第26話 指名依頼


 名の知れた冒険者には名指しで依頼がくることもある。その場合、冒険者の等級によって指名料に違いがあるという。

 リュカのようなS級冒険者になるとその指名料だけでも高額だ。だから彼に依頼をするのは大抵、貴族か国家がらみの大きな案件であるらしい。



「今回は合同案件で……A級の他パーティーと、組んでいただくことに、なってますぅ……」


「……それが依頼主の意向なら、了解しました。合流するのはカルロのパーティーでしょうか?」


「は、はい……」



 どうやらリュカの知り合いの冒険者パーティーのようだ。こういった依頼も珍しくはないのだろう。彼は一人でヒュドラの討伐をやっていたくらいだからこの依頼も私たちで片づけるものだと思っていたが、依頼主から合同でやるように指示される場合もあり、その場合は依頼主の意向に従うものなのだろう。



「では、依頼の詳細を」


「はいぃ……今回は討伐依頼でして、その対象は、氷雪竜ですぅ……」



 今回の討伐対象は下位竜である。「氷雪竜」と呼ばれるもので、元から寒くない地域だろうと辺り一帯を凍り付かせて吹雪を起こすような、ヒトからすれば厄介な竜だ。

 水属性なので水竜の子孫なのは確定である。彼女は風竜と仲が良いので、その間の子だろうか。私が生まれてから竜が子供を成した姿は見ていないので詳しくはないのだが。


(属性の相性もあるから基本的には仲のいい相手の子供だよね)


 私たちは属性を司る竜だ。弱点属性の竜は本能的に避けていることが多い。……ただし相互関係の光と闇の竜に関しては、私と黒竜のように「好き」と「嫌い」に分かれるのかもしれない。上手くいけばお互いに「好き」で光と闇の混合竜という、人間にとっては嫌な性質の下位竜が生まれるのだろう。まあ他竜と合わない私が光の竜である以上、新しく光属性の下位竜が生まれることなどないが。



「……では、他パーティーとの合流を目指します」


「ご武運を……っ」



 私たちがこの街に来てからずっと慣れる様子もなくおどおどしていた受付嬢に見送られて、私とリュカはギルドを後にした。

 


「他のパーティーとは現地集合?」


「ああ。合流地は討伐対象がいる区域に一番近いギルドだから……そう遠くないな」



 私たちはちょうど依頼の土地に向かうように移動をしていたため、目指すギルドまでは十日とかからない。これならそこまで急がなくても充分間に合うと言われて安心した。

 乗り物に乗れない私としてはそうでなくては困る。いざとなればリュカだけ魔物車で移動してもらい、私は走ってついて行くことになっていただろう。



「そっか、よかった。……そのパーティーの人たち、リュカの知り合いなんだよね?」


「……昔の仲間の、子孫たちなんだ。孫……はしばらく前だったから、玄孫……いやそれよりももっと後だったか」



 なんと彼が冒険者を初めて間もない頃に組んでいたパーティーの子孫たちらしい。他のジン族とはほとんど関わらない彼でも、最初の仲間の子供たち、さらにその子供たち――という感じで二百年交流を続けてきたという。



「よっぽど大事な仲間だったんだね」


「そうだな。……あの頃も楽しかった。今も、君のおかげで楽しくやっている」



 そう言って微笑む彼は私を仲間として認めてくれているのだろう。過去の仲間たちと同じように、本当の仲間だと思ってくれている。


(……この依頼が終わったら、言おうかな。私、本当はハーフエルフじゃないんだ……って)


 私もリュカのことは大事な仲間だと思っている。だからこそ、嘘を吐き続けていることが苦しくなってきた。ちゃんと自分の本当を打ち明けて、そのうえで仲間だと胸を張りたくなったのだ。

 彼は私と居て気楽だと言ってくれた。それは私も同じだし、種族がどうであれ性格の面で私たちは相性がいいのは間違いない。……だから、そろそろ言える気がするのだ。


(よし、この依頼の間に覚悟を決めておこう。リュカに本当のことを伝えてみせる。……意気込むと急に怖いなぁ)


 竜の評判は、ヒトの中に入れば時折耳に入ってくる。竜を良く思っている人間なんて、その中にはいなかった。彼らはすぐそこに竜が化けた者がいると知ったら、きっとあの憎悪の目を向けてくる。

 私はリュカにあの目で見られるのが怖い。……せっかく、仲良くなれたから。けれど私が正体を告げない限り、彼との間にある超えられない線のようなものは残り続ける。それがある限り私たちはこれ以上親しくなることはできないように思う。


(終わったら言う……この依頼が終わったら、言う……)


 そうして内心で意気込みながらどことなく口数が減った二人旅を終えて、私たちは目的の町へとたどり着いた。発展具合としては私が冒険者登録をしたあの町に似ている。都市部ではなく田舎に近い感覚だ。

