第5話 ヒトとの出会い



 ヒトの暮らす地域へはかなりの距離がある。ひとまず空を移動して、そちらに向かうことにした。竜の姿で飛んで誰かに見られては面倒になるため、木々より高いくらいの低高度を人型のまま、空中に足場を作ることで進む。これなら障害物もなく走れるので早い。


 竜の姿であったいままでは魔物モンスターに襲われることはなかったのだが、人型だと攻撃を受けることがあった。たいていの魔物は竜を見ても攻撃なんてしないが、ヒトであれば獲物と認識するようだ。空を跳ねるように動いているので目立っている、というのも理由かもしれない。

 突然下から飛んできた塊が頬をかすめていったので足を止めた。攻撃してきた魔物を見下ろすと、狼の形をした魔物の群れが居た。全部で二十体ほどだろうか。


(氷狼か、あんまりおいしくないんだよね)


 竜である私の食事はやはり魔物である。肉類は生で食べる気にならず魔法で焼いてみるくらいの調理はしてみるのだけれど、氷狼はいまいち美味しくない。その名の通り氷の塊を飛ばしてくる寒い地域にいる狼であり、焼き肉とは相性が悪いのだと思う。

 巨体の割に竜はあまり腹が空かない。どうやら周囲に漂う魔力を吸収しているかららしいけれど、大食いでなくて助かった。……人として「料理」の記憶があるとどうも、味気のない食事が美味しくなくて苦痛なのだ。


(ジジと暮らしてる間は……草が中心だったけど……)


 ジジは高濃度の魔力に満ちた地に育つグルナ草とかいう魔草さえ摂取していれば問題ないと言って、食事はその草と魚や山菜を煮込んだものばかりを食べていた。私も同じ食事を摂ったが、量の割には腹が膨れる代物だったので山奥で過ごすには最適だったのかもしれない。……味はまともではなかったが。あれがこの世界のヒトの料理の基準だったら絶望しそうだ。


(この際氷狼でもいい。お肉が……食べたい……!)


 それに雪のように白い毛皮はもしかするとヒトが好きかもしれない。元の世界でも毛皮というのは一定の人気があったし、食事ついでに狩っていくことにした。先に攻撃を仕掛けてきたのはあちらだし、世界は弱肉強食である。

 ……毛皮をできるだけ傷つけないようにと素手で絞めて倒したら他の氷狼は怯えたように逃げ出したので、毛皮も肉も一体分しか手に入らなかった。

 精霊と協力しつつ毛皮は剥ぎ、肉は焼いて食べた。……炭のような味がしてあまりおいしくはなかったが、肉を食べたという気分にはなった。



「……ヒトの世界に、美味しい料理があると……いいなぁ……」



 ……ジジの作った草汁を思い出すとあまり期待はできないのだが。


 そのような感じで行きかう魔物を時々狩ってはヒトに売れそうな素材をはぎ取った。かさばって大荷物になるため、ジジに教わった闇属性の圧縮魔法で小さくして腰に下げた袋に詰めて運んでいる。RPGゲームの明らかに許容量を超えている物が入る鞄みたいで面白い。

 まあ、重さは変わらないのだが。だから袋の耐久性を上げる魔法まで使わなければならないけれど、魔力量は多いので問題ない。物が多くなる方が面倒だ。



「ん……?」



 そうして人里を目指していたら、戦闘の気配に気づいて進みを止めた。耳を澄ませば獣の声の他に、人間の声のようなものが混じっている。

 まだヒト種の居住区からは遠いが、旅人か何かが魔物に襲われているのだろうか。ならば助けに行こうと音の方に向かった。


(いた。……あ、やばい)


 ヒト種であろう誰かは確かにいた。金色の髪の、青年に見える。しかしその人は、今にも狩られそうになっていたのだ。そうと視認した途端に私は急降下し、今にも獲物に飛び掛かろうとするトカゲのような魔物を踏み潰す。



