第110話 成長の兆し03

慎重に牛の魔物との距離を詰めていく。

しかし、さすがは草食動物といったところだろうか。

こちらの間合いに入る寸前で気付かれてしまった。

「行くよ!」

と声を掛けてアイカが突っ込んでいく。

それと同時に相手もこちらに突っ込んできた。

凶悪な角を突き出して、一番大きな個体が突進してくる。

そろそろぶつかるかという刹那。

アイカ一瞬踏ん張ると、真正面からその巨体を受け止めた。


ガツンというよりもドスンという音が響く。

アイカは下がるどころか、少し前進して、いなすというよりも突き落すというような感じで牛の魔物の巨体をねじ伏せてみせた。

ベルがアイカの脇から剣を出し、首筋にトドメを刺す。

アイカはその様子を見ることなく、次に向かっていった。

私もアイカに続く。

私の横をユナの矢が通り抜けていった。

前方で、

「ブモォォ!」

という声が上がるのと同時にアイカがまた牛の魔物の突進を受け止めて見せる。

私は、そんなアイカの横をすり抜け、昏倒している牛の魔物にトドメを刺した。


「ふぅ…。今日はすき焼きかな?」

というアイカに、

「生卵は無いけど平気?」

と笑顔で聞き返す。

「あー…。それはしょうがないね」

と言って笑うアイカにベルとユナが近づいてきて、

「まったく、もう…」

とやや呆れたような苦笑いを浮かべた。

「さて、食べる前に解体しないとね」

というユナの言葉でみんなが解体の作業に取り掛かる。

肉は一番大きな個体の肩辺りからたっぷりと剥ぎ取った。


「この先が無ければもっと取るんだけどなぁ…」

というアイカに、珍しくベルが、

「ええ。残念ね」

と返す。

私はベルの意外な食いしん坊発言に驚きつつ、

「あら。ベルってそんなに牛肉好きだったっけ?」

と聞いた。

すると、ベルは真面目な顔で、

「牛タンが好きなの。あれと白いご飯は最強だわ」

と答える。

私はその至極真面目な顔がおかしくて、

「私はタンシチュー派かな?」

と、ややおどけて答えて見せた。


「うふふ。そこは好みが分かれるところよね」

と、ユナが私たちの会話に入ってきて、アイカが、

「それを言うなら私はハラミかな。たっぷりのタレでご飯をかき込むの。…あぁ、焼き肉も食べたくなってきちゃったよ」

と言って大袈裟にお腹を押さえて見せる。

私は、それがおかしくて、

「あはは。じゃぁ、今度王都に行ったらみんなで焼肉でも食べましょう」

と言って大きな声で笑いながらそのうちみんなで焼肉に行こうと提案してみた。


「お。いいね、それ!」

とアイカが一番に反応する。

次に、ユナが、

「それなら私テールスープもつけたいわ」

と言ってその焼肉談議に参戦してきた。

先程まで戦場だった場所に明るい声とアイカのお腹が鳴く音が響き渡る。

私たちはそんな和やかな空気の中、さっさと取れる分だけの肉と魔石を取り、私の浄化を待って、さっそくその場を後にした。


行動食をつまんでしばらく歩き、夕方。

日が暮れ始めたのを見て野営の準備に取り掛かる。

その日はアイカの要望通り、すき焼きにしたかったが、砂糖があまりない。

そこで、みそ仕立ての牛鍋に献立を変更した。

「ごめんね」

という私に、アイカが、

「大丈夫。お肉は正義だから!」

という謎の言葉を返してきて、楽しい夕食が始まる。

魔物がいる森の中である程度の緊張感を保ちつつも、和やかな空気の中で食事は進んでいった。


「ふぅ…。ちょっと食べすぎちゃったかな?」

というアイカに苦笑いで食後のお茶を差し出し、今日、戦ってみた感想を軽く聞いてみる。

「今日の戦い。手応え的にはどうだったの?」

「うん。なかなかだったよ。…まぁ、ガンツのおっさんっていう目標にはまだまだだけど、なんていうか、一歩近づけたって実感はあるかな?」

「そっか…。なんかすごいな」

「え?そうかな。私から見たら、みんなの方が確実に進んでるって感じがしてるけど?」

「…ベルやユナはともかく私はまだまだね。なんていうか、もう一歩って感じなんだけど」

「そっかぁ…。ジルは真面目だね」

「そう?」

「うん。真面目だよ。ねぇ。ユナもそう思うよね?」

「うふふ。そうね。ジルは真面目ね。あと、ベルも」

「え?私も?」

「ええ。真面目過ぎるくらい真面目だわ」

「そうかなぁ…」

「あはは。もう少し気楽でもいいのにね」

「うふふ。そうね。でも悪いことじゃないわ」

「ええ。ベルの真面目さは私も見習いたいとおもっているもの」

「…もう」

と、最後はベルが照れて、

「さて、明日に備えて休みましょう」

と照れ隠しのようなひと言を言うと、私たちは一応そこで楽しいおしゃべりに一区切りつけた。


翌朝。

