第70話 実家へ02

打ち上げは盛り上がり、ひとしきり楽しんだあと、やや店が落ち着いたところで改めて両親が挨拶にやってくる。

「初めまして、いつもうちの子がお世話になっているわね。改めてこの子の母のメリッサよ。よろしくね」

「ああ。そうだな。ありがてぇ。俺は父親のルードだ。これからもジュリエッタのこと頼む」

そう言って、頭を下げる両親に私はついつい照れてしまうが、みんなはそれに構わず、

「こちらこそ、お世話になってます!」

「ええ、ジルにはとっても助けてもらってるんですよ」

「そうね。いつも助かってるわ」

とそれぞれ両親と話し始めた。


初めて会った時のこと、昨日までのこと。

いろんな話を両親に聞かせる。

その話を聞くたびに両親は驚いたり感心したりしていた。

やがて、また店が混み始め、両親は仕事に戻って行く。

みんなはそんな両親を見送り、

「うふふ。いいご実家ね」

「うん。なんだか楽しそう」

「ええ。とても暖かいおうちだわ」

とそれぞれに感想を言ってくれるが、私はなんだか照れてしまって、

「ま、まぁとりあえず飲もうよ!」

と、やや早口に言うと、残りのビールを一気に飲んで、

「母さん、お替り!」

と大声で追加のお酒を注文した。


またみんなでお酒を飲み、子供の頃の思い出話をしてひとしきり盛り上がる。

アイカは本当にやんちゃな子供で、子供の頃から兄たちと取っ組み合いのけんかをすることも日常茶飯事だったとか、ユナは今のややおっとりとして大人びた雰囲気とは違い、活発でよくイタズラをしてはおやつ抜きの刑に処せられていたという話になった。

私とベルはそんな話をほんのちょっと羨ましく思いながらも楽しく聞く。

そして、〆に出された父さん特製のチャーハンを食べ、店内が少しまばらになって来た頃、みんなは宿へと戻って行った。

両親とともに、その後ろ姿を見送る。

そんな店先で父さんが、私の肩に手を置いて、

「良かったな」

と、つぶやくようにひと言つぶやいた。

「うん…」

と私もつぶやくように答える。

そして、母さんの、

「さて、もう一仕事残っているから、ジュリエッタは先に部屋にあがってなさい」

という言葉をきっかけに私はいったん店に戻ると、荷物を持って懐かしの我が家へと上がっていった。


昇る度に少しきしむ階段。

小さなリビングと古びた食卓。

そのどれをも懐かしく思いながら、自室に入る。

途端に懐かしい匂いに包まれた。

小さな机、懐かしい絵物語が詰まった本棚。

古びたぬいぐるみ。

私は布団の無いベッドに腰掛け、目を細めながらそれらの風景を懐かしく眺める。

やがて、満腹の幸せと実家の落ち着く空気から眠気に誘われた。

瞼と頭が段々と重たくなってきて、私はごろりと横になる。

ちゃんと寝る支度もしなくちゃいけないし、布団も出していない。

それでも、眠気に耐えられずそっと目を閉じると、私はあっけなく眠りに落ちてしまった。


ふと目覚めると、ちょうど夜明け頃。

私の体にはいつの間にか布団が掛けられている。

私はその温もりをありがたく思いながら、重たい体を起こして小さな窓からそっと外の様子を眺めた。

まだ暗い庭を見下ろす。

小さな花壇には何かの白い花が咲き、弱い朝日に薄ぼんやりと照らされていた。

そんな光景を見ながら、「ぐーっ」とひとつ伸びをする。

どうやら昨日のお酒は残っていない。

(やっぱり楽しいお酒だと悪酔いしないわね)

