第19話 見つける見つかる
「やぁだぁ、働きたくなぁい」
ペソペソと駄々をこねる三十代半ばの美丈夫が、馬車に押し込まれている。
「仕方ないでしょう。王都に呼び出されたのですから。」
主人セオドアを馬車に押し込むのは、動く鎧のシャディアだ。
「それに、あなたの魔道具馬車ですから、早く着きます」
普通の馬車と近い、繋がれているのは黒い鎧で作られた首なし馬だ。
休む必要もなく、速度も速い。ただ乗り心地だけは最悪な馬車である。
「ヤダヤダヤダァ。向こうがくればいいじゃない!」
「王家の呼び出しです。あとハウンドダガー家の問題もあるんでしょう?」
おそらく、あの騒ぎをどう手打ちにするのかの話し合いだろう。
あの騒ぎから一週間も立っているのにハウンドダガー家からはろくに返事がない。
「でもぉ、僕がいないとみんな寂しいだろう?」
「……」
「あっ!無言でアイアンクローはやめて!頭壊れちゃうのぉぉぉぉ!!」
結局、馬車に押し込まれたセオドアが、大きなため息をつくと馬車が走り出した。
「ハウンドダガーの坊ちゃんの始末と、アルグラン家への返事、王との話し合い、根回し、もーめんどくさぁい……やだぁ」
唇を尖らせて、美丈夫はつぶやく。
「絶対、あそこにいた方が面白かったのに」
*****
本来の目的であった。行商用の商品もいくつか仕入れ先を見つけた。
今回は石鹸や髪用の洗粉も仕入れてみる。
さて、では次の行商ルートはどうしようかと、タムラが冒険者ギルトの隅のテーブルで地図を眺めている時だった。
トテトテトテと、可愛い足音をさせて、手足の生えた大きなブロッコリーがやってきた。
スキップをして跳ねてくるブロッコリー。
「タムラさーん」
リグがそれはそれは嬉しそうに、タムラの足元にやってくる。
「おや、どうしましたリグさん」
「今日は!僕も一緒にお仕事に来ました!」
ふんす!とやる気いっぱいのドリアード。逆に困惑するタムラ。
「あいにくですが、今日は私は力仕事はしない予定で……」
え、と、元気をなくし、途端に萎びるブロッコリー。
「そうですか……タムラさんとなら心強かったのですが……いえ!僕も頑張ります!一人でもできるところ見せてやります!」
ふんす!ふんす!とリグは冒険者ギルドの受付に向かう。
すごい困った顔で受付の山羊獣人の職員が、助けてくれとタムラを見てくる。
そんな職員に気づかず、受付カウンターに一生懸命登り、やる気いっぱいで仕事を探すブロッコリー。
「リグさん、今日はカラントお嬢さんや、グロークロさんは一緒ではないのですか?」
ちょっとでも引き留めようと、タムラが声をかける。
「二人は、うふふ、秘密ですよぅ!!」
嬉しそうに照れ笑うリグの頭から出た緑色の触手で、タムラはパァンと肩を叩かれる。『なぁにぃ?今の触手、今までそんなのなかったじゃなぁい???』という顔をするタムラ。怖い。ドリアード怖い。
カラントとグロークロを二人っきりにした事ではしゃいでいるリグはウキウキと仕事を探す。
「あ!そうだ!先に水晶洞窟行ってみようかな!すみません!洞窟でのお仕事ありますか!?え!薬草取りと、水質調査!?やりまーす!」
周囲がタムラを見てくる。お前んとこのドリアードだろ?面倒見てやれよ。という視線だ。
「……同行します」
観念したようなタムラの言葉に、リグはパァァァっと笑顔になった。
*****
同時刻。
「旦那、この子にプレートメイルは重すぎるよ」
「それならもっと軽量化されて、頑丈なものはないのか?」
グロークロとカラントは武具店に来ていた。カラント用の防具を見積もっているが、何せ視点がオークだ。装飾よりもいかに頑丈かにばかり目がいく。
「鋼鉄製はやめときな。あの子の動き方を考えるなら革鎧が一番だね」
「ではそれを。靴はどうだ?今度水晶洞窟に行くんだが」
オークの言葉に、ふーむと店主の男はカラントを見て答える。
「あそこは踏み慣らされて歩きやすいが、滑りやすい場所もある。心配なら靴に滑り止めをつけてやる」
「頼む」
着せ替え人形、ただし防御力の機能性重視ーーとなっているカラントは緊張でなされるままである。
「お嬢ちゃんの武器は?」
「俺だ」
真面目に答えるグロークロに、店主は「そりゃあ無敵の武器だな」と大笑いする。
過保護に扱われているカラントが顔を赤くするのを見て、悪い悪い、からかうつもりはなかったんだと店主が謝る。
「短剣と、持ち歩くなら杖ぐらいか。ずっと剣を振り回すスタミナはないだろ?」
店主の見立てに、はい、とカラントは頷く。
革鎧でも結構な重さだ。あまりゴテゴテとつけると彼女がスタミナ切れでへばるのは簡単に予想できる。
「胸部と背中を重点的に革鎧で守って、フードは厚みのある奴にしとくか。
革手袋も丈夫なやつが入ったんだ。エルフが作ったとかだが、あいつらサイズで小さくて売れなくてなぁ」
エルフ、と聞いてグロークロは顔を露骨に顰める。
「おい、エルフ紋様は入ってないだろうな?あいつらそうやって自分たちの種族の力の誇示に使うからな」