また淀みの中心を目指して進む。

昼前。

進むにつれて、段々と空気が重たくなってきた。

そろそろ淀みの中心が近い。

みんなそのことを意識して、慎重に、周囲の痕跡に注意しながら歩を進めた。


昼の小休止を挟み、いつものように魔素の流れを読む。

もうずいぶんと中心が近い。

そう感じた。

みんなにもそのことを伝える。

地図を見ると、この先は湿地帯。

戦いには向いてない。

そう思って私は、みんなに、

「もし、淀みの中心が湿地だった場合は私が一気に浄化して弱体化させるわ。どんな魔物が出て来て、どの程度の効果があるかわからないけど、湿地帯だったらユナの魔法が使える。まずはその一撃を試してから、残りを各個撃破していく。そんな感じでどうかしら?」

と提案してみた。

「そうね。そろそろ私も活躍しないといけないと思っていたし、ちょうどいいわ」

とユナがいつものように柔らかい笑みを浮かべながら答える。

私はそのユナの言葉にうなずいて、

「アイカとベルは漏れてきたのがいたらその対応に回って」

と言ってアイカとベルに指示を出した。


2人もうなずきさっそく行動を開始する。

しばらくすると、周辺の空気は一気に重たくなり、魔物の存在が近いことを示し始めた。

さらに気を引き締めて進んで行く。

すると、突然森が切れ、湿地帯が現れた。

ほんの少し高い所から何となく全体を見渡す。

すると、あちこちに大きな黒い塊が見えた。

「カエル…」

と、アイカがいかにも「うげぇ」というような顔でつぶやく。

ベルも眉を顰め、

「あれはいただけないわね」

と本当に嫌そうにつぶやいた。

カエルの魔物はやっかいらしい。

おそらく、この中の誰も実際に相手をしたことはないだろう。

だが、情報だけは知っている。

というのもカエルの魔物が出たら必ずギルドで討伐隊の依頼が出されるが、とにかく人気がない。

過酷な上に安い。

そんな印象の魔物だった。


カエルの魔物の特徴として挙げられるのはまず、その数の多さだという。

100匹を超えることも珍しくはないそうだ。

単体ではたいしたことない相手らしいが、そのくせ好戦的で集団で襲ってくるとのこと。

一度囲まれてしまえば厄介だ。

そんな相手を見て、私は、

「どうする?」

とユナに聞いてみた。

私の質問にユナは顎に手を当てて少し考える。

そして、私たちの方へ視線を向けると、

「まずはなんとかおびき寄せたい所だけど…。アイカ、ベル。お願いできる?もちろん弓で援護するわ。そのあと、ジルは浄化をお願い。あとは私が一気に燃やすわ」

と指示を出してきた。

私たち3人はそれぞれうなずき、ユナに了解の意思を伝える。

それにユナもうなずいて、

「お願いね」

と言うと、私たちはさっそく行動を開始した。


まずはアイカとベルが悪い足場に苦労しながら前進していく。

そして、ある程度進むとユナが手近なカエルに向かって矢を放った。

「グゲッ!」

と汚い声でカエルが悲鳴を上げる。

するとその声に釣られて、カエルが一斉にアイカとベルを目指して群がってきた。

アイカとベルが一目散に逃げる。

ユナはそのカエルに向かって次々と矢を放ちながら二人の退路を作った。

(もうちょっと…)

私は逃げる2人の様子を見ながら、じりじりとした気持ちで待つ。

そして、そろそろと思った時、

「ジル!」

とユナから声がかかった。


私は薙刀を地面に突き刺し、一気に魔力を流す。

(落ち着いて。浄化の魔導石を扱う時みたいに、流れるように…)

と意識しながらも素早く聖魔法を展開し、淀みの隅々まで行き渡らせた。

ややあって、

「お待たせ!」

という声とともに、アイカとベルがこちらに駆けこんでくる。

その時を待っていたかのように、私の後で魔力の気配が一気に膨らんだ。

(え。なにこれ…)

と驚く間もなく一気に目の前が明るくなる。

その瞬間私の前に人影が飛び込んできた。

(アイカ…)

と思った瞬間私の横を強烈な風が吹きぬけていく。

私はそれを、

(ああ、爆風か…)

と思いながら、ぼんやりと見過ごした。


ややあって、風が収まる。

私の後から、

「ふぅ…」

とユナが息を吐く音が聞こえて、前方を見ると、そこにはものの見事にえぐられた元湿地があった。

「あはは。魔石、取りっぱぐれちゃったね」

とアイカがややひきつった声で笑っている。

ベルも同じようにひきつったような苦笑いを浮かべていた。

私も、

「あはは…」

と笑う。

そんな私たちの後から、

「ちょっとやり過ぎちゃったかも」

と、いつも通りおっとりとしたユナの声が聞こえてきた。

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