レイシア役者デビューです 502話
「なんで団員でもないこんな素人に代役を頼むのですか⁉」
指名されなかった役者たちは口々に不満をあらわした。
「演劇はね、確かに稽古で上手くなる所が大きい。だけどね、持って生まれたスター性や、生きてきた経験の中で身に付いた、そうだね、気品とか身のこなしとか、そう言った説得力が大事になることもあるんだ。レイシア様にはそう言ったカリスマ性とでも言うのかな、この難しい役どころをこなせる素地があるんだ。一度稽古を見たら分かる。それでも勝てると言う者はテストをしてやろう。いいから稽古をみてみな。すぐにわかるよ」
ナノはレイシアに台本を渡すと、まずは読み合わせをした。それを見ていた役者たちはその時点で不満が消え失せた。段取りを教え立ち稽古をする頃には役のない役者だけでなく、怪我をした本役のノンまでもが自分の演技に取り入れようと熱心に稽古を見つめていた。
◇
【メイ視点】
グッズが飛ぶように売れていく。特に扇は明日の分まで出さないと暴動が起きそうな勢いで売れている。フィナーレでみんなで掲げながら振ることを宣伝したら目の色を変えたお客さんがあふれるように売り場を囲んでいる。
明日からはハンカチでもいいことにしよう。ぜったい足りなくなる!
まもなく開演時間だけど、開演時間遅れそうだね。
◇
やっと開演できそう。開演前に役者交代のアナウンスがあった。出演予定のノン様が怪我をして今日だけ代役を立てるみたい。客席からは残念そうなどよめきが起きていた。
それでも静かに音楽が鳴り、一気に盛り上がった所で幕が開くと客席の温度が一気に上がった。ドレス姿の少女たちと、タキシードを着た男性役が楽しそうに踊る。そんな中、制服姿の王子、ナノ様が舞台中央に現れた。
「今日は学園の入学式。新入生は希望に満ちあふれ、きらびやかなドレスで身をまとっている。しかしなぜ僕の心はこんなに乾いているのだ? この国の未来を考えた時、本当にこんな浮かれたままでいいのだろうか」
朗々と王子の孤独と国を憂う心情を独白で語るナノ様。ドレス姿の生徒の中で一人制服姿の王子が苦悩している。
そのコントラストがいい! 最高です!
ここで静かに舞台上に花びらが舞った! これは! あの名シーンだよね。
ドレス姿の少女たちが去る中、制服を着たニーナ様があらわれた。
これはあれだ。制服少女シリーズ屈指の名場面、桜の木の下の出会い。そうですよね。
二人きりの舞台。男子生徒の制服姿のナノ様が、降りしきる花びらの下でニーナ様演じるヒロインに語りかけるように歌う。
♪どうして? 君はここに? なぜ僕と同じ制服で
自分だけ 場に合わない そうわざと制服を着てきたのに
ニーナ様が答える
♩ドレスは一度しか着れない 学ぶ本は宝物になる
二人でコーラス
♫同じ気持ちの 君がここにいる奇蹟 孤独な二人の
♪僕の心と ♩私の心と ♫繋がれる人がいるの
♪暗闇のような僕の心を照らし出す ♩私の心を
潤すような ♫二人の出会いここで 気づいたから
端的に表現された歌詞。拍手が鳴りやまない! 見つめ合う王子とヒロインに花吹雪がこれでもかと降り注ぐ。
イリア様、神! ナノ様、最高! ニーナ様、素敵!
内情を知っている私がこれだけ興奮している。他のお客様のダメージがどれほどかと思うと心配してしまいそうになる。
それだけの破壊力がこの舞台にはあった。
ストーリーはナレーションと独白セリフでサクサク進み、美味しい場面、クラスでのいじめや、王子様の路上での告白が歌と踊りを交えて演じられた。そしていよいよ悪役令嬢の登場。
王妃に取り入り王子との婚約を成立させた悪役令嬢。金と権力で王子を独占しようとする。
しかし、王子とヒロインの絆は揺るがない。業を煮やした悪役令嬢はヒロインを傷物にしようと罠を張った。
「痛ってえ~。 ああああ~、何するんだよてめえ。人にぶつかって謝りもしねえのか!」
え? レイシア様?
「おう、よう見たら綺麗な顔してるのう。ちょいと付き合えや」
「や、やめて下さい!」
何しているんですか、レイシア様! いえ、迫力十分出ていますが! っていうか出すぎです!
