十二番星 それぞれの思い④
「
ケーキのお皿を食卓に置くと、イルはくっくっと笑い出した。
「馬鹿者。当にそのような嘘が通じると思ったか。そうなったとして、汝がこの程度の崩れを直せぬわけがなかろうが。直さぬのは、それが
フォークでケーキの上に乗ったイチゴに似た果物をちょんと突き、
「……母上は」
そう言って、優しい顔でイルは笑った。
「確かにそれは、レィアの作ったケーキね。あの子は頭はいいけど、色々不器用だったもの。むしろ、よく作れたなって感心したわ」
ママもくすくす笑いながらそう言うと、今度は真面目な声になってイルに言った。
「イルくん。私も、レィアが王政自体を
「そう……ですね」
イルがママを見て、小さく
「本当のところは、母上と話してみなければわかりませんが……ミズ・トウコ。あなたと母上は、大切な友人同士であられるのですよね?」
「ええ。小部屋に隠れてるとき、二十五年ぶりに話したけど……とてもそんな時間が経ったなんて思えないほど、おしゃべりが尽きなかったわ。今でも私にとってレィアは一番大切な友達で、レィアにとっての私もそうだと確信出来る。本当に……本当に、大切な友達だから」
ママはどこか遠くを見てるような目でそう言った。
見ているのは多分、出会ったころのママと、イルのお母さんで……そして、今は遠い遠いアルズ=アルムにいる、レィアさんだ。
「ママ」
つい、呼びかけてしまった。ママがこちらを見る。
その目はちゃんと、わたしを見ていた。
──遠い星の友達じゃなく、今、ここにいるわたしを。
そんなママにほっとして……そして、もっとママの声が聞きたくて、わたしは口を開く。
「……ママが天文のお仕事をしたいって思ったのは、レィアさんとまた会いたかったから?」
「そうね。レィアとヴェルさんがアルズ=アルムに帰るとき、約束したの。また会おうって。それから私は猛勉強して
「でも!」
思わず大きな声が出てしまった。
みんなが驚いたように、わたしを見る。
イルも、パパも、おじいちゃん、おばあちゃんも。
……もちろん、ママも。
わたしだけを見てくれているママに対し、今まで堪えてたものが
「でも本当は、ママはNASAの職員さんになるはずだったんでしょ? ……わたし、知ってるんだよ? 六才の頃、ママの本を借りようとして
「ナサ、……アメリカ航空宇宙局か。そしてこの地球のどこより、宇宙に近いと言われておるところだな。そのような場所では、職員になるのもさぞ
イルが、純粋な疑問をぶつけてくる。何故?
何故って、それは──。
「……わたしが、生まれるから」
そのことを知って以来、わたしの胸の中にだけしまって、カギを掛けていた。
だけど、口にしたことでそのカギは壊れ……しまい込んでいたものが、言葉になって
「合格通知の日付は、わたしがママのお腹の中にいるときのものだった。だから、
しん、と辺りが静まりかえる。誰も、何も言わない。
言ってしまった。
ずっと、一生黙っておくつもりだったことを……言ってしまった。
涙が溢れ出しそうになる。けど泣かない。泣く資格なんかない。
だって、わたしのせいでママは──。
「……馬鹿ね」
ふいに、温かいものに包まれた。その温もりに顔をうずめる。見なくてもわかる。ママだ。
……わかるもの。わたしには。
「ううん。本当に馬鹿なのは私ね。未練がましく、いつまでもあんな通知取っておいて。本当に……馬鹿」
「……そうか。月花が僕たちにわがままを言わない理由が、やっとわかったよ」
パパの声が聞こえると、今度はママごと、パパに抱きしめられた。
「こんな小さな体で……ずっと、
「……パパ。ママ……」
「確かに、合格通知を受け取ったときは驚いたわ。元々、
「……迷わなかったの?」
恐る恐る顔を上げて、ママを見る。
するとママは、迷うものですか、ときっぱり言った。
「レィアとの約束は大切よ。でもそれは、NASAに入ったからって達成出来るわけでもないし、だいたい宇宙飛行士じゃなく、ただの一職員としての合格通知だしね。それに比べたら、ずっと待ち望んでいた子供の方が大切に決まってるでしょう。父さんも言ってたけど、優先度が違うのよ。NASAなんかより、月花のほうが私たちにとっては大切で……かけがえのない宝物なのよ。……もちろん今も、ね。じゃなきゃ、大切な友達に
ママの言葉に、パパも
「だいたい、合格通知を取っておいたのは僕のせいだしね。いつか月花は見せたいと思って、取っておくように言ったんだよ。君のママは、こんなにすごい人なんだと知って欲しくてね」
全く、と言って、おばあちゃんがため息をついた。
そして続ける。
「燈子もだけど、明さんもわかってないのね。親がどんなにすごいかなんて、子供には関係ないのよ。子供にとっては立派な親だろうが、ひどい親だろうが関係ない。親になったってだけで、子供を無条件に愛せない親はたくさんいる。子どもを
「まあ、子育てを終えた、今の俺らだからこそ言えるセリフだけどな。子育て中はそれだけで精一杯で、子供の本当の気持ちなんて中々わからないもんだ。……俺らも、燈子が人と上手くやっていけないことに、散々悩んだものな」
おじいちゃんも、しみじみと言った。
パパがお恥ずかしい、と言って頭をかき、ママもくすりと笑う。
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