第6話 怒れるオーク達
カラントを返せ?
訳のわからぬ要求をしてくる肉塊に、グロークロは返事もしない。
「おい、グロークロ、カラントってあの子だよな。どういうことだ?」
他のオークがグロークロに問うが、返事をするのはその肉塊だった。
「私は、カラントを連れ戻すように命令されました」
「カラントを返していただければ、あなた方には近寄りません」
「お話をしましょう」
グロークロは、また一つ、肉塊にできた女のような艶かしい口を剣で潰す。
『カラントが怯えていたのはこいつのせいか』
他のオークが放った矢が肉塊に突き刺さるが、肉塊は言葉を続けながら進む。
「お話をしましょう」
「そうか」
初めてグロークロは返事をする。良い反応があったと、肉塊が口角を上げたのがわかった。
「あの子を痛めつけたのは?お前か?」
「捕獲するために、噛みつきました」
正直に答える肉塊、その言葉にグロークロは森でみた、あの奇妙な狼を思い出す。あの獣が何故かこんな姿でここまで来たらしい。
「お前の主は、カラントを痛めつけたのか?」
肉塊は嘘をつかない、嘘をつくような知能も、判断能力も、そして命令も受けていないからだ。
「はい」
「死ね」
グロークロはまた肉の大部分を削ぎ落とす。
肉塊にはわからない。どうして人間の娘1人をこのオークたちは渡さないのだろうか。
グロークロは肉塊を見据え、別のオークは肉塊の言葉を族長に報告しに集落へと戻った。
肉塊のぬらぬらとした表皮が感じるのは、オークたちの怒り、殺意、激憤。
「主人は誰だ。答えろ」
肉塊に作られた口は『答えてはいけない』とようやく判断し、口をつぐむ。
そんな口ならいらないとばかりに、グロークロはまた一部を削ぎ落とした。
肉塊は判断する。交渉は不可能、こうして邪魔をするなら、すべて潰してしまおう。
グロークロは桃色の肉塊の表面が波打つのに気づく。
「気をつけろ!!」
肉塊の中から、かつてグロークロの内蔵をこぼれさせた、槍のような骨が飛び出す。肉塊に近寄りすぎていたオークたちの悲鳴が上がる。
「カラントを返してください」
「カラントを返してください」
「カラントを返してください」
「さもなくば、あなた方を全員殺します」
数名のオークがたじろいだのがわかり、この言葉を効果的と判断した肉塊は同じ言葉繰り返す。
カラントを返せ、さもなくば殺す。全員殺す。
「カラントを返しなさい、さもなくば、全員ころびゅっ!!!」
肉塊の表面に浮き出た口の一つに、鉄塊が振り下ろされた。
ぶちぶちぶちぶち!と肉と筋を破り、鉄は地面まで叩き下ろされ、雷でも落ちたような轟音があたりに響く。
肉塊には意味がわからない。なんだ、なんだこの威力は。
「お前らぁ!!!」
吠えるのは、族長の女オークだった。彼女は笑っていた。
殺すべき相手が現れたことに、心から、笑っていた。
そう、オークたちがたじろいだのは肉塊の言葉にではない。肌を突き刺すような怒りと殺意を噴出させたこの女族長がやってきたからだ。
「聞いたか!こいつだ!こいつは!あたしたちの敵だ!」
稲妻のように通る声に、空気が震える。
「あの子に傷をつけたのも、こいつの飼い主だ!」
そう叫んで、二度目の肉潰しが行われる。イナヅは戦鎚で肉塊を容赦なく遠慮なく慈悲なく叩きつぶす。他のオークとは比べ物にならない攻撃に、肉塊の全ての口が悲鳴をあげた。
「お前達!思い出せ!あれが戦士の傷だったか!?違う!職人の傷だったか!?違う!あれは!抵抗も許されずに!大勢で痛めつけた傷だ!」
カラントの手や足の傷を、集落のオークたちは一度は目にしていた。
そして、あの娘が闘いなどできないぐらい弱いことも、わかっていた。
「そんなクソ野郎があたしたちの集落から!奪おうとしている!ふざけるな!卑怯者が!あたしたちを殺して奪おうなどと!大馬鹿ものめ!!」
わはははは!とイナズは怒り狂い、なおも哄笑する。
「我らから、石一つ奪わせるものかよ!!!」
イナヅの言葉に追従して、オークの戦士がそう叫んで大斧を振るう。まだ小さい息子はよくカラントと遊んでいたのを思い出していた。
「おうよ!お前の主人を連れてこい!そいつも殺してやる!」
とっておきの毒矢を射かけるのは、鶏の世話係のオークだ。
カラントがあの奇妙なドリアードと共に、鶏の餌やりを手伝ったのはつい昨日のことだった。
「アンタぁ!!!そいつをぶち殺すまで帰ってくるんじゃないよォ!!!!」
前線で戦う旦那に向けて、拳を振り上げて檄を飛ばすのは、カラントに石鹸を分けてやった女オークだった。なんなら自分も戦闘に加わらんばかりだ。
肉塊から飛び出す鋭い骨、飛び散るオークたちの血と肉片。それでも彼らは止まらない。悲痛の叫びはなく、ただ激昂して吠えるオークたち。
「カラントを返しなぎゃ」
「カラントを渡せば、あなた方には手を出しまびゅ」
「カラントをつれべっ」
なおもオークたちを惑わそうと肉塊は言葉という『音を出す』が、オークたちの耳には入らない。
そして、ある瞬間から、オークたち全員に不思議と力が湧いてくる。