「……ッ!?」


「助太刀します」



 驚く表情の青年に背を向け、彼を囲っていた魔物たちに向き直る。こちらを見る四体の魔物、それは地面を這う下位の竜だ。

 属性竜が子供を産むと性能がかけ離れて落ちた、つまり劣化した別種の竜になる。さらにその竜の子が子孫を残す時は、同じ種かもしくはさらに劣化した種が生まれる。そうして出来た派生の竜がこういう魔物となるのだ。これは土属性のようなので、地竜の子孫だろう。



「グウゥ……」



 そんな竜たちは私を見て怯えたように呻き、後ずさった。見た目がヒト型となっていても上位の竜に対する畏怖を感じるのか、それとも私の下で頭を潰されている仲間の様子に怯えたのか。……地面には隕石でも落ちてきたかのようなクレーターができていて私の足の破壊力を物語っているので、後者かもしれない。


(……ううん。これは……後ろのヒトの方も怯えてるかも……)


 声も出ない様子の背後の人物の反応が気になってきた。下位とは言え竜の子である魔物はそれなりに頑丈だ。その頭を跡形もなく踏み潰して木っ端微塵にする登場の仕方はまずかったかもしれない。


 私の体重は、まあ女性としては言いたくないのだが全長四十メートル超えの恐竜の重さを考えてみてほしい。キロ単位では収まらない。この重さのまま小さな人間の足に体重をかけようものなら歩くだけで地面に穴が空くレベルなのだ。

 そんな体重で上空から飛び降りてきたら、想像以上に力がかかってしまった。もともと空に浮かんでいた分、かなり力が乗ってしまったようである。


 じりじりと後退していた下位竜たちは、ある程度距離を取ったところで反転して走り去っていった。その姿が見えなくなったところでずっと無言だった背後の人物を振り返る。


(……エルフ?)


 土埃に汚れてしまっているが元は輝くように美しいであろう金髪の間から、尖った耳が覗いている。私の変化後の姿よりも耳の先が長いようなので、こちらの方がエルフとしては正しい姿なのだろう。

 彼は私を無言で見つめている。翠玉のような瞳からは強い警戒が見て取れた。数秒無言で見つめあい、ふと彼が大きな傷を負っていることに気づく。



「あっ……大丈夫ですか!? すぐ治します!」



 あちこちに傷が見受けられるが、特に足の傷は重症だ。地面を濡らすほどに血が流れており、このままでは失血死してもおかしくない。最も服が赤く染まっている、出血部分と思われる太もものあたりに手をかざし、光属性である治癒の魔法を使った。私はこの魔法がとても得意だ。同族の竜たちの話では、私の治癒魔法は大変効果が強いらしい。


(前世の基本的な医療知識とかが効果に出てるのかもしれないよね。……っていっても人間の知識であってトカゲの知識はないけど……)


 まあ、そもそも竜はほとんど怪我などしないのだが。相性の悪い地竜と雷竜などが大喧嘩した時に私が治してやるくらいしか治癒魔法を使う必要はなかった。あとは災害にあったらしい人間の集落などを見つけたら治癒魔法を降り注いだとか、それくらいだろうか。

 エルフの青年の治療もすぐに済んだ。これでもう命の危険はないだろう、と彼の顔を見上げたら驚いたように私を見つめている。



「……無詠唱で魔法を使って、よかったんですか? 私は、助かりましたが……」


「……え。……あ」



 竜は自属性の魔法なら精霊に頼まずとも使える。それはつまり、精霊語で彼らに語り掛ける行為――詠唱を必要としないということだ。彼の言葉で「竜以外は無詠唱魔法を使わない」とジジから聞いたことを思い出す。……このままではせっかく会えたヒトが死んでしまう、と思って慌てて頭から抜けていた。 


(もしかして竜だってバレる……!?)


