第79話 冬休み02
翌朝。
頬に感じる寒さで目を覚ます。
寝袋から出ると少し身を縮めながらまずは火を熾し、お茶を淹れた。
「ぶるる」
と鳴いて頬ずりをしてくるエリーを撫でてやり朝の挨拶を交わすと、手早く朝食を済ませる。
エリーにも何本かニンジンをあげてご機嫌をとり、さっそく荷物を積み直して、目的の村へと向かった。
次の村で今回の仕事はおおよそ折り返しを迎える。
ただし、油断はできない。
資料で見た感じだと問題は無かったが、私はもし、今回の仕事で異常があるとすればこれから向かうリエリ村ともう一つの村で何かある可能性が一番高いと踏んでいた。
とはいえ、目立った異常があるわけではない。
おそらく何かあったとしても一人で十分に対応できる範囲内だろう。
それはこれまでの経験からなんとなくわかる。
私はそんなことを考えながら、少し気を引き締めて目的のリエリ村を目指した。
昼前、リエリ村に入るとさっそく村長宅を訪ねる。
まず、最近の状況を聞くと、資料にあった通り、野菜の育ちが少し悪いのだそうだ。
とはいえ、不作という事ではない。
やや小さい物が目立つようになった程度のことなので、今のところ村の経済に影響が出るほどのことではないそうだ。
その話を聞き、一応は安心しながら浄化の魔導石が設置してある祠へと案内してもらった。
いつものように仕事に取り掛かる。
慎重に魔力を流し、丹念に探っていくと、やや魔素の流量が少なくなっていた。
調整にも小さなほころびが目立つ。
私はある程度の覚悟を決め、丹念に調整を行っていった。
やがて作業が終わり、
「特段の問題はありませんでした。ただ、ちょっと森の中の様子も見ておきたいので、何日か馬を預かってもらえますか?」
と、いかにも気軽に話しかけて村長に私が冒険に出ている間のエリーの世話を頼む。
快く引き受けてくれた村長に礼を言って、私はさっそくエリーを預けると、森を目指して長閑なあぜ道を進んでいった。
森に入り、まだまだ浅い場所だが、日が暮れ始めたのを見て、野営の準備を整える。
一応、薙刀を突き立てて魔素の流れを読んでみたが、淀みは感じられなかった。
(さすがに、もう少し奥に行かないとわからないわよね…。勝負は明日以降って所かしら)
と思い、夕飯の準備に取り掛かる。
簡単に粉スープでピラフを作り食べていると、ふとみんなのことを思い出した。
(みんな元気に冒険してるかしら。きっとアイカは相変わらず明るくて食いしん坊のままよね。ユナは料理の幅が広がってるかも。ふふっ。ベルの剣の腕は上がってるでしょうね。次に会うのが楽しみだな)
と、なんとなく想像して微笑む。
すると、ただ簡単に作ったはずのピラフがほんの少しだけ美味しくなったように感じた。
翌朝。
日の出とともに行動を開始する。
そして昼頃、やや奥まった所まで来たところで遠くにわずかな淀みの感触を得た。
(よかった。小さい…)
そう思うが、油断せずに進んで行く。
やがて、夕方前。
そろそろ淀みも近いだろうと思って、もう一度魔素の流れを読んでみた。
(けっこう近いわね…。これ以上近づくのは良くない)
そう思ってその日はそこで野営にする。
簡単にパンと粉スープでお腹を満たし、早めに体を休めることにした。
小さな焚火に当たり暖を取る。
時折、どこかで動物の鳴き声が聞こえる森の中で緊張しながらも、明日に備えてじっとその緊張に耐えながら体を休めた。
翌朝。
少しの気だるさを感じつつも、それほど疲れていないことを確かめて出発する。
やがて、淀みの中心特有の空気の重たさを感じ、
(いるとしたら近いはずだけど…)
と辺りの痕跡に注意しながら歩を進めた。
やがて、淀みの中心近くに出たが、痕跡がない。
(もしかして、猫?)