 その町で一番大きな宿を取り、さっそくギルドに向かった。時間帯的には日暮れ前でそろそろ皆終業時間といった様子だが、合流予定のパーティーが来ているかどうか確認するためである。

 そのギルドに足を踏み入れるといつものように一気に視線が集まった。そして――。



「リュカ! 久しぶりだな!」


「リュカー! こっちよ!」



 気軽にリュカへと声を掛けてくる者たちがいた。明るく笑う男性と、嬉しそうに手を振っている女性、そして無言でぺこりと頭を下げてくる男性。全員ジン族に見える。そんな三人組の方へリュカも歩き出したので、私もついて行った。



「よう、活躍は聞いてたぜ。さすがリュカだな。で、お前が固定のパーティーを組んだって聞いてシャロンが大騒ぎして」



 燃えるような赤い髪の青年は、太陽のように明るい笑みを浮かべて緑の目を細めながらリュカの肩を叩いている。腰に下がっている剣が彼の武器なのだろう。剣を使っている冒険者はよく見かけるので、スタンダードともいえる。気軽に接してくる彼のことをリュカが嫌がっているそぶりもないので、それなりに親しそうだ。



「ちょっとカルロ、黙って!」



 青い髪の女性が赤髪の青年を叩きながら言った。青年はカルロ、女性はシャロンという名であるらしい。

 女性はリュカを見て少し照れたような、恥じらうような顔を見せている。リュカに対して憧れのようなものでも――。


(……あれ、睨まれた……かな?)


 そんな彼女の髪と同じ色の瞳が、ちらりと一瞬私を見た。その目がとても鋭かったように思えて、首を傾げる。……まだ何もしていないので、嫌われるようなことはしていないはずだが。



「……リュカ、壮健そうで何よりだ」


「カルロ、シャロン、モルトン。皆、お元気そうでなによりです」



 もう一人の黒髪黒目の男性はモルトンというらしい。大きな盾を背負っているので、パーティーの防御役を担っているようだ。低い声で静かに話す様子が他の二人と正反対である。

 パーティーのバランスを考えると、手ぶらに見えるシャロンは魔法使いかもしれない。……彼女の傍にいた精霊はこっちに寄ってきてしまったのだが、ジン族にしては精霊に好かれる体質のようだし。

 


「……そちらの仲間を紹介してもらえるか」


「ええ。……こちらは、スイラ。ハーフエルフで、全属性の魔法を使います。肉弾戦も得意ですね、稲妻牛を素手で絞め殺せます」



 その紹介はどうなんだろうと思ってリュカを見上げた。たしかに私は稲妻牛を絞めたが、あれはまだ気絶させただけで命までは奪っていない。……と思うのだが、あれ、もしかしてとどめも刺してたのかな。



「ぜんっ……!?」


「いな……素手で!?」



 青い目と緑の目が見開かれてこちらに向けられた。その視線がなんだか落ち着かなくてリュカの陰に隠れたくなる。モルトンは顎を撫でながら「ほう」と小さく呟いているだけで落ち着いていたので、そこまで変なことでもないのだろう。ただ私の容姿は弱そうらしいから、ギャップに驚かれただけのはずだ。



「スイラ、道中で話しましたが彼らが私が臨時で組むことの多いパーティーです。順にカルロ、シャロン、モルトンといいます。接近戦はカルロ、魔法での攻撃やサポートをシャロン、メンバーを守るのがモルトンです」


「スイラです。よろしくお願いします」


「いやぁ、こちらこそ。一応俺がリーダーなんで、代表で握手させてくれ。よろしくな、スイラちゃん。……こんなに小さくて可愛いのになぁ」



 差し出されたカルロの手を握りつぶさないように慎重に握ろうとしたら、逆にぎゅっと手を掴まれた。まあこれなら潰す心配はないかと思い、そのまま手を添えるようにして握手を返す。……ヒトを触るのはまだ怖い部分がある。マグマスライムのように消し去ってはいけないし、力を籠めればヴァッハモスのように潰してしまうのだから。

 しかし、カルロはまじまじと私の顔を見つめてなかなか手を放してくれなかった。



「その、私は力が強くて……カルロさんの手を潰さないかが心配なので、放してください」


「あ、ごめんな。嫌だったか?」


「いえ、嫌なのではなく……傷つけないか、怖くて」



 つい先日弱い生き物を潰してしまったばかりの私としては、ヒトに長く触れるのは怖いのである。全く腕を動かせないままでいる私の困り顔を見たカルロはようやく理解したのか手を放してくれた。離れ際に「かわい」などと小さく呟いた声が聞こえたのだが、聞き違いだろうか。……いや、もしかして「怖い」って言ったのかもしれない。これ以上怖がらせないように気を付けよう。



「よし、じゃあ面子が揃ったんで打ち合わせといこうか!」



 笑顔のカルロに軽く背中を押されて、慌てて彼に合わせて動く。……気軽に触るの、やめてくれないだろうか。

 いろいろな意味で心配になる、依頼の始まりだった。



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