第3話 絡み合うのは、リードか、赤い糸か

僕の本の一瞬の油断だった。

「ルナ!」

勢い余ったルナは、正面から来る盲導犬に飛びついた。ルナにとっては、同じ犬種で、若い雄だったから、いつもの延長線のお遊びだったんだろう。飛びつくなり、お腹を出すなり、自分のお尻を鼻先に擦り付けたりした。

「す・・すみません」

相手は、盲導犬ユーザーだ。仕事を邪魔されても、さすが、優秀な盲導犬だけあって、同時なかったが、行く手を遮ってしまったので、僕は、平謝りだった。白杖の女性は、ショートヘアの良く似合う、細身の女性だった。開いた目が、何も映し出さないなんて、思えないほど、透き通って、綺麗な金茶の瞳をしていた。太陽の光を感じる事はないのか、開いた両瞳に、光が反射して綺麗だった。

「ルナ。ごめんなさいは?」

僕が、リードを引くと、ルナは、首を垂れて、すごすごと戻ってきた。

「あの・・・」

一瞬、僕の声に不思議そうな表情をしたが、すぐ、真顔に戻って

「気にしないで、ください」

女性は、そう言いながら、盲導犬の頭を撫でた。

「珍しいゴールデンですね。毛足が短い?」

ルナもゴールデンだが、毛足が長く、散歩の後のブラッシングが大変だ。

「あぁ・・・アポロンね。この仔は、ラブラドールとのミックスなんです。ゴールデンは、テンションが高すぎて」

そこまで言うと、彼女はあっと言う顔をして、手で、口を押さえた。

「ハハ・・・いいんです。ルナのおバカ加減は、いつもの事で」

僕は、焦った。やっぱり、ゴールデンの賢さとおバカさは、紙一重で、盲導犬には、向かない仔も多いのだろう。だけど、僕は、やはり、ゴールデンが好きなので

「普段は、いい仔ですよ」

そう言うと、彼女は、柔らかく笑った。

「アポロンって、言うんですね」

僕が、話すと彼女は、耳を傾け、優しく微笑む。不思議な人だと思った。まるで、僕の声を聞き入るような素振りに、彼女の事をよく知りたくなった。

「あぁ・・いけない。今日は、大事な商談があったの。」

彼女は、慌ててアポロンに掛け声をかける。

「商談?仕事してるんですか?」

僕は、初対面の彼女に、つい、食いついていた。

「えぇ・・」

彼女は、曖昧な返事をし、僕の足元で、うずくまるルナと、もう少し、話をしたい僕を置いて、歩き出すのだった。仕事をしているという事は、毎朝、この道を通るのだろうか。僕は、ルナと何度か、この道を往復してみたが、その後、彼女と会う事はなかった。

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