中で、悪人になってたの?」

「あっ、えっと。あのだね。私の思考回路は単純なもんで、誰かを悪人にでもしないと、ショートしちゃうんだって!」

「砂羽って……馬鹿かもって思ってはいたんだ。本当に馬鹿だったのか。世の中、この人は悪人、この人は善人って、そんな簡単な話じゃないだろ」

「ちょっと、失礼じゃない? お父さんだってお兄ちゃんだって、私に面と向かって馬鹿だなんて言わないのに!」

「あらー、お宅はみーんなお優しいのね~!」

「だって、安蘭と愛羅がお兄ちゃんを……」

 先を飲み込んだ。誰も悪者じゃないのかもしれない。まだ、何も解らない。

 何から聞いたらいいのか。

 何を訴えればいいのか。

 噂だけに振り回されたくない。

 何も聞かない内から、怖くて耳を塞いでいたのは、私だったかもしれない。嫌な話は、耳に入れたくない。ただ、それだけの理由で。誰だって、嫌な話は、嫌なのに。

 安蘭を知りたければ、自分の口で、自分の言葉で、安蘭に聞く。

 聞かなければ。

 心の中は、行き先も解らないまま、迷走する。

 

 まいごの まいごの 子猫ちゃん

   あなたの おうちは どこですか


 まるで、私の心を読んだみたいだ。

 羅伊太が、私の周りをちょこまか歩きながら、澄んだ高い声で歌い始めた。


 おうちーを 聞いても

   わからない

 なまえーを 聞いても

   わからない 


 わからないの歌詞に、羅伊太は首をぶんぶん振る。

 捥げないか?

「ねえ、お兄ちゃんとは、どういう友達なの? 千葉に住んでいたなら、近所じゃないし、学校も同じじゃないはずでしょ!」

 なんだか、嫌な聞きかただ。疑ってる感、半端ない。


 にゃんにゃん にゃにゃーん

   にゃんにゃん にゃにゃーん

 なーいてばかりいる 子猫ちゃん


 もう、泣いてばかりじゃいられない。私は子猫ちゃんじゃない。

「ああ? 砂羽ちゃん、本当に覚えてないんだなあ。ちょっと、ショックよ。ううん、そうとうショック」

 安蘭の眉が下がる。

 私は背中を丸め、口を窄める。

「ごめん。私きっと、鈍臭いんだよ。疎いんだよ。幼かったし。仕方ないじゃん」

 仕方ないで、済ませんなよ! 

 自分が嫌いになりそうだ。


 い、ぬ、のー おまわりさん

   こまって しまって 

 わん わん わわーん

   わん わん わわーん


 困るわ、マジ!

 安蘭が、羅伊太を引寄せ、膝に乗せる。羅伊太の頭を撫でながら、私を見ずに呟く。

「まあねえ、小さかったもんなあ、砂羽。鱗太は、幼い頃からの友達。砂羽ちゃんが生まれる前から。家が近くて、気が合って。しょっちゅう、犬みたいに転げ回ってじゃれてた。小学校は一緒だよ。砂羽は、俺等が小学校に入る年に生まれたんじゃね?7つ年下だから。歩けるようになってからは、近くにいつも、砂羽もいたんだよ」

「ふうん……その頃は、東京に住んでたの?」

「なんで覚えてないかねえ。砂羽の世界は、優しいお父さんとお兄ちゃんだけだったんだねえ。親父の会社の社宅が、鱗太の家の近くにあって、そこに住んでた。お互いの家も、よく行き来した。この家は、何年前かな? 親父が、中古のめちゃめちゃ安い一軒家、買ったんだよ。都会の喧騒から逃げ出したかったららしい」

 安蘭が、美しい瞳で、私を見た。

 私は目を逸らし、仏壇を見る。

「お父さんやお母さんは、いつ、亡くなったの?」

「親父が死んだのは、わりと最近……って言っても、二年になるのか。親父が死んだちょうどその頃、羅伊太が生まれた。俺さあ、けっこう両親が歳いってからの子供なのよ。なかなか子供ができなかったらしい。お袋は俺を、命がけで産んで、死んだってさ」

 私みたいじゃん。

「病気だったの?」

「……うん…そうね」


 おんまは みんなー 

   ぱっぱか はしるー 

 ぱっぱか はしるー

   ぱっぱか はしるー


 おんまは みんなー

   ぱっぱか はしるー


 どうーしーてー はーしるー


 少しばかり調子はずれの羅伊太の歌声が響く。

「上手ー! 天才ー! パチパチパチ」

 安蘭はすっかり、素敵なお父さんだ。

「ねえ、二歳でこんなに歌えるものなの?」

「どうだかね。男の子は、言葉の遅いのも多いらしい。羅伊太はお喋りだね。四六時中、ぴーちくぱーちく、小鳥みたい。喋って歌う。泣いて笑う。賑やかよ」

 嬉しそうな安蘭の笑顔が眩しい。

 くらっくらするじゃあねえか!

