大正オカルト異聞

黒崎リク

第1話 幽霊学生(1)



 見上げれば、『彼』がいた。


 青白い顔が、暗闇に浮かんでいる。女と見紛うような美しい顔をした彼は、虚ろな黒い目で僕を見下ろしていた。


 ――ぽたり。ぽたり。


 落ちてくる滴が、僕の冷たい頬を濡らす。

 長い睫毛に縁どられた瞳が瞬き、溢れた涙が落ちてくる。

 気付けば、彼の学生服のボタンは外れていた。いつもきっちりと首元までボタンを閉めているのに、おかしなことだ。

 晒された白いシャツの腹の所に、ぽつんと、赤いインクが落ちたように染みが浮かぶ。それは徐々に広がっていって、まるで大きな赤い花が咲いたように見えた。


 ――ぽたり。ぽたり。


 落ちてきた赤黒い球が一瞬の熱を伝え、飛沫しぶきとなって鉄錆の臭いを散らした。

 インクではない。血糊でもない。

 これは、本物の血の匂い。


 ――ぽたり。ぽたり。


 腹から溢れた血が、雨粒のように僕へ降ってくる。


 ……そうだ。


 腹を刺されたのだ。


 冷たいナイフは皮膚を裂き、肉を貫き、ついには臓腑へとたどり着いた。一瞬熱くなり、弾けるように痛みが全身に広がっていった。

 身体から何かが溢れて、零れ落ちていく。

 腹を押さえた手はぬるま湯に触れたように温かく、真っ赤に染まった。血が次々に溢れてきて、止まらなかった。

 次第に熱は失われて、真っ赤な指が冷たくなっていく。

 空っぽになった血管や臓腑の中に、氷水を流し込まれたかのように、全てが冷たくなっていった。


 ――ぽたり。ぽたり。


 見下ろせば、『僕』がいる。


 落ちてくる涙が、青白い頬を濡らす。

 黒く濁った硝子玉の目に映るのは、『彼』の顔。

 『僕』と『彼』は、鏡に映したように、そっくりの顔をしていた。


 ――ああ、そうか。


 僕は気づく。

 これは、『僕』だ。

 僕は、死んだのだ。

 『僕』の顔を見下ろしながら、『彼』は冷えた心でそう思った。


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