第3話 完成と旅立ち
確かにこれは、難しい。かなり細かい指定をしなければならないようだとがっくりして、一度解除してもらった。
私が変化したいヒトの姿になるにはもうしばらく研究が必要だろう。精霊にどれだけの情報を与えれば思い描く形になれるのか、何度も試行錯誤するしかない。それまで唯一会話ができるこの老人に付き合ってもらわなければいけないと考えてふと、思いついた。
『あの……変化の魔法が完成したら、ヒトの言葉を教えてもらえませんか?』
人間たちに言葉が通じなかったことを思い出したのだ。たとえ上手く人型になれても話せなければ苦労するのは目に見えている。
そんな私に老人は笑顔で頷いて、これからしばらく私に付き合ってくれると言った。大変ありがたい。
『我、名、ジ§±ジΨ』
『……ジジ?』
彼は名乗ってくれたようなのだが、その発音が耳慣れないせいか上手く聞き取れない。聞き取れた音だけで聞き返したが、それでいいと思ったようで老人は頷いた。
それから私は、その老人――ジジと共にそれなりの月日を過ごすことになる。
変化の魔法の完成には苦労した。私がヒトの形を取れるようになるまで、一体何度失敗を繰り返したことか。まずは人型に変化してからヒトの言葉を覚えると決めたはいいが、精霊に明確なイメージを伝えるのは本当に難しかった。
ジジも相談に乗ってくれて、どんな情報を追加すれば良いかなど一緒に考えてくれたのが心底ありがたい。一人だったら心が折れていたかもしれない。
『身長はナナスギが一年で伸びる高さ、髪の色は体色と同じ、目の色も私の目と同じでいいけど瞳孔は丸くして。髪の毛は頭部に不足がないように、長さは頭二つ分、肉付きは健康的な範囲、ヒトが見た時に心地良いと思える顔立ち、鱗無し、手は二本、足は二本、指はそれぞれの手足に五本ずつで指から飛び出さないように爪があって――』
精霊に変化の魔法を頼むのは、まるで3DのVRモデルでも注文しているような気持ちと言えばいいだろうか。いや、そちらはまだ作ってくれる相手が人間なので、こちらの意図を読み取ろうとする努力をしてくれるからいい。
むしろ人工知能に一から人間という形を言葉のみで教えて、人間の姿を立体物として抽出させるような難解さだ。いままで何度失敗して、福笑いのようになったり、バランスが奇妙でろくろ首になったり、半人半竜になったり手足が多かったり少なかったり――と新たな怪物を生み出したことか。……そろそろ化け物を卒業したい。
『――という人型に変化してほしい』
『いいよ』
思いつく限りの情報を並べ立て、精霊に頼む。ファンタジーな世界で難しい魔法を使うと呪文が長くなる演出があるが、まさにそれと同じだ。すべてを伝えるのに十分はかかったと思う。もう一度同じ台詞を言えと言われても全く同じにはならないだろう。
(今度こそ成功して……!)
