第7話 初・冒険者ギルド




 エルフの冒険者、リュカはとても親切な青年だった。ヒトの街まで案内した上に、冒険者としての手解きもしてくれると約束してくれたのである。ヒトの常識を知らない私として非常にありがたい。


(私はハーフエルフで通るって分かったのもよかったよ)


 純エルフである彼の耳が長いので、私の偽物っぽい耳を見られたら何か疑われるのでは……と不安になっている私に、自分はハーフエルフを差別しないと言ってくれた。そのおかげで私がハーフエルフに見えることと、エルフはそれを差別する者が多いけれどリュカはそうではない、という二点が分かったのである。


(優しくて親切で料理が上手い……ヒトとして初めて会ったのがこの人で幸運だったなぁ)


 しかも道中は彼が美味しい料理まで作ってくれて、本当に感謝しかない。まともな料理と呼べる食事を摂ったのが数百年ぶりだったので、その美味しさに思わず涙ぐんでしまったくらいである。この世界の人間にも元の世界に近い味覚があるのだと知れた喜びに打ち震えそうだ。……やはりジジは大変な変わり者だったのだと思う。味より効率を重視する、奇人の類というか。


(それに私のせいで死にかけたのに気にしなくていいなんて本当に優しい人だよ、リュカさん……じゃない、リュカは)


 彼は強い魔物と戦い、その戦闘の直後に私が逃がした氷狼の群れに襲われてしまったようだった。故意ではなく偶然なのだから、私は悪くないと慰めてくれたのである。

 本当に、あの時彼の元に駆けつけて命を救うことができて良かった。そうでなければ、私は自分のせいで一人を死なせてしまうところだったのだ。



「……ここまで驚くほど楽な旅でしたね」


「そうですね、危険なことは何もなかったですし」


「いえ、普通なら危険なはずなのですが……貴女のおかげですよ、スイラ。本当に冒険者向きの人ですね」



 しみじみとそう呟くリュカとの旅は半月程度を過ぎている。彼は武器を失ったようだったが、大抵の魔物は一撃で倒せる私と一緒だったので問題はなかった。群れで活動する魔物も、簡単に屠られる仲間を見ればすぐに撤退していくので戦闘が長引くこともない。

 はじめのうちはリュカもあっけにとられていたがこの半月で慣れたようで、今では動揺もなく倒した魔物を解体して料理してくれている。しかし素材は肉以外を取らないので、私が集めた毛皮などはもしかして売り物にならない可能性が出てきた。……少々不安だ。ヒトとして生きるためにも少しは金がほしいのだけど。


 そんなのんびりとした旅は、ようやく終わりを迎えようとしていた。



「スイラ、あの町が見えますか?」


「はい、見えます」



 森を抜けた場所は小高い丘の上だったようだ。見晴らしのいいそこから、小さな町が見える。辺りは自然に囲まれているので、小規模とはいえ建物の多く集まった町があるのは珍しい。地方のセンター街くらいには賑わっている。



「ここは辺境ですがあの町には冒険者ギルドがあります。そこで冒険者登録をしましょう」


「分かりました。とっても楽しみです」



 冒険者として働くためには冒険者ギルドに登録するのが一番いいらしい。そうすると仕事を斡旋してもらえたり、お金を預かってもらえたり、冒険者として活動するためのあらゆるサポートをしてくれる。

 ただし犯罪行為には厳しい。だからこそギルド所属の冒険者という肩書にはある程度の信用があり、良い身分証明になるとのことだ。


(わくわくするなぁ。あそこに行けばヒトの仕事ができるんだ……よし、立派なヒトになるぞ!)


 本当は竜である私は、ヒトとして生きるために新たなる一歩を踏み出した。



 それから一時間かけて冒険者ギルドまでやってきた。建物自体は古そうだが、しっかりした造りで広い。町の中心にある、というよりはギルドの周りに町ができていったのではないかと思う。

 扉をくぐりぬけて中に入ると、多くの視線が集まった。その視線のほとんどは私ではなくリュカに向けられたもののようだ。


(有名人だって言ってたもんね。……あ、ついでに私も見られてる)


 小声で交わされる会話から、リュカが本当に名のある冒険者なのだと伝わってくる。難しい依頼をこなしてきたであろうリュカへの称賛と、そんな彼について歩いている私を「何者だ?」と訝しむ視線。

 目が合った相手には笑いかけておいた。そうすれば相手は驚いたあとに苦笑いのような顔をしたが、その目を見れば嫌われてはいないことが分かる。……憎悪と殺意と恐怖にまみれた目を向けられないことに安心した。私はちゃんと"ヒト"に見えるのだ。