「入ってない入ってない」
なんでオークはそんなにエルフを毛嫌いするかねぇと、店主は呆れ顔だ。
「あと、見せてもらった短刀だが、こりゃあ切れ味はいいが、力加減を間違えると折れちまうから気をつけな。鬼辰国のはそういう作りだ」
手入れを頼んでいた、黒鞘の短刀を返してくる店主。
確認すれば、あいも変わらず鏡面のような刃が煌めいた。
「あと、あんまりそれで変なもの斬るなよ」
店主は困惑した顔で、カラントを見つめる。
「鬼辰国の刃物は斬れば斬るほど魔性を帯びるって話があるんだ。大抵、その前に使い手が死ぬか刀が折れるかなんだけどな。もしも変だなって思えば、神殿に奉納するか、鬼辰国に返すとか考えとけ」
こくん、とカラントが頷く。
大丈夫、これは自害用だからと言いかけて止めたのは良い判断だった。
*****
最低な街だ。
キャンディは無表情で、心の中で悪態をつく。
シルドウッズに来て、わざわざ領主であるアールジュオクト家に挨拶に向かってやれば、主人は王都に向かっていて入れ違いになる。
カラントを確保するための協力を得たかったのに、一つ手段が潰される。
フリジアの取り巻きはーーーとはいえお気に入りではない二軍の男どもーーーもしかしたら娼館で働いているかもしれないと、情報収集してこようと、早速そちらに向かって行ってしまった。
バカどもめ。と、キャンディは毒づく。
『今回の名目は水晶洞窟での腕試し。秘密裏にだけれども、「遠距離での召喚獣の使役についての試験」と「カラントを回収」』
彼女たちの衣装も学園の制服と簡素なデザインだが上等なマントだ。冒険者にも平民にも見えないだろう。まぁ、貴族の道楽だと思われている方が動きやすい。バカな仲間は好き勝手にやらせて、使える時に使えばいい。
『あの男が暴れたギルドによってみましょう』
くつくつと、キャンディは笑う。
綺麗な顔と厭世的な態度で、女子生徒の憧れだったあの男。
あれが、手のひらを返したようにフリジアの犬になっている様はなかなかに愉快だった。度々、フリジアの足を嬉々として舐めているシーンを見せられた時には辟易したが、此度の騒ぎでの無様な姿を見れなかったのは残念だ。
フリジアは無関係を貫き、ハウンドダガー伯爵家も彼を冷酷に処罰するだろう。
そう、考えていた時だった。
「これ、買います」
雑踏の中で、聞き焦がれた声を、キャンディは逃さなかった。
自分と同じぐらいの少女が、露店の前に立っていた。
見ているのは香辛料を売っている店だ。赤や黄色の粉末を楽しそうに選んでいる。
見つけた。
キャンディは人混みをかき分け、目を見開いて彼女に近寄る。
見つけた見つけた見つけた。
あぁ、こんなに簡単に私に見つかるなんて、なんて不幸で可哀想な子!!
手を伸ばして捕まえよう。抵抗なんてさせない。麻痺毒の魔術を覚えたの。
あなたのために、あなたのために、あなたのために!
「それを、買うのか?」
あと少し、というところで、キャンディは足を止める。
彼女に寄り添うように、屈強なオークの戦士がいた。
ぐひっ、とキャンディの表情が汚い笑顔に崩れる
なーんだ。なんだ!あの子!オーク相手の娼婦になったのね!!
逃げ出したはいいものの、だーれも助けてくれなくて!オークなんかに股を開いたのね!きっと毎晩毎晩あの傷だらけの体に性欲をぶつけられて、あぁ汚い!あぁなんて愛しい!いいわ、カラント、今度から『そういう相手』を用意してあげる!
下卑た考えのキャンディに、カラントもグロークロも気づかないで会話を続ける。
「辛いのは嫌だ。困る」
「少しだけにするから。この間の白鎧虫も美味しかったでしょう?」
「あれはなぁ。流石に見た目が……ほら、よこせ、俺が持つ」
「ありがと。他のお店も見たいな」
楽しそうに笑う少女に、愛おしそうに見つめるオークの男。
手も繋がず、腕を組むことはなかったが、二人は慣れた街の中を並んで歩いていき、露店を時々覗いていく。
飾り切りをした花の形の石鹸を売る店を見つけて、オークの男が指差す。
少女が興味深そうに露店を覗いて、その色とりどりの石鹸に負けないぐらいの、花のような笑顔を見せる。
オークの男が、店主に何か言って一つ、可愛らしい石鹸を包ませている。
「ねぇ、ほんとにいいの?」
「いい」
「ありがとう……!」
頬を赤らめてプレゼントを受け取る少女。満足そうなオークの男。
二人はそのまま歩いていく。
……は?
キャンディは思わず立ち止まる。
なんで、なんで、なんで、なんで?なんであんなに幸せそうなの?
なんで、なんでオークなんかにあんなに幸せそうに笑うの?
ダメじゃない、ダメよダメダメダメ……
あの子は泣き叫んでいる顔が、絶望している顔が可愛いんだから!
すでに人混みで、あの二人は見えなくなっていたが、キャンディは二人が消えた方向を睨み続けるのであった。
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