第29話 緑の破滅
グロークロがカラントを抱き寄せたまま逃げようとするのを見て、雷を纏う馬が器用にも笑って見せる。
この召喚獣の力を使えば、あのオークごと雷で焼き尽くすのは容易い。
だが、それでは、つまらない。
あのオークがあの少女を守るというなら。
「【ゾンビはそっちのオークに向けてっと】」
すでに腕や頭がもげているゾンビどもが、なおもグロークロにゆっくりと向かう。
「【こっちは、ほらほら!まずは死にかけ!お前だぁ!】」
剃髪している人間を追い立てるように、召喚獣が雷撃を飛ばす。
「ちっ!」
タムラがが嫌な顔をしつつ、器用にもゾンビや遮蔽物を使って逃げていくので、魔神は上機嫌に笑う。
すでに魔道具馬車を壊しているが、逃げる手段が潰されたなら、走って逃げ出すかもしれない。
それはそれで狩る楽しみがあると、魔神は機嫌をさらに良くする。
「【おいおい、中にまだ一匹いるなぁ!】」
治癒術師が馬車にいると気づき、雷撃が馬車を焼く。
「っきゃあああ!!」
間一髪、スピネルはリグを抱き抱えて馬車から飛び出したため、ギリギリで黒焦げにならずに済んだ。
「【ギャハハハ!!】」
逃げ惑う女の声が心地良いとばかりに笑う魔神に、こっそりとサベッジが魔法の巻物を準備する。
一度放てば巨大な火球が敵を焼き尽くすと聞いているが。
『くそっ!場所が悪い!』
全員遊ばれるように雷撃から逃げ惑っているせいで、巻き添えにしないタイミングが掴めない。
『サベッジのおっさんの援護しねぇと』
ラドアグが懐の投擲剣の残り本数を数える。
おそらく、あの獣を殺せる手を持つのはサベッジか、ガーネットだけだ。
『いや、先に嬢ちゃんだな』
ラドアグは隙をついて、リグを抱えて逃げ惑うスピネルの元へとかける。
「おい、俺援護、お前嬢ちゃん」
グロークロの方を指差すと、スピネルは頷き、走る。
この短いやり取りだけで『グロークロとカラントを援護しろ』という意図が伝わったらしい。
しかし、なぜか「お手伝いできます!」と、リグがラドアグに飛び乗ってきた。
ん?俺はブロッコリー抱えてゾンビと戦うん?
と考えるが、すぐに金貨100枚と思い出し、ラドアグは気力を振り絞る。
カラントに近づくゾンビは、グロークロが吠え立て、切り捨て、殴り飛ばしてるが、ほぼ全てのゾンビを相手しているようなものだ。
『いくらオークでもやられるぞ!?』
ラドアグもグロークロの援護に入ろうとした時だった。
「召喚獣の方へ向かってください!」
ラドアグに片手で抱えられたブロッコリーが叫ぶ。
「悪りぃな。あの馬の相手じゃあ黒焦げになっちまう」
「これ!これなら!」
リグはその小さい手でラドアグの投擲剣を指差す。
「やれます!」
普段のラドアグならば、一笑に付して耳を貸さなかっただろう。
しかし、よく見れば投擲剣は淡く緑の光を放っており、そのドリアードがなんらかの魔法を付与しているのがわかった。
「わかった」
ラドアグは、自分でも不思議なほど、あっさり従ってしまった。
「こっちだ!暴れ馬!!」
「【お、やるかぁ?トカゲちゃん】」
暴れる雷撃馬の正面に立つラドアグ。
ニタリを笑って、トカゲの黒焼きでも作ろうかと雷撃を放とうとした時だった。
ふと、魔神はなんとも言い難い不快感を感じて、戸惑う。
『なんだ、俺ではない、この体の召喚獣が怯えている?何に?このトカゲに?武器か?魔法か?』
奇妙な感覚に好奇心をくすぐられた隙に、召喚獣の体に音を立てて投擲剣が刺さる。
これぐらい、ほぼ意味はない。はずーーー
「【ぐっ!げっ!】」
投擲剣が淡く緑色に光り、そこから肉がボトボトと溶けていく。
「【なんだぁ?毒?違う、違う!?これは。あのドリアードか!?】」
体を走る魔力に、魔神は覚えがあった。
世界樹。あのクソボケ日和見か!と魔神が心の中で毒づいた。
「【おい!ふざけんな!そりゃああんまりだろぉ!!】」
「知るか!」
リグを肩に乗せたまま、ラドアグは手持ちの投擲剣を全て投げて命中させた。
刺さった側から、白い馬の肉がドロドロと溶けて、前脚が崩れていく。
その巨体を支えきれず、馬はバランスを崩して動けなくなる。
「はっはぁ!!召喚獣なんてこんなもんです!!ばーか!バーーーカ!」
少ない語彙で罵倒するドリアードを抱えたまま、ラドアグが雷撃を避け、仲間の方へかける。
「おい、あんたの力ならもっとパァーッと使えねぇのかよ!?」
「今、僕ができるのは武器に力を込めることだけですぅ!」
「そうかい!上等だぁ!!」
つまり、一番この場で攻撃力の高いやつにこのブロッコリーを渡せば!