「肩外れてしもうたやないかい! どうおとしまえつけてくれるんや、われえ! おめえら、かっさらえ!」
「「「おう!」」」
このシーンってあれよね、悪役令嬢がならず者を使ってヒロインを攫おうとするシーン。レイシア様迫力ありすぎです!
ナノ様登場です!
「ああ、何やこのガキ、お前らいてまえ」
「「おお!」」
レイシア様! なんでこんな役やっているのですか! おかしいです!
◇
【ナノ視点】
絶対ハマると思ったんだ。 組長を恐れさせる胆力と言葉遣い。ナチュラルボーンなヤバさを感じたんだよね。
思った通り、最高のならず者! 迫力ある演技をしてくれているよ。
「待て! 何をしているんだ!」
全力で行かないと食われる。久しぶりに本気で演技ができるよ。
「ああ、何やこのガキ、お前らいてまえ」
「「おお!」」
僕は段取り通り三下役の子を倒して袖に送り返す。お疲れ様、君たちはレイシア様の演技を袖で見て勉強していな。
「舐めた真似しくさって。クソガキがぁ」
セリフの一言一言にリアリティを感じる。リアリティというより恐怖だ。ふだんから本物のならず者と対応している僕ですら恐怖を感じているんだ。これが本物の中の本物の狂気だよ。
めっちゃ楽しい!
最近は主役なのに演出目線で他の役者を立てるように引き気味の演技になっていた。
ニーナとの絡みは、慣れが多くて考えなくてもできる。
こんなに本気全量モードで演技ができるなんて!
どこまで本気度を上げて演技しても対等以上に合わせることができるレイシア様の受け。ならず者やらせたら王国一の役者だよ。僕の見立てに間違いはなかった。
シーンは剣での対決に移る。この少ない時間で段取り通りできるだけでもすごいのに、そのクオリティがまた……。歴戦の戦士を相手しているみたいだ。
気を抜くと負けだと思ってしまう迫力!
圧倒的強者の剣術!
演技だから全然本気を出していない、むしろ手を抜いて合わせているだけなのに圧倒的な強者感。こちらの必死さをお客様に悟られないようにしないと。
ならず者より弱い王子に見せないように、僕は全力で殺陣をこなしながらも、優雅さと余裕を演じた。
型どおり進みレイシア様が倒れた。息をのんでいた観客の緊張が解け心からの拍手に包まれる。
気持ちいい。最高だよ!
いつの間にか受ける演技ばかりだったことに気が付いたよ。そうだね。わがままなくらい全力で魅せる演技って素敵だよね。
役者にならないかな、レイシア様。
無理だと分かっているのに、この才能が開花できないことが残念でならない。
◇
【三人称】
ならず者のレイシアの出番はほんの一瞬。それでも、ちょっとの出番で全ての印象を持っていってしまったレイシア。その後覚醒したナノが頑張って舞台を正常化し、ラブロマンス『制服王子と無欲の聖女』は無事に終了した。
引き続いての歌や踊りは時には華やかに、時にはしっとりと観客の心を鷲掴みにしながら進んで行った。
途中途中に入る寸劇はもちろんメイド喫茶と執事喫茶をモチーフにした話。
メイド喫茶編ではお客様とメイドたちの心温まるふれあい。
執事喫茶編では、新人執事と先輩たちの友情。
短いながらもインパクトは十分。宣伝効果は抜群だった。
そして感動のフィナーレ。
団員全員が舞台上で『黒い仔猫の鳴く頃』を歌う。
♫黒い仔猫の鳴く頃 君との逢瀬の時間
仔猫のような 君の瞳
かわいい声は 僕を呼ぶ
黒い仔猫の鳴く頃 二人の時は過ぎぬ
今度会える 時までずっと
僕の心は 君が盗む
高らかに掲げられた扇は、ステージの役者たちに思いを届ける。
全て歌い終わると、会場からは割れんばかりの拍手と歓声が響いた。
伝説に残るステージの幕は閉じ、いつまでも興奮冷めやらない観客たちは、物品販売コーナーに押し掛けたのだった。
その後、打ち上げ並びに黒猫甘味堂主催のファンの集いは大盛り上がりで開催され、レイシアの演技の凄さが話題の中心になったのはまた別のお話。
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