 深刻な話は、いい塩梅に羅伊太に邪魔される。

「安蘭もお父さんに育てられたんだ」

「……まあ、そうね。だから羅伊太と、馬が合ったかね」

「そして今、羅伊太も父子家庭か……」

「そこ、笑えねえー」

「お母さん、なんの病気だったの?」

「エイズ」

「へ?」


 ぱっぱか ぱっぱか 

   ぱっぱか ぱっぱか


 羅伊太が、馬のつもりになって、調子外れの掛け声に、部屋中を走り回る。

「いいぞー、羅伊太。お馬さんか? かっこいいなあ!」


 どうーしーて なーのかー

   だーれも しーらなーい

 だけど

 おんまは みんなー

   ぱっぱか 走るー

 おもしろーいなー


 ぱっぱか ぱっぱか


 エイズ? 今、そう言った? 

 ぱっぱか ぱっぱか ぱぱっか ぱぱっか

 頭の中で、安蘭の話と、羅伊太の歌声と掛け声が交錯する。

 安蘭はさらりと言って退けた。でも、耳に残る病気の名前だった。

「エイズ? 今って、エイズなんて言わないでしょ? ええっと……」

「そうかもね。だけど、俺はいいの。エイズでいいの。あのな、俺を育ててくれた父ちゃん。その写真の親父ね、実の父ちゃんじゃないんだ」

「へ?」


 ぱぱっか ぱぱっか


「親父とお袋、とっても仲のいい夫婦だったんだ。俺は見てはいない。お袋、俺産んですぐに死んじゃったからね。でも、親父の話を聞けば、信じられる。子供ができなくて、でも、どうしても子供が欲しくって、長いこと不妊治療してたんだって。あまりに大変で、できなくても、二人で仲良くやってこうって、諦めかけていたらしい」

「うん」

「そんなある日、お袋が、雨の中、買い物に出たままなかなか帰って来なくって。親父は、あまりに遅いから、心配になって警察に連絡しようとした。そこに、お袋が帰って来た。雨に濡れていただけじゃなく、なんかドロドロになって、服は破けて、あちこちに擦り傷作って・・・」

 安蘭は、私を見ない。

「どうしたって親父が聞いたら、乱暴されたって。やられたって。お袋、親父を信じて、言い難いことを正直に話したらしい。親父はブチ切れて、お袋にひどいことした奴、ぶっ殺すとか騒いだらしいけど……」

「警察には、届けたの?」

「一応ね。でも、性犯罪事件って、被害者への事情徴収もきついんだって。細かく聞かれて。お袋が辛くなったのか、親父がお袋を可哀想に思ったのか……結局犯人は、捕まってもいないみたいよ。でもまあ、お袋が、事故にでも遭ったって思って、少しずつ忘れるって話したみたい。親父も、それまで以上に、お袋を大事にしようって決めたらしい。二人で傷を背負って、支え合って生きて行こうって、前向きになったみたい」

「ふうん。本当に、仲良さそうなの、解るね」

「話がそこで済めば、まだ良かった。俺はやっぱり……そう思うよ」

 話の先が怖ろしい。逃げ出したい。

「もう……いいよ、その話」

 消え入る声を発する。

「ねえ、砂羽ちゃんも鳴いて! おんまさんみたいに!」

 今の私には、お馬さんと言うより、悲鳴だ。

「ひひーん! ひひーん、ひひーん」

 思い切り泣く!

「うふふ。砂羽ちゃんも、おんまさん。わーい、わーい。砂羽ちゃん、おんまさん」

 泣きたい!


 どうーしーて なーのかー

   だーれも しーらなーい

 だけど

 おんまーは みんなー

   ぱっぱか 走るー


「親父との間には、できなかった子なのにさ、事件の後に、お袋は妊娠に気付いた。どうして! お袋は、泣きたかっただろうねえ」

 ひひーん。ひひーん。

 マジ、泣きたい。

「ねえ、おとーさん。おんまになってよ」

「おお、いいよ。ほれ」

 安蘭が四つん這いになって、背中を羅伊太に向ける。羅伊太は、安蘭の背中によじ登る。

「落ちないように、しっかり摑まってろよ」

「安蘭、もう話はいいから。たっぷりお馬さんやっててちょうだい!」

 私は、精一杯、元気な声を出す。

(いいんだ、いいんだ。私は子供でもいい。知らなくてもいいことは、知らなくていい)

 ひひーん!

 安蘭が、大きく鳴いた。泣いた? 

 どっち?

 ぱっぱか ぱっぱか ぱっぱか

 馬の安蘭は、床を這いながら、話を続ける。

「お袋が、親父に内緒で堕ろそうとするのも、無理はないわな。でも、俺の親父の、お袋への深い愛には驚くねえ。気付いたんだねえ、お袋が何かに苦しんでいるのに。で、お袋の妊娠を知った。『産んでくれ!』 親父は、なんの迷いもなかったそうだ。欲しかった子供だろう? 俺の子供だよ。ってな具合かねえ。産まなくっても良かったのにさ、俺のこと」


 おんまーは みんなー 

   ぱっぱか 走るー


「俺の親父は、レイプ犯ってわけ」


 おもしろーいな

「面白くない! ひひーん」

 しまった。うっかり歌詞を、否定した。

 仕方なく、馬みたいに鳴いて、取り繕う。

「いやん、いやん、お父さん、落ちちゃうー! キャハハハハ」

「ひひーん、暴れ馬だぞー」

                              つづく


 

 


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