「受け取れ!サベッジ!」
大剣を持つオークに、蜥蜴人はブロッコリーを投げつけた。
「【待てぇ!】」
初めて焦った声を出す魔神。雷撃が投げられているブロッコリーに命中した。
「リグーーーー!!!」
「うぉぉぉぉぉ!リグが燃えたーーー!!」
地面にべちゃりと黒焦げになったブロッコリーが落ちる。
「【あっぶねー。いや、面白い絵面だけどヨォ!?】」
魔神が安心した、次の瞬間。むくり、とブロッコリーが立ち上がる。
「【へっ?】」
「わ!わぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
リグが叫ぶ。走る。
子供がやけっぱちになって、いじめっこに立ち向かうような雄叫びだった。
「は、ははは!」
初めてこの奇妙な生き物に出会ったことを思い出し、思わずグロークロが笑った。
そうだ、鶏に
リグに、ドリアードに『痛覚』などない。
「サベッジさん!サベッジさぁぁぁぁん!!!」
「おおおおお!?うお!?オオオオオ!?」
頭に未だ火種の残るブロッコリーが走ってきて、足にしがみつかれるオーク。
当然、わけもわからず混乱するサベッジ。
「剣!剣!!!!」
「はよ叩っ切れ!!!」
リグの力を知るタムラとラドアグが、サベッジの大剣が淡く緑に光る事を叫んで伝える。
「【待てよ!そんなー】」
魔神の不満は最後まで言葉になることはなかった。
なんかよくわからんけど斬れるらしい。
それだけ分かれば、オークはその大剣を振りかぶりーーー
「くたばれ!!」
その馬の首を横なぎに切り落とした。
音を立てて地面に落ちた馬の首は、なおも笑う。
「【こんなん、ありかよ?あー、残念】」
それを最後の言葉として、白い馬はどろりと溶けた。
動く死体も、糸が切れた操り人形のように、どちゃどちゃと地面に崩れ倒れていく
「終わったか?」
カラントを抱き寄せ、剣を手にまだ警戒するグロークロ。
その横で杖を構え続けるスピネル。
「おし!オメェら警戒続けろ!他に動くもんがねぇか!?ゾンビは全部潰せ!」
終わったと、安心しそうになる仲間たちに、サベッジは声を張り上げて緊張感を緩ませないようにする。
タムラとラドアグが、ゾンビが動かないか確かめ、ガーネットが周囲に隠れている敵はいないか、灯りの魔法を増やす。
「カラント、痛いか?」
グロークロがカラントの血に汚れた胸元を、その手で拭う。
「そ、そんな大した、傷は、ないよ」
殴られた跡が残っているのに、少女は気丈に笑って見せる。
「おい、なんだこの傷は。爪でやられたのか?」
言っておくが、カラントは全裸である。
グロークロが、傷つけられたカラントの乳房を真面目に心配するのだが、こうしてまじまじと胸を見られればカラントとて羞恥で顔を赤くする。
「毒の類ではないか?変色はしてないが……」
少女の胸の先に息が掛かるぐらい、グロークロが胸元に顔を近づけている。
恥ずかしさのあまり、ひぃん、とカラントが縛られたままの手で顔を覆い、スピネルがそのオークの頭をぶっ叩く。
「離れろバカ!」
スピネルの罵声に、先ほどまで怪力無双の働きを見せた若いオークは、それはそれは情けない顔でおとなしくなる。
スピネルが自分の
「カラントぉぉぉぉ!!!」
リグはサベッジから飛び降りると、グロークロとカラントの元に走る。
とびつくリグを抱き抱えて再会を喜ぶ少女。
「全員生きてるのよね?」
「生きてる」
「ちょっと、休憩させてくれ」
スピネルの言葉に、男たちがようやくその場に座りこんだ。
「あぁー死ぬかと思いましたよ、もー」
タムラが大きな声を出してその場で大の字になって倒れる。
自分の馬はこの戦闘でどこかに逃げてしまったようだった。
全く、大損だ。赤字だ。とんでもないことだ。
あぁ、しかし
「よかったぁぁぁぁ!!!
「誰だそれは」
「ありがとう、リグ、ごめんね……グロークロもありがとう」
オークと少女と、ブロッコリーが泣いて笑って微笑み、抱き合ってお互いの無事を喜んでいる。
「よかった」
男は、自分の仕事に、判断に満足して空を仰いだ。
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