傷が見る見るうちに癒えていく。それとは反対に、肉塊の再生能力が鈍っているのは目に見えてわかった。理由は誰にもわからなかった。
「肉を削げ!叩きつぶせ!切り続けろ!」
イナヅは吠える。
「父祖に語るがいい!姿も見せぬ卑怯者の使いを叩き潰したと!子に伝えるがいい!我々は正しき守りを行ったと!」
オークの戦士が、
吠える。吠える吠える吠える
肉塊は削がれ抉られ焼け腐り。
そして、勝鬨を、あげるのはオークたちだった。
ーーー……
石造りの家の中からでも聞こえるオークたちの勝鬨にリグは、あぁと小さな声を漏らす。
「勝ちましたよ、カラント」
返事はない。
「きっと怪我人もいないでしょう」
返事はない。
「すぐにグロークロさんが帰ってきます」
返事はない。
「カラント」
リグの緑色の小さな手が、床に倒れ伏すカラントの手を握る。
少女は、もらった短刀で自らの胸を突き刺していた。
床には血溜まりがゆっくり広がり、『今は』死んでいる。
その表情は、どこか満足げに微笑んでいるようだ。
「どうして、あなたは」
リグの言葉に答えはない。広場から歓声が上がったのが聞こえた。
きっとすぐにグロークロが帰ってくるだろう。
「リグ」
『死んでいた』少女は、ゆっくりと目を開け、小さな声でドリアードを呼ぶ。
「叶ったかな?」
「えぇ」
「よかった」
力も入らず、震える手で少女は自らの胸に突き刺さった短刀を抜こうとする。
体を動かすのも辛いのは、血が流れすぎただけではない。
短刀がうまく抜けないのを見て、ドリアードが手伝い、ようやく短刀が抜けて床に落ちた。痛みに呻き声をあげ、せっかくの服が血で濡れていくが、その傷口はぐちぐちと耳障りな音を立てて治っていく。
「ごめんなさい」
少女の謝罪の言葉にドリアードは何か言葉をかけようとするが、その小さな口をキュッと閉じる。
「カラント、もうこんな事しないでください」
「うん」
「グロークロさんには伝えますよ?いいですか?」
「うん、怒られちゃうかな」
ふふ、と少女は笑う。小さな小さな声。
どうか、滅茶苦茶に叱ってほしいものだとリグは思う。
「ごめんなさい。泣かないで」
声を抑えて泣き続けるドリアードに、カラントは謝る。
「だって、だって。こんな、痛いのに、怖いのに」
ドリアートは泣きつづける。慣れるはずもないのに。
何が倒せばレベルアップだ。何が経験値が手に入るだ。
彼女の本当の奇跡は、ふざけた願望で歪められ、汚された。
ごめんなさいの一言を最後に、カラントは目を瞑った。
扉が開く、グロークロの驚きとも怒りとも取れる大きな声が聞こえる。
あぁ、嬉しいなぁ。自分を悼んでくれる声なんて。
彼が悲しむのに、喜んでしまうなんて。
私って、とっても悪い子。
*****
「説明しろ」
カラントを寝台に寝かせ、グロークロはそのドリアードを睨みつける。
傷は治っているが、血だらけの服に、血に濡れた短刀を持つドリアード。
「俺は!こいつを!頼んだはずだ!!」
激昂してテーブルに拳を叩きつけるグロークロ。並の人間なら怯えて言葉も出なくなるほど怒り狂うオークを前に、リグは真っ直ぐに彼を見つめる。
「グロークロさん、もう気づいているでしょう。何せ二回目ですから」
彼女を突き刺した短刀の血と脂を拭き取りながら、リグは答える。
何も知らない者がみれば、リグがカラントを刺したと思えるような光景なのに、そこに思い至らないのがいい証拠だ。
「自分で、刺したんだな」
グロークロの言葉に、リグは小さく、頷いて見せる。
「……魔法の指輪の御伽話はご存知ですか?宝石を三度撫れば一つだけ願いを叶えてくれる魔神が出るお話です」
その声は、いつものリグとは違い、静かな声だった。
「カラントはそんな、願いを叶える『奇跡』を身に宿しています。『自分を殺した相手の願いを叶える』本来なら誰にも見つからない、人生で一度だけのまるで御伽話のような奇跡」
悪人に宿れば勇者に倒され、勇者に恩恵を与える。
善人に宿ればその身を犠牲にして、民草の救いになる。
場合によっては一生見つからず、使われずに終わる奇跡。
「そして、彼女は『一つだけの願いに『無限に願いを叶えて』と願う小賢しく、強欲な悪人』に見つかってしまった」
奇跡を歪めた奇跡。
『殺されても生き返れ』と願われて殺されれば。
奇跡が歪む、終わりがなくなる。無限の奇跡の魔法。
殺されて、願いを叶えて、生き返り、殺されて、願いを叶えて、生き返り、殺されて、願いを叶えて、生き返り。
「話せ」
グロークロはリグの頭を鷲掴みにする。それは、答えなければ床に叩きつけると言わんばかりだ。
「もちろん。ただ一つお願いがあります」
純粋無垢なドリアードはオークを見つめる。
それは、ただの口約束。いくらでも後で反故にできてしまいそうな、か細い願い。
それでも、ブロッコリーの姿のした『ソレ』は、すがってしまった。
「この子を、助けて」
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