第36話 二つのお別れ

「なんだ、わざわざ来てくれたのか」

シルドウッズの門前の街道で、自分の集落に戻るために馬車に積荷を運ぶオークたち。

その一団を見送りに来たのは、赤毛の少女と若きオークだ。

「うん、喜んでもらえるといいね!」

集落へと持ち帰る多くの物資を見て、カラントは我が事のように喜ぶ。

「おぅ、お前さんたちのおかげで稼がせてもらったぜ!」

金貨100枚ももちろんだが、真面目に仕事していたグロークロのおかげでサベッジたちオークも信用が少し上がった。

さらにカラントの屈託ない笑顔と態度で、若いオーク達も人間相手への無駄な敵対心が減ったので仕事の受注数を増やすことができていた。


「また戻ってくるとは思うがな。なんならお前ら、うちの集落に移住しねぇか!?」

冗談半分、本気半分で豪快に笑うサベッジに、カラントはちょっと耳打ちしたいから屈んでくれと、ジェスチャーする。


「グロークロと結婚したら、挨拶に行くね」


はにかんだ笑顔で告げてきたカラントに、サベッジがほぉ!ほぅほぅほぅ!とフクロウのような奇声をあげてニタニタとグロークロを見る。

「お前!このっ!しっかり稼げよ!!」

バァンバァン!とグロークロの肩を叩くサベッジ。

少し恥ずかしそうに笑みを浮かべて、カラントがグロークロを見上げる。

結構な勢いでオークに肩を叩かれながらも、グロークロもカラントに笑みを返した。


「なぁに?最後までうるさいなぁ」

「あぁ、残念、みんないい前衛だったのに」

見送りに来ていたのはカラントたちだけではない、治癒術師のスピネルと女魔術師のガーネットもだ。

「お、いっそお前らもついてくるか?嫁募集してる若いオークいるし!っでぇ!」

軽口を叩くサベッジの脛を、左右からローキックするスピネルとガーネット。


「流石にサベッジも馬買ったんだな」

「馬は集落でも使えますからね」


ラドアグとタムラが、若い馬が幌馬車に繋がれているのを見て呟く。

オークの若いものでも、この馬車を運ぶのは流石に酷というものだろう。


「おい、グロークロ」

馴れ馴れしくサベッジが、グロークロの肩を組み、耳打ちする。

「お前、ちゃんとお嬢ちゃんを守れよ?俺たちみてぇなオークだけじゃねえ、誇りもクソもないオークだっているんだ」

サベッジの心配は最もである。

「今だから言わせてもらうが『ノクタ』での約束を破るオークだっているんだからな?オメェも嬢ちゃんも相手を信じ過ぎる」

「……そうだな、気をつけよう」

再び、ばん!とサベッジがグロークロの背中を叩く。

「そこがオメェらのいいところだけどよ!」

ガハハハハ!とサベッジが笑い、グロークロの胸を軽くこづいた。


「それじゃあ姐さんお元気で」

「次は求婚します。若いオーク何人か連れてきますんで」

「数うちゃ当たるとか思ってんじゃないわよ!」

若いオークがスピネルに軽口を叩いては、尻を杖で叩かれている。


「タムラ、オメェには世話になったな。近くのオーク集落にもオメェの名前は伝えおくぜ」

「ありがとうございます。まぁ、しばらくはここに滞在することになるでしょうが」

タムラとサベッジが話していると、スッと、リグが懲りずに自分の頭の一部をサベッジに差し出してくる。

「……おう、ありがとうな!」

「!えへへへ!!」

初めてサベッジがそのブロッコリーを受け取り、リグは恥ずかしそうに嬉しそうに笑って、子供のようにタムラの後ろに隠れてしまった。

「あ、あと、剣、絶対捨てたり売ったりしないでくださいよ!」

「おぅ、うちのランプがわりに使うわ!」

世界樹の祝福受けてる剣やぞ。といいかけ、タムラはぐうぅと言葉に詰まる。


「そんじゃあまたな!」


騒がしいオークの一団が集落に帰るのを、仲間達は見えなくなるまで見送っていた。


「……寂しくなりますねぇ」

「本当だねぇ」


少ししょんぼりするリグを抱えて、カラントが同意する。

「大丈夫、また会えますよ」

二人を励ますタムラに、うんうんとスピネルが頷く。

「出会いと別れ。それが冒険者を成長させるものよ」

「英雄譚にはならないけれど、思い出話には事欠かないわ」

ふふふと、ガーネットが笑う。

「英雄譚ねぇ、そりゃ、一度はでっけぇ大冒険してみてぇけどな!金銀財宝!『魔神』退治とか」

ヒヒヒと蜥蜴人がいつもの笑い声を上げる。

「ま、俺らみてぇな平凡な冒険者は魔獣退治でいっぱいいっぱいだがな」

「『魔神』退治とか、流れの冒険者ではなく、お貴族様や英雄様が討伐に行くでしょうしねぇ」

その日暮らし、運がければ一攫千金を狙う冒険者たちの後ろで、こそり、とカラントが隣のグロークロに問う

「……グロークロも冒険したい?」

「そうだな……」


オークの集落にいるときは、考えもしなかった。

集落と、あの森、あの小さな狩猟小屋がグロークロの世界だった。

こんな街にきたり、人間と一緒になるなんて、少し前のグロークロに、教えたら信じないに違いない。

お宝と名声探しの旅は、きっと心躍るものだろう。