と、いつも父さんが言っていた言葉を思い出しながらそっとひとり微笑んだ。


少し身支度を整えてそっと台所に向かう。

懐かしい模様のコップに水を注いでゴクリと飲み干した。

「ふー…」

と、ひとつ息を吐くと、またそっと自分の部屋に戻ってもう一度温かい布団に入り直した。


「…ジュリエッタ」

という母さんの声で目覚める。

これもまた子供の頃のようで懐かしい。

思わず「あと、もうちょっと…」と言いたくなったのを心の中で苦笑いして起き上がった。

「おはよう、母さん」

「おはよう。朝ごはん出来てるわよ」

という懐かしい朝の挨拶を交わして食卓に向かう。

すると、まだ眠そうな父さんがいて、

「おう。おはようジュリエッタ」

と挨拶をしてくれた。

私が、

「おはよう。父さん。昨日はありがとう」

とお礼を言うと、

「何言ってやがんだ、あんなの当たり前だ」

と言って父さんがニコリと笑う。

その豪快なのに、どこか優しさを感じる笑顔を見て、私もニコリと微笑んだ。


「さぁ、朝ごはんにしましょう。今日はジュリエッタが大好きなお父さんのクリームシチューよ」

と言う母さんの言葉に、

「やったね」

と答えてさっそく席に着く。

「うふふ」

と笑いながら私の分のクリームシチューをよそってくれた母さんからお皿を受け取ると、さっそく、

「いただきます」

と言って、クリームシチューを口にした。

いつも特に具材の決まっていないクリームシチュー。

「その日あるものを適当に切って豪快に煮込むだけだ」

と、父さんは言うけど、その味付けはいつも繊細で優しい。

少し大き目な野菜と鶏肉がゴロゴロと入ったクリームシチューの味を懐かしく思いながら、私たちは久しぶりに親子で食卓を囲む。

「何日かゆっくりしていけるんだろう?」

と言う父さんに、

「うーん…。本当は今日にも帰ろうかと思ってたけど、明日までいるよ」

と答えると、父さんも母さんも嬉しそうな、しかし、悲しそうな顔で、

「そうか」

「まぁ…。もう少しゆっくりしていけばいいのに…」

と言った。

久しぶりの親子の会話をして、父さんと母さんは昼の仕込みに、私はみんなを見送りに宿に向かった。


宿に着くと、ちょうどみんなも出てきたところで、ちょうどこれから私に挨拶に行こうかと思っていたという。

そんなみんなと、

「今回も楽しかったわ。次もよろしくね」

と次の約束をして、その姿が見えなくなるまでみんなの背中を見つめた。


みんなの見送りが終わると私はさっそく家に戻り、

「ただいま。手伝うことある?」

と聞いてみた。

「おう。すまんな。じゃぁ、こっちで一緒にジャガイモの皮を剥いてくれ」

という父さんの声を受けて、さっそく厨房に入る。

そして、父さんと並んでジャガイモの皮を剥きながら、少しこれまでのことなんかを話した。


「そっか…。聖女ってのも大変なんだな…」

「うん。最初はいやいやだったけど、最近はやりがいも感じるようになってきたよ」

「そいつは良かったな」

「うん」

「昨日会った子たちも良さそうな子たちじゃねぇか。大事にするんだぞ」

「うん。もちろん。大切な仲間だからね」

そんな話をしながら、一緒にジャガイモの皮を剥く。

そんな時間が私を子供の頃、お店のお手伝いを頑張っていたあの頃に連れていってくれたような気がした。

やがて、ジャガイモの皮を全部向き終わると、本格的に仕込みを始めた父さんの邪魔にならないように、店の中の掃除をしている母さんを手伝う。

「ありがとう」

と言ってくれる母さんに、

「ううん」

と言って、私は机やカウンターを拭き、食器の準備をして昼の時間を迎えた。


やがてお客さんが入って来る。

「いらっしゃい」

と声を掛ける母さんに続いて、私も、

「いらっしゃい」

と明るくお客さんを迎えた。


食器を洗ったり、料理を運んだり。

見様見真似で母さんを手伝う。

慌ただしい時間を何とか乗り切ると、私にとって初めての賄いの時間になった。

父さんが奥から丼を三つ持ってきてくれる。

小さい頃、お昼はお客さんと同じようなものを、カウンターの片隅に座って一人で食べていた。

でも今日は家族みんなで同じものを食べられる。

そのことがどうしようもなく嬉しかった。

その日の賄いは鶏の照り焼きにトロトロのスクランブルエッグを乗せた、ちょっと変化球の親子丼。

その親子丼っぽいものをみんなで食べる。

私は、

(家族みんなで食べるお昼ってこんなに美味しかったんだ…)