「お疲れさまでした、リュカさん。無事のご帰還で何よりです。……討伐の証明になるものはございますか?」



 リュカはまっすぐ受付カウンターのような場所に向かった。そこでは笑顔の受付嬢が待機していて、さっそく依頼の確認を始めている。

 私はリュカの後ろでその様子を眺めつつ、彼の用事が済むのを待つ。依頼の報告が終わったら私の冒険者登録を手伝ってくれる予定なのだ。



「ヒュドラの鱗なら。……これ以外は持ち帰れませんでした」


「いえいえ、問題はございません。ヒュドラの毒の消滅は確認されていますし、貴方のこれまでの功績を鑑みれば間違いないでしょう」



 討伐を証明するためには本来なら魔物の重要器官が必要らしい。それを持ち帰れなかったのは彼にヒュドラの素材を持ち帰る余裕がなかったからというか、厳しい戦闘の中でいくつか荷物を紛失したからで――まあつまり私のせいである。


(リュカは命の恩人だからって理由で私の面倒を見てくれている訳だけど……むしろ私の方が迷惑料を払って恩返したいよ)


 しかし人間としては何の身分も立場もない私では、彼に恩返しなどできるはずもない。冒険者として身を立て、しっかり恩を返していこうと決めた。



「それから、こちらの彼女の冒険者登録をお願いします。保証人は私が」


「……リュカさんが?」



 受付嬢からは私が見えていなかったようで、リュカが体をずらして現れた私に鋭い視線が飛んでくる。本当に冒険者ができるのか、と見分するつもりなのだろう。

 しかし彼女は私の姿を視界に収めた途端、とても心配そうな顔をした。たしかにこの体の見た目は非力そうで心配になるかもしれないが、問題ない。見た目は細いが中身は竜の性能である。

 力こぶしを作ってアピールしてみたら、彼女はすでに下がっていた眉尻を更に下げてもっと心配そうな顔になった。……何故なのか。



「……本当に大丈夫ですか? 冒険者は危険な仕事ですよ?」


「大丈夫です。力には自信があります」


「……分かりました。登録後に冒険者としての実力を見るための試験がございます。それをクリアできるまでは、正式な依頼を受けることはできません。ではまず、登録料金は一万ゴールドとなります」



 一万ゴールド。元人間である私は当然、人間にお金の概念があることは知っている。しかしこの世界のお金は見たこともなければ、物価相場などのお金の価値も知らない。……一万ゴールドが高いのか安いのかもわからないよ。



「それくらい私が出しましょう」


「いえ、そこまで迷惑をかけるわけにはいきません。……売り物になりそうな素材があるんですけど、買取してもらえる場所はありませんか……?」


「素材でしたらギルドでも売買を承っています。素材はどのようなものでしょうか? 薬草なら今はププ草の相場が上がっておりますよ」



 ニコニコと笑う受付嬢に、私はおそるおそる魔物の素材を差し出した。リュカに会うまでにお金になるはずだと思って集めていたものだ。

 腰にぶら下げている小物入れに、圧縮して詰めてこんだ素材をすべて取り出して台の上に乗せる。元の形がよく分からないような小さな物体に、受付嬢は首を傾げた。



『これに掛かってる魔法を解いてくれる?』


『いいよー』



 精霊が了承を返した途端、台の上には復元された素材が山積みになった。その量に驚いたのか、受付嬢は口を開けてぽかんとしている。

 これまで出会った魔物や動物の毛皮だ。肉は食べたので残っていないが、元の世界では毛皮の使い道は多かったのでこちらでもそれなりのお金になってほしい、という願望がある。



「……スイラ。今、何をしましたか?」


「魔法で素材を圧縮していたので、その魔法を解いただけですよ」



 そういえばリュカと旅をしている間は彼が肉以外を取ろうとしなかったので、この魔法を披露する機会がなかった。

 私がこの魔法を使えるとは思っていなかったのかもしれない。ジジから教わったのだが、人間が魔法を使うには属性ごとに適正が必要で、つまりその属性の精霊に好かれていないといけないのである。闇属性に適正のないジジはこの魔法を使えないと言っていた。



「そのような魔法があるのですか?」


「……え?」



 戸惑うリュカと見つめ合うこと数秒。にぎやかだったギルド内がシンと静まり返っていることに気づく。視線の先はもちろん私である。……敵意はないけどなんだかとてもいたたまれない。

 使える使えないの前に、そもそも存在が知られていない魔法だった――ということなのか。


(どうするのこの空気……)


 この魔法を教えてくれたのはヒトであるジジなのに、ヒトが知らない魔法だなんて一体どういうことなのか。


(私は普通のヒトらしくしないといけないのに……! なんて魔法を教えてくれたんですかジジ!)


 原因である老人が朗らかな笑顔で親指を立てている姿を脳裏に思い浮かべながら、私は一竜ひとり困惑するしかなかった。



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