と思いながら辺りの気配を慎重に読んで行く。
そして、ある程度進んだところで、私の後方の藪がガサリと微かな音を立てた。
慌てて振り返ると、藪の中から何かが飛び出して私に突っ込んでくる。
私はそれをギリギリの所でかわして薙刀を中段に構えた。
襲ってきたのはやはり猫。
大きさは1メートルを少し超えるだろうか。
ヤマネコの魔物が私に向かって身を低くし、
「フシャーッ!」
と唸りながらいつでも飛びかかれるような姿勢でこちらを凝視している。
私は、
(早さでは負ける。相手が飛び掛かってきたら確実に打ち落とせばいい…)
と考え、相手が飛び掛かって来るのを待ち構えた。
じりじりとした時間の中、私は、
(ゆっくり、落ち着いて。焦った方が負け…)
そう言い聞かせながら、気を練る。
やがて、ヤマネコの方が焦れたのか、私の周りをゆっくりと歩き出した。
おそらく隙を窺っているのだろう。
私も目をそらさずその動きをゆっくりと追う。
そして、間合いを見計らい、一瞬あえて隙を作った。
ザインさんが私に稽古をつけてくれた時の真似だ。
すると、ヤマネコの魔物はここぞとばかりに飛び掛かって来る。
早い。
しかし、私は落ち着いて、その動きを読み的確に薙刀の柄で打ち据えた。
素早く薙刀を回して突きを放つ。
私の放った突きがヤマネコの魔物の胴を穿ち、勝負はあっけなく着いた。
「ふぅ…」
と息を吐く。
ゆっくりと構えを解くと、まずは魔石を取り出した。
ヤマネコの魔物の魔石は大きさで言えばゴブリンとあまり変わらない。
しかし、色の綺麗な物が多く、一つ大銀貨4枚ほどで買い取ってもらえる。
それでも、単体で出てくる上に仕留めるのにこれだけ緊張を強いられるのだから、冒険者にとっては割に合わない魔物だと言ってもいいだろう。
だが、今の私にとってはいい相手だったのかもしれない。
1対1で戦うという状況では対人戦で鍛え直した型を試すのにうってつけの相手だった。
そんなことを考えつつも、さっさと薙刀を地面に突き立てて浄化を始める。
いつものようにゆっくりと魔力を流し、辺りの魔素の流れを慎重に解きほぐしていくと、先ほどまで重たかった空気が徐々に清々しさを取り戻していくのが感じられた。
浄化が終わり力を抜く。
「さて…」
と独り言を言うと、私はさっそくその場を後にした。
ヤマネコの魔物と戦ってから2日目。
リエリ村に辿り着く。
村長に、奥にヤマネコの魔物がいたことを伝え、討伐したから心配ないと言って魔石を見せた。
その日は泊っていってくれという村長の言葉に甘える。
久しぶりに風呂で冒険の疲れを癒し、心尽くしの膳を堪能させてもらった。
翌朝。
村長に見送られて、次の村へと向かう。
魔物がいたことを喜ぶわけではないが、私にとっては実りある冒険だった。
なにかひとつ進歩できたような実感がある。
私は嬉しさを感じつつも、
(きっとみんなも同じように頑張っているんだろうな)
と想像して、一瞬緩みかけた気を引き締めた。
(そう。私はこれからよ)
という言葉を自分に言い聞かせる。
私は道の一端に辿り着いたばかりだ。
おそらく私の道はまだまだ長い。
そう思って、「烈火」のアインさんや騎士団長のザインさんの顔を思い浮かべた。
目指すべき場所は遠い。
しかし、確実に近づきつつある。
私は自分の未熟を教えてもらい、進むべき道の一端を示してもらえた。
(そう。私はまだまだこれからよ)
と再び自分に言い聞かせる。
そう思うと、自然と気持ちが前に向いた。
エリーの背に揺られながら初冬の空を見上げる。
冬晴れの澄んだ空には雲一つない。
吹き付ける風の冷たささえも今は心地良く感じられた。
(おかしなものね)
と、気分次第でどうにでも変わる自分の感覚を思って苦笑いを浮かべる。
そんな意外と現金な自分のことをおかしく思いながら、私は次の目的地を目指して、先ほどから楽しそうに歩いているエリーに少し速足の合図を出した。
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