第61話 新しい武器01
ナポリタンを味わってから数日。
私はすっかりあの味の虜になってしまったユリカちゃんが毎日食べたがるのを苦笑いで諫めるという幸せな日々を送っている。
しかし、そんなある日の夕方。
教会長さんからの手紙が届いてしまった。
また不機嫌になるユリカちゃんの頭を撫でてあげながらさっそくその手紙を開く。
今回は冒険の指示ではなく、王都への呼び出しだった。
どうやら私の新しい薙刀が出来たらしい。
(ついに出来たのね)
と喜んで続きを読む。
すると、顕著な異常は無いが、武器の試用もしたいだろうから帰りにクレインバッハ侯爵領にあるエルド村に行ってほしいと書いてあった。
さらに、クレインバッハ侯爵領家のエリザベータ様が会いたいと言っているらしいから訪ねるようにとの指示まで書いてある。
(あはは。討伐の依頼はついでで、そっちの依頼が主ってわけね…)
と心の中で苦笑いしつつも、エリザベータ様の可愛らしい姿を思い出し、微笑みながらその手紙を閉じた。
王都までは5日。
武器を受け取ったり教会長さんに面会したりするのは1日か2日で終わるだろう。
だったら、ついでにと言っては何だが、リリエラ様にも会いたい。
次にクレインバッハ侯爵領の領都サリスティリアの町までは王都から3日ほど。
目的地まではさらに1日。
そして、クレインバッハ侯爵との面会があって帰路があると考えると、おおよそ20日ほどの日程になる。
(帰ってくる頃は本格的な収穫の時期ね)
そんなことを思いながら、私はさっそく荷物をまとめに自分の部屋へ向かった。
翌々日。
朝食を取って、いつものようにユリカちゃんを抱き上げ、撫でてあげてからエリーに跨る。
寂しそうにしながらも笑顔で見送ってくれるユリカちゃんとアンナさんに手を振って、エリーに前進の合図を出した。
そして、村の門でいつものようにジミーに声を掛ける。
このジミーという人物のこともずいぶんと信頼できるようになったなと思いつつ、
「頼んだわよ」
と声を掛けると、
「ああ。祭りまでには戻って来いよ」
と言われた。
一瞬「ん?」という顔になる。
すると、私のそんな顔を見たジミーは苦笑いしながら、
「収穫祭だよ。あと、1月もないはずだ」
と祭りが近いことを教えてくれた。
「わかった。ありがとう」
とだけ答えてまたエリーに前進の合図を出す。
そして、いつものように田舎道を通り裏街道へと入っていった。
旅は順調に進み5日目。
行商人たちに混じって街道を進む。
流れに身を任せてのんびり進んでいると、やがて王都の門が見えてきた。
「なんだか懐かしいわね」
と思わずつぶやく。
前回王都に来てからまだ半年くらいしか経っていない。
それなのに、こんなにも懐かしく感じるのは、きっとここ最近の経験があまりにも濃い物だったからだろう。
(ふふっ。最近のことをリリエラ様に話したらどんな顔をするかしら?ワイバーンのお肉にナポリタン。あと、王都じゃお刺身はなかなか食べられないから、その話もいいかも)
そんなことを思い出しながら、門に連なる列に並んだ。
待たされることしばし、いつものようになんなく通れるかと思ったが今日は少し進みが遅いように思われる。
どうやら荷車の検査を丹念にやっているようだ。
やがて私の順番がきたが、私はいつものように簡単に通れた。
ついでと言ってはなんだが、私の荷を簡単に検めた門番に、
「なにかあったの?」
と聞いてみる。
すると、門番は、
「ああ。最近盗賊が多いらしくてな」
とうんざりしたような顔でそう教えてくれた。
「そう。大変ね」
とまるで他人事のようにいいながらも、
(…野営の時は気を付けないと)
と思いながらがいつものようにまずはエリーを馬房に預ける。
そして私は自分の荷物と薙刀を持っていつもの安宿へと向かった。
時刻は夕方前。
まずは旅装を解いて銭湯に向かう。
銭湯に着くと、私はいつものように、
「ふいー…」
と声を漏らして、ここまでの旅の疲れを癒した。
お湯に疲れが溶けていく。
