第1話 物語開始直前の朝
王都フィオナから遠く離れた辺境の村。
そのとある一角にて、太陽がまだ顔を出して間もないにも関わらず、一人の少年が素振りを行っていた。
「501、502、503、──」
ブン、ブン、と少年が剣を振るう度に雪のように白い髪が揺れ、玉のような汗が飛ぶ。
ただ、少年の方はそれらを全く意に介した様子はなく、ひたすらに素振りを続けていく。
「998、999、1000! はぁ〜〜、終わった〜」
数が四桁に到達したところで、少年は体を地面に投げ出した。
見上げる空は雲一つない快晴。
朝のひんやりとした空気と今日も日課を終わらせたという達成感が心地よい。
目を閉じ、しばらくそれらに浸っていると少年の耳が微かな足音を捉える。
やがて、その足音はドンドンと近づいてきてすぐ側にまだ来たところで止まった。
目を開けると、そこには黒髪の長い髪をたなびかせながら微笑を浮かべる美少女がいた。
「おはよっす、アリサ」
「おはよう。フェイ」
彼女の名前はアリサ。
歳は今年で十五。
この村で唯一フェイと同い年の女の子で幼馴染。
フェイの住んでいるノーブル王国では珍しい黒の
「はい、これタオル」
「ふぁんひゅー。……いつも悪いな」
いつものように挨拶を交わしたところで、これまたいつも通り顔にタオルが落とされる。
フェイはそのタオルで汗を拭きながらお礼を言った。
「そう思ってるのなら一回くらい自分でタオルを持ってきなさい。結局、村を出る最後の最後まで私任せじゃないの」
「いやぁ〜、寝る前はちゃんとそうしようと思ってるんだけどな。寝て起きたらどうしても忘れちまうんだよ」
「はぁ、学園だと男女校舎別々なんだからきちんとしなさいよ」
「……善処します」
アリサから返ってきたのは責める様なジト目とお小言。
フェイは逃げるように視線を逸らし、とりあえず全身を拭くのに注力した。
「それにしても、しばらくこの村ともおさらばか。アリサはともかく俺まで学園に呼ばれるとは思わなかったぜ」
汗を拭き終えたところでフェイはしみじみと呟いた。
今日二人はこの村を発ち、王都にあるフィアナ学園に入学することになっている。
しかし、これは大変稀有なこと。
何故なら、フィアナ学園は基本的に貴族達の通う学校で平民が入学するとなると基本的に推薦のみ。
また、その推薦を受けるためには相当な才覚が必要とされる。
幼馴染のアリサはその点は申し分ない。
何故なら、一般の魔法使いが何十年もかけて習得する上級魔法を複数覚えているだけでなく、オリジナルの魔法まで作り出した正真正銘の天才魔法使いだからだ。
彼女が推薦を貰えないなのだとしたら、世の中の平民全員がきっと貰うことは出来ないだろう。
「私はフェイが入学するのは当たり前だと思ってたけどね」
「そうか〜?今でも俺は信じられないけどな」
そんな天才魔法使いな幼馴染様から評価は何故だか高い。
そフェイは特別魔法が使えるわけではなく、剣の腕も村の中だと立つ方だが元下っ端騎士の父親に比べれば遠く及ばないのに。
アリサは決まって自分よりもフェイの方が強いと言う。
理由を聞いてみたところ『勇気があるから』らしい。
そんなとのは剣を振るう者ならば必ず持っているものなので、きっとはぐらかされているだけで他の何かがあるのだと思っている。
でなければ、平凡なフェイが王都の学園に通える道理がないだろう。
(いい加減本当のことを教えてくれも良いのにな)
フェイは心の中で幼馴染アリサへ文句を垂れつつ、剣を支えに立ち上がった。
「タオル、あんがと。洗って明日に返すのは……無理だな」
そして、タオルを返す約束をしようとして固まる。
学園に行くことを忘れていたわけではないのだが、ついつい長年培った週間通りに口が動いてしまった。
そのことにフェイが苦笑いを浮かべると、つられてアリサも笑った。
「ふふっ、別に良いわよ。それはもうフェイ用に用意したやつだからあげる。洗ってこのままタオルとして使うも良し。剣の手入れに使うも良し。好きな様にしなさい」
「そういうことならありがたくもらうが、今度俺もお前になんか返させてくれよ。もちろん、俺の小遣いで買える範囲な」
「じゃあ、この赤いリボンが最近色が褪せてきたから新しいのが欲しいわ」
「おっけー。じゃあ、村を出る前にバーバラばあちゃんのとこに寄ってくか」
タオルを貰うお返しににリボンを買うことを約束すると、二人は並んで広場の方に戻った。
広場にやってくると、見慣れなぬローブの女性がフェイの父親であるアルフォンスと話していた。
「最近、本当上司が理不尽で。先輩騎士団に戻ってきてくださいよ〜〜!」
「えぇ、俺が前に言ったこと忘れたのかお前は。俺はそういう輩を相手にするのが面倒になったから辞めたんだって。悪いが俺はのんびり畑を耕すのが性に合っている」
「そんなぁ〜。今なら可愛い後輩も付いてきますよ?しかも、いくらでも手を出し放題。あんなことやこんなことも出来ますよ!」
「妻子持ちを堂々と誘ってくるんじゃねぇ!?腐っても騎士だろうがお前は」
「もう寿退社するしかあのくそみたいな職場から解放される手段がないんです!後生です。私を抱いてください先輩」
「うわっ、ひっつくな。俺にはエリンっていう心に決めた相手がいるんだ! 不貞なんか出来るかよ!」
会話の内容を聞く感じ、どうやら父親が騎士団にいた頃の後輩らしい。
しかも、あの感じを見るに相当好かれている。
若い頃はよくモテていたと自慢していたが、あれは嘘ではなかったようだ。
「……親父って本当にモテたんだな」
「……まぁ、アルフォンスさんはやる時はやるから。そのギャップじゃないかしら」
「……ギャップってなんだ?」
「……普段はぐーたらで頼りにならない男が戦場だと物凄く頼りになる感じのこと」
「……なるほど。良く分かったぜ」
「おい、お前ら見てないで助けてくれ!?」
ギャーギャーと騒がしくしている二人を遠巻きに眺めながら、アリサと小声で会話をしているとアルフォンスに見つかり助けを求められる。
フェイとアリサは顔を見合わせ溜息を吐くと、アルフォンスにしがみつく女騎士を剥がしに掛かるのだった。
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