と思いながら、笑顔でその丼をかき込んだ。


その席で、

「夜は手伝わなくていいからな」

と言ってくれる父さんに、

「ううん。手伝わせて。こんなこと滅多にできないだろうから」

と言って、夜の手伝いも申し出る。

父さんは、苦笑いをしたが、母さんは、

「うふふ。まさかジュリエッタと一緒に働ける日がくるなんてね…」

と、嬉しそうな感慨深そうな顔になった。

私も両親と一緒に働けることを嬉しく思いながら、また丼の中のご飯をかき込む。

「うふふ。美味しい?」

と聞いてくる母さんに、

「うん!」

とちょっと子供っぽく答えて、慌ただしくも楽しい食事の時間を楽しんだ。


やがて食事が終わる。

私は店の掃除に、食器洗い、小さい頃と変わらないお手伝いをして夜の営業に備えた。

また慌ただしい時間がやってきて、常連のお客さんと久しぶりに楽しい会話を交わしながら、楽しく働く。

(ああ。なんか懐かしいなぁ…)

と思いながら最後のお客さんを見送り、また賄いを食べるとその日は最後の掃除まで手伝って家族そろって2階へと上がっていった。


翌日。

早くも別れの朝。

昨日より少ししんみりとした朝食の席で、昨日と同じようにクリームシチューを食べる。

「また近いうちに帰って来い」

という父さんに、

「うん」

と答え、

「チト村の方々にもよろしくね」

という母さんの言葉にも、

「うん」

と答えた。

いざとなると多くの言葉が出てこない。

そんな自分をなんとも情けなく思いながら、私はゆっくりとクリームシチューを味わった。


食事のあと、部屋に戻りいつものように手早く荷物をまとめて部屋を出る。

1階に降りて見送りに出て来てくれた両親を振り返った。

「また、帰ってくるよ」

という私の言葉に、父さんと母さんが少し涙ぐむ。

そして、私たちはしばしの間抱き合って別れを惜しんだ。


「これ、途中で食べてね」

と言って母さんがお弁当を渡してくれる。

「ありがとう」

と言ってそれを受け取ると、私まで涙が出て来てしまった。

また、みんなで少し涙ぐむ。

しかし私は袖で涙を拭うと、精一杯の笑顔で、

「元気でね」

と声を掛け、実家を後にした。

振り返ると、ずっと手を振っている両親に、私も手を振り返す。

しかし、無常にも角を曲がったところで、両親の姿は見えなくなってしまった。

私はそこでいったん足を止め深呼吸をして、もう一度袖で目元を拭う。

そして、足を速めてエリーの待つ馬房へと向かった。


やがて、クルツの町の門をくぐり、いつものように裏街道に入る。

晩秋の風が頬を撫でた。

(次に帰って来るなら春がいいかな…。きっと庭の花壇にルピナスが咲いてるだろうから…)

とぼんやり考えていると、

「ぶるる…」

とエリーが小さく鳴いた。

きっと私の寂しさを感じ取ってくれたんだろう。

私はそんな優しいエリーの首筋を撫でてあげながら、

「大丈夫よ」

と笑顔で声を掛ける。

すると、エリーが、

「ぶるる」

と今度は元気な声で鳴いてくれた。


「さぁ、帰ろうか」

とエリーに声を掛けて、いつものように少し速足の合図を出す。

「ひひん」

と鳴いて足を速めてくれるエリーの背に揺られながら、私はチト村で待つユリカちゃんとアンナさんの顔を思い出した。

(もうすぐ帰るからね)

と心の中で2人の笑顔に声を掛ける。

そして、帰れる場所があると言う事のありがたさをしみじみと感じた。

(私、頑張るからね)

と今度は両親の顔を思い出しながら声を掛ける。

そして、今回の冒険で気が付いたことを思い出し、晩秋の冷たい風に頬を引き締めて、私はただ真っすぐに前を見つめてチト村への道を進んで行った。

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