私はなにもない天井をぼんやりと見つめながら明日からの予定を簡単に組み立ててみた。
(明日はまず教会長さんのところかしら。会えたらいいけど、会えなくても翌日には会えるわね、たぶん。そのあと、リリエラ様の所で門番さんに言伝をお願いして、どのくらい待たされるかしら?うーん、会いたいけど、さすがにあんまりのんびりもしてられないから、待てるのは2日くらいかな?もし、会えなかった時はお手紙を書きましょう。うん。それがいいわね)
と何となくの予定を考えると、やや混み始めてきたのをみて風呂から上がる。
そして、手早く着替えるといつものように居酒屋を探して夕暮れの町に繰り出していった。
(今日はなんだか、お酒はちょっとでいいから、しっかりご飯を食べたい感じなのよねぇ…)
と思いながら、適当に町を見て歩く。
(定食屋でビールってのもいいけど、それもちょっと違う感じだしなぁ…)
と思い悩みながら、歩いていると路地の少し奥に、「旬菜・飯・酒」というなんとも今の私におあつらえ向きの看板を見つけた。
迷わずその扉をくぐる。
「いらっしゃいまし」
という落ち着いた女将さんの声がかけられ、私はいつも通り、
「ひとりだけどいい?」
と聞きながらカウンターに座った。
壁に書けられた品書きを見ると、
『本日の夜定食』
という文字が見える。
興味を引かれて、品書きを見てみると、
鶏ゴボウ
サトイモの煮っころがし
ニジマス塩焼き
栗ご飯
茸のお吸い物
という品々が書かれていた。
(何これ。理想的過ぎる!)
と思ってさっそく、女将さんに、
「とりあえず、ビール。あと、あの『本日の夜定食』っていうのは、ご飯とお吸い物を後にしてもらうことってできる?まずは、おかずで1杯やりたいの」
と注文がてら聞いてみる。
「ええ。そういうお客様多いですよ」
と笑いながら、言ってくれる女将さんに、
「じゃぁ、それで」
とお願いして、私はさっそくやって来たビールで喉を潤した。
ややあって、お通しの浅漬けをぽりぽりかじりながらビールを飲んでいると、お待ちかねの料理がやって来た。
「お待たせしました」
と言う女将さんにさっそく「ぬる燗」を注文して、サトイモの煮っころがしを一つまみする。
ねっとりとした口触りとほんのり甘い醤油の味がなんとも素朴で、それがなぜか私の郷愁を誘った。
すぐにやって来た「ぬる燗」をちびちびやりながら、旬の味に舌鼓を打つ。
土の香りが漂うゴボウに、皮目の香ばしいニジマス。
そのどれもが私に懐かしいという感情を思い起こさせた。
(父さんも母さんも元気かしら。最近手紙書いてなかったなぁ…)
そんなことを思いながらちびちびとお酒を飲む。
いつものようにお客さんと一緒になって威勢よく「がはは」と笑う父さんと、「バカやってないでしっかり働きなさい!」と笑顔でそれを諫める母さんの姿が目に浮かんだ。
(きっと楽しくやってるわよね…)
と思いながら、懐かしの実家、辺境の町クルツにある居酒屋の光景を思い描く。
実家のあるクルツの町は表街道沿いではなく裏街道沿いだから、程よく栄えて程よくのんびりした町だ。
実家の居酒屋は行商人や地元のおっちゃんらでいつも賑わっていた。
きっと今頃はサケの時期だから、みんな鍋やバター焼き、クリームシチューなんかを食べて盛り上がっていることだろう。
そんなことを思い少ししんみりと、しかし、どこか温かい気持ちで、微笑みながらぐい吞みを傾ける。
ふんわりとした米酒の酒精が鼻腔をくすぐり、そっと胸を温めながら胃に沁みていった。
やがてお酒が落ち着いた頃。
〆の栗ご飯と茸の吸い物を頼んで、お茶をもらう。
程よく満たされ、ほんのりと酔ったところに渋めのお茶が良く効いた。
栗のほくほくとした食感と甘味、そして、茸の香りで秋を満喫してお腹を〆る。
そして、私はいつも以上に満足し、ウキウキとした足取りで宿屋へと戻っていった。
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