第6話 お茶会計画
「なるほど、そうくるのですか」
春鈴の部屋に様子を見に来た泰然だったが、気づけばそこで春鈴の夢の話に耳を傾けていた。
春鈴の話によると、数日後に茶会が開かれるらしい。
新しく後宮に入った春鈴のために歓迎会をしてくれるとのことだが、当然そんなわけがない。
それはただの表向きの口実。
その茶会で春鈴は毒を飲まされて、腹痛と吐き気に襲われるらしい。
分かりやすい新人いびり。良く思われていない充媛を相手にするにしても、少しやり過ぎのような気もするが、この後宮では起ってもおかしくないことだった。
「ひどい目に遭いました。」
軽くお腹をさすりながら話す春鈴は、まるで本当にその毒の被害を受けたかのようだった。
そんな春鈴を見ながら、泰然は顎に手を当てて春鈴の能力について深く考えていた。
……今までの充媛の誰よりも、未来に起こり得ることを詳細に予知している。
今までの充媛の予知はもっとざっくりとしていて、自分に襲い掛かる危険を回避することができなかった。
それが、今回の充媛はどうだろうか。
後宮に入って初日だというのに、まだ見たこともない嬪たちの容姿までも言い当てて、自分に起こり得る危険性を完全に予知している。
まさか、眠り姫と呼ばれる少女の能力がここまでだったとは。
本来なら手を貸さずに自分の力で何とかしてもらおうとも思っていたが、ここまで未来のことが分かる娘に何かをされて手放すことになってはもったいない。
そこまで考えた泰然は、小さな笑みと共に言葉を続けた。
「春鈴様、私で良ければ手を貸しますよ。お一人で九嬪二人を相手にするのは骨が折れるでしょう」
「え? 手伝ってくださるのですか?」
春鈴は夢の中で何度か毒から逃れようと奮闘していた。
その結果、毒がどこに仕込まれているのかは分かったのだが、それを指摘されて逆上してくる嬪を押さえ込む術がなく頭を悩ませていた。
そもそも、一人で敵陣に乗り込むという前提条件が不利すぎたのだ。
そこに協力者が一人入るだけで状況は大きく変わる。
そう思った春鈴が少しだけ前のめりになると、その反応を待っていたとでもいうかのように、泰然は口の前で人差し指をピンと立てて言葉を続けた。
「一つの条件付きですが、それでも良ければ」
「条件、ですか?」
泰然に何かを企むような泰然の笑みを向けられて、春鈴は思わず身構えていた。
寝起きの嬪に身構えられてしまった。これは、あらぬ誤解を招いているのではないかと思った泰然は、誤解を解くように春鈴に手のひらを向けて横に振った。
「この機会に可能な限り後宮の膿を出し来たいのです。その協力をしていただけるのなら、そのお茶会で私が助け船を出しましょう」
「膿を出しきる、ですか?」
これまでに新人いびりが毎回行われていることを知らない春鈴は、泰然の言葉を前に小首を傾げていた。
ましてや、この後宮における充媛の偏見も知らなければ、ただ自分が偶然標的になったと思うかもしれない。
そう思った泰然は少し考えた後、お互いのためにもこの後宮における充媛の称号について話してしまった方が得策だろうと考えた。
泰然は自然と漏れ出てしまった笑みをそのままに口を開いた。
「充媛という称号は、この後宮ではあまり良いと思われない存在です。なので、ただ今回の事件だけを逃げても、すぐに別の方法で嫌がらせを受けるでしょう」
「あの、それ初耳なんですけど」
「ええ。伝えていませんからね」
さらりと衝撃の事実を伝えられた春鈴は、泰然に細めた目を向けていた。
春鈴は話の流れから泰然が何を言おうとしているのか察してしまったのだった。
そんな春鈴からの視線を受け取りながら、泰然は言葉を続けた。
「ただここで充媛を良く思わない嬪を捕まえて、他の嬪たちにも牽制しておけば話は変わってきますね。そのためには、協力者が必要かと思いますが」
「……つまり、私に拒否権はないということですね」
ここで泰然の話に乗らなかったら、いつか他の嬪に自分が潰される。
だから、自分の言う通りにしてもらおう。
春鈴は泰然にそんなふうに言われている気がした。
春鈴は諦めるようにため息を吐くと、細めた目をそのままに言葉を続けた。
「分かりました。それで、そちらの条件というのはなんですか?」
春鈴の言葉を受けて満足そうに笑みを深めた泰然は、その表情を少しだけ含みのあるものに変えてから口を開いた。
「あなたには『後宮の眠り姫』になっていただきます」
「はい?」
春鈴は泰然から提示された条件を前に、間の抜けた声を漏らしていた。
一体どういうことなのか。説明を求める春鈴の視線を受けて、泰然は計画の内容を春鈴に伝えた。
そして、数日後に春鈴が夢の中で見た茶会が開かれることになったのだった。
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