十三番星 さようなら、遠い星から来た王子様④
「ちょっと、待ってて!」
そう言って、庭のほうへ回った。
小屋の前で琥珀はしっぽを振りながら、連れて行ってくれるよね? というかのように、小首を
「うん。一緒に行こう。琥珀!」
チェーンを外して、ハーネスとリードに付け替え、琥珀を連れて車まで戻った。
「琥珀も連れて行くのかい?」
わたしと琥珀を見たパパが、驚いたように言った。
確かに車は、わたしたち五人が乗ったらぎゅうぎゅうで、ケージは入れられない。けど。
「うん。琥珀もちゃんと、イルたちを見送りたいって。お願いパパ、ママ。わたしが
両手を合わせて頼み込む。するとパパとママは顔を見合わせ、言ってくれた。
「まあ……しょうがないか。琥珀はイルくんのことが、大好きだしな」
「それに琥珀はそこまで車
「ありがとう! パパ、ママ!!」
琥珀を連れて、イルの隣に乗った。……ちょっと近いような。子供が二人もいるとはいえ、後部座席に三人も乗れば、
けど何となく、どきどきする。
すると、ツキハ、とイルが小声で
「な、何? イル」
「うむ……その」
赤い顔でイルが言う。わたしの膝の上の、琥珀を指差して。
「その、……代わって
「……え? あ、うん」
それで、赤くなっていたのか。
何ていうか、イルの照れるポイントがよくわからない。
琥珀を抱き上げてイルの膝に移すと、何故かレイトさんはくっくっと笑っていた。
「いやはや。つくづく不器用な方ですな、殿下は」
……どういう意味だろう。
イルにはわかるのか、レイトさんを
「それじゃ、準備はいいかな?」
みんなで返事すると、パパが車のエンジンを掛けた。
おじいちゃんとおばあちゃんも、車の近くまで来てくれる。
パパが窓を開けた。
「それじゃイルくん、レイトくん。体に気をつけて。レィアちゃんとヴェルくんに会ったら、
「その……二人とも、気を付けてな。革命後の世界なんて俺にはわからんが、危険な目に
おばあちゃんとおじいちゃんは、それぞれ、二人に伝える。
「御言葉、痛み入ります」
と、レイトさんが言い、
「感謝します。御祖母様、御祖父様。ですがしばらくは、忙しい日々が続くと思いますので。……また、いつか」
イルも頭を下げ、そう答えた。
二人とも
パパは窓を閉め、車を発車させた。
二人の姿が、どんどん小さくなっていく。
イルは片手で琥珀を
着いたよ、と言って、パパは天文研究所の駐車場に車を停めた。
他の車は、一台しかない。
今日は日曜日。特別なイベントがない限り研究所は休みの日で、当直の人が一人いるだけだ。
それぞれ、車から降りる。
心配していたイルの車酔いも少しは慣れたのか、それとも、琥珀を撫でることで気が
多少顔色は悪かったけど、吐き気を
「礼を言う、コハク。……ありがとう」
わたしにリードを渡す前に、イルはもう一度だけ琥珀を撫で、そう言った。
どうやら後者だったみたいだ。
さっきレイトさんが笑ったのも、それがわかってたからなのかな。
でも、イルが自分から琥珀のリードを手放したことには……少し、胸が痛かった。
車を降りるとママは駐車場の裏手にある、丘の方へとわたしたちを
ただでさえ屋外での天体観測にしか使わないその場所は、研究所が休日の日中には、まず誰も来ないらしい。
なので、わたしたち五人と琥珀は
丘の上に着いた。研究所には何度か来たことはあるけど、ここには初めて来た。
そこここに、ベンチがいくつかあって、イルと出会った、
「殿下。エウペ・ダゥを」
そう促されたイルは、ヴァリマの入ったバッグをレイトさんに渡し、ズボンのポケットから白光装置とメモを取り出し、左手に持った。
そして右手で装置に触れ、メモを見ながら五本の指でパソコンのキーボードを叩くかのように、高速で何かを打ち込んでいく。
「アルズ=アルムの座標でございます」
レイトさんが小声でわたしに囁いた。レイトさんが女王様に聞いて、書き留めたっていう、座標なんだろう。何となくレイトさんなら、数万桁の数字でも覚えられそうな気がしちゃうんだけど、一つでも間違うと宇宙空間に投げ出されるとかって言ってたし。
それを防止するためメモを取ったんだろう。
数万桁あるだけあって、かなり時間が掛かっている。
ひたすら入力を続けるイルを、みんなで見守る。
そして、──ついに。
イルの手が止まった。と、同時に。
名前の通り、白光装置……エウペ・ダゥが白く輝き始めた!
「終わったぞレイト。これでいつでも、アルズ=アルムに
はい、と言って、レイトさんがイルの隣に並び立った。
「それじゃあイルくん、レイトくん。お義父さんも言ってたけど、またいつでも、地球に遊びに来ていいんだからね?」
パパは右手を差し出し、イルもそれに応える。
続いてパパは、レイトさんとも握手した。
「ありがとうございます。アキラ先生」
「感謝致します。アキラ様」
次はママだ。パパと同じように、イルとレイトさんと、順々に握手する。
「二人とも、元気でね。いつか……いつかまた、レィアとカァミッカちゃん、そしてお父さんと一緒に、地球に来てちょうだい。待ってるわ。また二十五年後でも……ううん、五十年後でも。待ってるわ。エィラ越しにじゃなく、レィアと……友達と、エンカウント出来るのを」
「……はい」
イルが返事し、レイトさんも黙って頷いた。
その様子が、どこか遠い場所の出来事のように思える。
こんなに近くにいるのに、もうすぐ手の届かない……空を見上げても姿すら見えない遠い、遠い星に帰っちゃうなんて。
そんなことを考えていると、ママがわたしの背中をとん、と押した。
そうだ。ちゃんと言わなきゃ。
──お別れを。
そう思ったとき、琥珀がイルに飛びついた。そしてイルは、そんな琥珀を抱きしめる。
「……元気でな、コハク。当は汝が……大好きであったぞ」
あった、という過去形の言葉に、胸が痛くなる。
琥珀はしっぽを振り、イルの顔をぺろぺろなめ回した。
そのあとレイトさんの足元にも寄っていって、しっぽを振る。
昨夜と今朝、美味しいご飯を作って貰ったことで、すっかりレイトさんのことも気に入ったらしい。
レイトさんも優しい手つきで、琥珀を撫でてくれた。
そんな二人を見てから、イルのほうを見ると……目が合った。
「ツキハ」
イルがわたしをまっすぐ見て、名前を呼んだ。優しい声。顔を見る。優しい表情。
それは、わたしに向けた──イルの、最後の笑顔。
「……イ……」
ル、と言葉にならない。名前が呼べない。けれど目も逸らせない。
言いたいことはたくさんある。 元気でね、とか、ありがとう、とか。
……さよなら、とか。
だけど、……そうじゃない。
本当に言いたいことは、わかっている。
けれど……言えない。
その言葉は、わたしのただのわがままで……本当に、自分勝手な思いで。
イルを困らせるだけだって、わかっているから。
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