第二章 お姉様の魔道具 591話
お姉様が帰ってきた!
興奮が収まらず、思わず抱きついてしまった僕を、お姉様は優しく抱きしめてくれた。
感動の再会は、しかしすぐに終わった。
「クリシュ、王女様が明日来るからすぐにお父様に知らせないと」
は? 王女様? 祭りが終わってから来るはずじゃなかったっけ?
ぼくは孤児たちにバリュー神父とメイドを呼んでくるように頼んだ。
◇
メイドにお姉様が帰ったことと、お父様への伝言を託し館に向かわせた。バリュー神父が来るまで時間があるので、僕はこれまで行ったことを報告した。
「温泉がオープンしたの? お湯と水を混ぜて適温にする装置を作ったの? じょうろから出る雨みたいなお湯を出せるようにした? すごいねクリシュ。あとで見せて! どうなっているんだろう?」
お姉様が興味を示した。僕は嬉しくなって構造について熱く語った。
お姉様はうんうんと頷きながら何か考えているようだった。
楽しい時間はすぐに終わった。
神父様が来られると、お姉様は王女様が来る事情を話し始めた。
歩きながらおもてなしのための案を次々と提案する。
僕も祭りの段取りを話しながら、何ができるかを提案した。
お姉様は、「さすがクリシュね」と僕の案を受け入れてくれて、僕を責任者にすることを提案した。
ええ、お姉様のためなら何でもさせますよ。お任せください。
お父様の前に行くまで、ほぼすべての計画の骨子が出来上がっていた。
報告を聞いたお父様は、「俺の意見など必要ないな。はぁ」となぜか肩を落としながら、「責任は俺が取る。思う存分やりなさい」とどこか達観したような表情で計画を認めてくれた。
お姉様は料理を中心にしたおもてなしの準備を、僕は祭りのオープニングに特別席を設置することと、温泉の貸し切り手配、人員配置などの細々とした実務を担当することになった。
お姉様と別行動になるけれど、役に立つなら全力でやるよ。
打ち合わせがおわって、動こうとしたらお姉様が僕に言った。
「ねえ、さっきのお風呂の、シャワー? とか見てみたいけどいいかな?」
僕の作ったシャワー、本当に興味があったんだ!
すぐに温泉を見に行けるように、三十分後に貴族の女性専用の温泉を使用不可にするため使いを出した。
◇
貴族専用といっても、今ここに入っているのは他領の法衣貴族と金を持った商人のご夫人方だ。不満に思っている彼女らに、僕は丁寧にお詫びをして、翌日の温泉入場の権利と、父と僕の朝食に招待すると約束をすると嬉しそうに帰っていった。
領主と次期領主と一緒に食事できるなんて光栄だもんね。
どうせお姉様は料理長と好き勝手やっているだろうから。お姉様がいないなら、愛想売るくらいは安いものだ。
お姉様を洗い場に案内して、使いながら説明をする。
お姉様は何度も試しながら僕を褒めまくった。
「すごいわ。よく考えてあるわ。使い方もシンプルになるように工夫されているね。クリシュ、特許は取った?」
「もちろんです。お姉様に言われた通りに」
「これ、高い所にお湯と水のタンクを備え付けて、高低差を利用して流れを作っているのよね。その場所を見せてくれる?」
「もちろんです。こちらに」
関係者以外立ち入り禁止の扉を開け、階段を上った。
「川から流れている水を取り込んでいるのね。お湯は組み上げているの?」
「ポンプを取り付けて時間ごとに足しています」
「なるほど。だからか」
「どうしました?」
「ここのお湯、もともと温いじゃない。ゆっくりと入るのにいいお湯だけど、組み上げてためているあいだに更に冷めてしまうよね。いまは夏だからいいけど冬になったら大変そうじゃない?」
確かにそうだ。冬のことまでは考えていなかった。
「熱いお湯がいい人もいるでしょうし、せっかく水で調整できるんだからもっと熱くしてもいいよね」
「でも、どうやって……」
「お姉様にまかせなさい」
そう言うとカバンから湯沸かし器を取り出しタンクに投げ入れた。
「温くなったらカセットを変えればいいわ。それから、もっと水圧があってもいいよね。だったらこれを改良して」
髪を乾かすドライヤーを三台取り出し、いきなり分解した。
「何をするんです!」
「タンクに蓋をして風を送るの。熱くなくていいから風のカセットだけでいいよね。この大きさだと髪を乾かす程度の風じゃ足りないから、出力を上げてっと」
様々な金属のインゴットから、糸のような金属線やネジ、よく分からない形のものを作り出していく? なんで? どうなっているの?
「これはね、土の魔法で加工しているのよ。お姉様は魔法六属性持ちだから、細かい作業ができるのです」
魔法? 六属性? どういうこと?
「蓋は錆びないものがいいよね。かといって金じゃやり過ぎよね。そうだ、金属より石がいいかも」
お姉様は石で薄い蓋を作ると、真ん中に穴を開け作ったばかりの魔道具をはめた。
「これでいいわね。じゃあ確かめましょう」
洗い場に戻ってシャワーのレバーを動かした。
お湯は熱く、勢いがすごいことに!
「最初からレバーで水量を調節できるから調整は不要ね。お湯の温度も問題なし」
どこか物足りないと思っていた僕のシステムが、お姉様が少しいじっただけで完璧なものになった。
一人前になったと思ったらまだまだだった。
お姉様に褒められたからといって有頂天になっている場合じゃなかった。
僕はまだまだ未熟だ。ぜんぜん足りない。
お姉様と肩を並べるためにはもっと努力が必要だ。
僕は、ヒラタ伯爵に認められたことで思い上がっていたのかもしれない。伯爵も僕を手玉に取ろうと思いあがらせているだけかもしれないな。
ビオラさんも頑張っているけど……。
お姉様と離れすぎて、お姉様の偉大さを忘れていた。基準が甘くなってしまった。
事業が調子よすぎて足元をすくわれるところだった。
気を引き締めて今以上の努力を行わないと。
「ありがとうございます、お姉様」
「え? いいのよ。クリシュの作ったシャワーが素晴らしいから思いついただけですから」
そういって僕を褒めるけど今なら分かる。僕のシステムは不完全なおもちゃだったことを。
今僕にできるのは何だ? 王女様に対し最高のおもてなしをしてお姉様に恥をかかせないこと。
「では僕は王女様のおもてなしの準備を始めます。なにかアイデアがあったら、いつでも仰ってくださいね」
お姉様と楽しんでいる暇はない。僕は急いでメイン会場の教会に向かった。
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