 私は慌てたが、彼は神妙な顔で私の背後――七属性の契約精霊に目を向けている。



「それだけ精霊に好かれているなら無詠唱で魔法を使っても大して嫌われないのかもしれませんが……見ず知らずの私のためにそんなリスクを冒すなんて、よっぽどのお人よしですよ」



 エルフは精霊が見える種族のため、私に付き添うように行動する精霊たちを見て「好かれている」と判断したようだ。それにほっとして「慌ててしまい、つい……」なんて言いながら笑った。慌ててつい自力で魔法を使ったのだが、普通はあり得ないことなのでそうとは思われなかったらしい。……よかった。


(絶対に無詠唱で使えない、ってわけではないもんね。精霊に嫌われるからやらないだけで)


 この世界の魔法は精霊に語り掛け、彼らに起してもらう奇跡。魔法の詠唱とされているものはつまり、精霊へ頼み事をするための言葉。

 それを短く省略したり、無詠唱でやらせようとするのはつまりどういうことか。イメージするなら結婚十年目の亭主関白の夫が「コーヒー」とだけ言って妻へコーヒーを淹れることを要求したり、顎をしゃくって醤油さしを取るように命じたり、そういうものに近い。「頼む」の一言すら面倒くさがって省いたら嫌われても当然だ。


(精霊が見えない種族にはほぼ不可能。見えたり声が聞こえたりする種族で、精霊に好かれてる体質ならできなくもない……けどやったら嫌われて、それ以降魔法の効果が弱くなったんだっけ?)


 竜は長い時を生きるため博識と思われがちなのだが、そうでもない。私が知っているのは竜の歴史であり、生態であり、価値観だ。この世界のヒト種の常識はほとんど知らないのである。


 私が知っているのは、ここ数年ほどでジジが教えてくれたことばかりだ。ジジはヒト種の中でも「ジン族」と呼ばれる、いわゆる元世界のホモ・サピエンスに近い種族であり、それ以外のヒト種――たとえばエルフ族などには詳しくなかった。というか、彼は魔法のことばかりを教えてくれたのでジン族の常識ですら私には欠けている。

 多種多様な種族が混在するヒトの世界の常識は、まだまだ足りないし教えてもらったことも上手く自分の中に馴染んでいない。……そういえばそんな話もしていたな、と実際に出くわしてから思い出すというか。知識だけあって経験が伴っていないのである。



「貴女のお人よしのおかげで助かりました。……ありがとうございます。私はリュカ、ソロで冒険者をしています」


「いえいえ、どういたしまして。私の名前は……」



 私も名乗ろうとしてはたと気づく。竜の真名は他者に教えるものではない。普段は「白竜」もしくは「光竜」と呼ばれていたため、ヒトに名前が必要であることをすっかり忘れていた。

 自分の名は生まれた時から知っていて「クスィラスィラ」という。竜らしく大変覚え難く、具体的に例えるなら小説に出てきたとして頁を捲ったらたいていの読者は正確な綴りを忘れているような名である。


(名前……クスイ……ラスイ……いや変かな……うーん)


 どうせなら覚えやすくて呼びやすい名がいいだろう。本名からとって、愛称のような名前にすれば嘘にもならない。そうして数秒悩み、リュカの視線がいぶかしむようなものになってきたところで口を開く。



「私はスイラです。ずっと人里から離れて暮らしていたのですが、街に行ってみようかと思い立って出てきたところでして」


「……里から離れて? ……では、私のことも知りませんか」


「え? ……もしかして有名な方でしたか? すみません、おじいさんと二人で山奥に引きこもっていたし常識に疎くて……」



 嘘は言っていない。数年はジジと共に山奥で暮らしていたし、それが理由ではないが常識にも疎い。しかしこのリュカというエルフは誰でも知っているような有名人だったのだろうか。怪しまれないかとあたふたしていると、彼はそんな私を見て眉間に寄っていた皺を解いた。



「……知らないのなら、構いません。スイラ、本当にありがとうございました」


「いえいえ、困った時はお互い様ですから」


「お礼がしたいのですが、できることはありますか?」



 これは渡りに船ではないだろうか。彼はソロの冒険者だと言ったし、きっとエルフでも一人でできる仕事なのだ。一応エルフ設定の私としては、先駆者のいる仕事をやりたい。



「私は世間知らずです。街で仕事を探したいと思っていました。……冒険者って、私でもなれるでしょうか。もしなれるなら……仕事を教えてもらえませんか?」



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