もしも探しにいくなら、我が妻の『願いを叶える』ために。

「お前の『願いを叶える』ためなら、そうだな。奪い尽くそう」

オークの不穏な言葉だが、長く付き合った少女には冗談だとわかっている。

「『願い』はね、ふふふ、いっぱいあるよ。あとで一つ一つ教えてあげる」

少女が無邪気とは言い難い、いたずらっ子のような、どこか艶っぽい笑みを浮かべる。

むっ、と、オークが翻弄されてしまうほどだ。

しかし、その少女の抱えているブロッコリーが、ハワワワワワ!と顔芸をしているものだから色っぽさが激減している。


ーーーまさか王都から七体も『魔神』が出ている事も知らず、彼らはシルドウッズの門を再び潜ってギルドへと向かうのであった。


*****


「かくして、聖女は地下牢。獣も出せず、仲間は皆死んだか、狂人か、囚われか」

薄暗い地下牢で、セオドアは囚われの聖女を前に一人呟く。

召喚獣の聖女ともてはやされた桃色の髪の美しい少女は、もはや見る影もない。

囚人用の衣服に、手枷、足枷。

子供を殺された貴族達の怒りはこの少女を徹底的に痛めつけたのだろう。

手入れされていた長い髪は今や惨めなほど短く刈られ、背中には私怨のままに打ち付けられたのか皮膚が幾重にも裂けていた。

「助けてください!私!私知らなかったの!」

鉄格子越しに、少女がセオドアに嘆願する。殴られた時に歯でも折れたのか、前歯がなくなっていた。

「『チュートリアルキャラ』とはなんだい?」

少女と会話をするつもりはなく、ただセオドアは自分の疑問を投げかけてみる。

「そ、その、戦闘の流れを知るための練習です。練習だから死なないし、簡単だし!特典で強くなれるって!」

助けてもらえるかもと、フリジアは藁にもすがる思いでセオドアに媚を売る。

「そういうキャラクターなんです!だから、そうだ。カラント!あのこがそうなんです!あの子を殺せば強くなれるの!だからその子を連れてきてください!」

「どうやって知った?」

セオドアの言葉に、フリジアが固まる。

「どうしてって……」

「どうやってその子がチュートリアルキャラとやらだと知ったんだい?」

「わからない、でも、私は知っていたんです!そうだって!間違いないって!楽にレベリングできるようになればいいなって!!だから!死なないでって!」


あぁ、とセオドアは目の前の少女を見る。


『世界の外のナニカから託されたのか』

予想通りの、つまらない原因だ。

『それで、カラントちゃんの奇跡を勘違いした?いや、わざと間違えた情報を与えられたのか』


この世界の裏だか外だかにいる、肉体を持たない大きな存在があり、面白半分でこちらのものを弄る。

それは古の時代から起こりうることで、稀有な魔法や、魔法道具。そして今回は人間への託宣として与えられた。


「君はそんなくだらない事を信じたのか」


セオドアの言葉を、フリジアのエメラルドのような目から光が消える。


初めから、フリジアは地道に召喚の術を研鑽し、それ以外の魔術も学ぶべきだったのか。

しかし、それでは彼女はやがて魔神の遺跡へ向かい、肉体を持つ『魔神』をより多く世界に放ったかもしれない。

いや、そもそも、魔神たちが遺跡からあそこまで出れるほど力をつけたのは、カラントが死に続け、世界のバランスを崩したせいだろう。


では、やはり、この子が、カラントを『殺し続けたい』と願ったから。


カラントの『奇跡』を歪めず、世界の流れを壊さず、召喚の術を磨いていれば。

間違いなくこの国はより強く、豊かになれただろう。


いやそもそもが、外のナニかこの娘に情報を与えなければ。


自分で選んだ結果とはいえ、なんて愚かで可哀想な子だろう。

どう言葉を続けるべきかわからなくなったセオドアに、フリジアは己の潔白を主張する。


「私は誰も殺してないわ。みんなをころしたのは『魔神』でしょう!?私はしらなかったのよ!そんな事聞いてないわ!あの女なんて死ななかったじゃない!」

「アルグラン令嬢は」

セオドアは愚か者を見るような目で、少女に告げる。

「成績優秀な魔術師見習いだった。領地の為に氷魔術を積極的に学んでいた。家族からも愛され、期待されていた。それを全部君が奪ったんだ」


それを聞いて、フリジアがへらりと笑みを作ったのをセオドアは見逃さなかった。


カラントも不幸になっていると思い、彼女は喜んだ。

罪の意識もないこの娘への同情は、もはやかけらもなくなってしまった。


「だから、君の死刑の日。彼女をとびっきりに着飾らせて、ケーキでも食べにいくよ」


君が死ぬ日も教えてやらない。

と、セオドアは笑ってみせる。


「それではさようなら、聖女様」


セオドアは踵を返してその牢屋を後にした。

「待って、助けて!助けてよぉ!ちくしょう!死ね!お前も死ねぇぇぇ!」

聞くに耐えないフリジアの嘆願が、牢に響いた。


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