そうしてみるみるうちに私の白い巨体は縮み、ジジよりも頭一つ小さいくらいの背丈になった。すぐに手足や体などおかしな部分がないか確認する。鱗なし、歪みなし、白い肌と健康的な肉付きの体に、綺麗な四肢もついていて、尻尾も生えていない。
自分で見える範囲におかしなところがないことを確認したら、こちらを見ているジジに顔を向ける。
『顔はどうですか?』
頷かれたので問題ないということだろう。本当にここまで来るのが長かった。内心ガッツポーズをとりながら私はすぐに精霊へ契約を持ちかける。
これはジジに教えてもらったことなのだが、魔法を使った精霊と契約すると彼らはその魔法を覚えて、次回からは長い言葉で伝えなくても同じ魔法を使ってくれるようになる。常連の店で「いつもの」と注文できるようなものだ。
『この魔法で契約をしてください!』
『うん。白竜ならいいよ』
こうして私はヒトに変化する魔法を手に入れた。自属性は精霊に頼まずに使えるとはいえ、調整がややこしいため光の精霊を含めた七属性すべての精霊にあらゆる分担をこなしてもらっている。
すなわち火・水・雷・土・風・光・闇の七体の精霊にたった一つの魔法を継続使用してもらっていることになる。
例えば火属性の精霊には人間らしい体温を、水属性の精霊には人間らしい肌の潤いを――といった細かい部分まで担ってもらい、とてつもなく複雑な複合魔法の完成だ。
ジジ曰く、これはこの世で最も複雑で贅沢な魔法の使い方、なのだとか。
(容姿を変えるためだけにここまで魔力を使うのは私くらいだろうなぁ)
竜という種族柄生まれ持った強大な魔力の半分を消費して発動したうえ、この魔法を継続するために持続的に魔力を使っている。減った分は少しずつ回復しているようなので問題はないが、竜である私でなければやらない、できない魔法だ。
契約した精霊はずっと私と共に行動し、常に魔法を使ってくれる。これで私は魔力を切らさない限りヒト型で過ごせるようになったという訳だ。
(やっと第一歩が踏み出せ……ないなこれ……)
気づいたら足が地面に埋まっていた。ヒトの小さな足の面積に、竜の体重がかけられているのだから当然だ。地面すらまともに歩けないなんてどうしたものか。
『ジジ……どうしたらいいですか……』
『……足、下、壁、作ル』
『あ、そっか。足場を作ればいいんですね、なるほど』
私が踏み出す場所へ、魔力の塊で作った薄い壁を張る。これはただの魔力操作なので大した苦労でもない。できる限り薄くして普通に歩いているように見せるのには慣れるまで時間がかかりそうだが、練習あるのみだ。
『なんとかなりそうです! ありがとうございます、ジジ!』
ニコニコと孫でも見守るようなジジから言葉を教わる前に、一度自分の容姿を確認しようと水辺に近づいて、一つの問題に気付いた。
髪の毛に隠れて分かりにくかったが、なんと耳の先が尖っていたのだ。……私の立派な二本角の名残りなのだろうか。
『……ええ……そんな……』
『……何、アル?』
『……耳が……尖ってるんですよ……』
一度契約を解除したら最初からやり直しだ。耳以外はどうやら完璧にヒト型になれたので、先ほどの「お願い」に耳の情報を追加しなければならないが、一言一句同じ言葉は出せやしない。そしてどこか一言でも変われば何かがずれる可能性がある。
耳だけだからと幻影魔法を被せてみようとしたが弾かれた。私の体に使われている魔法が複雑で強力すぎて、この上に魔法の重ねがけなどできないようだ。……と、いうことは。
『や……やりなおし……?』
『エルフ、似テル』
『ああ、エルフ……! その手がありましたね!』
ジジの助言により、ヒトの世界ではエルフという設定でやっていくことになった。……やり直しにならなくて本当によかった。
それからはヒト型で過ごしつつ、ジジから人間の言葉を習う。丁寧な言葉遣いと砕けた言葉遣いの二つがあるようだ。敬語とタメ口みたいなものだろう。
私が完全に彼と同じ発音ができるようになる頃には、元から老齢だったジジは一日のほとんどを寝て過ごすようになっていた。
「竜に世話をしてもらえるなんて、この世に私だけでしょう」
彼はそのようなことを言って微笑んでいた。人里に降りてもっと便利な場所で生活したらどうかと勧めてみたが、ここでいいのだと断られる。私は彼にとても世話になったので、精霊たちと魔法を使いながら彼の世話をし、最期を看取った。
「人を愛する白竜殿。貴方の行く末を魂となって、見守っております」
それが彼の遺言である。残された私は彼の墓を作り、手を合わせた。この世界の宗教については詳しくないから合っているかは分からないが、私なりの供養である。
「……ありがとうございます、ジジ。行ってきますね」
私はジジへの感謝を胸に、墓標に背を向けてヒトとしての第一歩を踏み出した。
まずはヒト種の街を目指す。そして、仕事を探してヒトとして暮らしてみようと思う。
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