ヒトナードラゴンじゃありません!~人間が好きって言ったら変竜扱いされたのでドラゴン辞めて人間のフリして生きていこうと思います~

Mikura

一章

第1話 竜呼んでヒトナードラゴン




 私には前世の記憶がある。最期の瞬間を、今でもはっきりと思い出せるのだ。

 前代未聞と言われた強力な台風上陸の日、吹き荒ぶ風の音でなかなか眠れなかった夜。突然聞こえてきたバキバキという音で飛び起きた。古いこの家がついに風で壊れたのかと思ったが、それはその直後のことで。家の隣に生えていた巨木が折れて私の部屋に向かって倒れてくる音だったのである。

 避けようもなく家ごと潰された私は、絶え行く意識の中で願った。二十歳手前で死ぬなんて酷すぎる。次こそ長生きさせてよ神様、と。


(だからってコレはないでしょう神様……)


 全身を淡い光を帯びた白い鱗に覆われている、大きな体。強靭な肉体、鋭い爪と牙、頭には立派な二本の角があり、背中にはこの巨体に見合った大きな翼が生えている。前足との後ろ足が二本ずつあり、長い尻尾も生えていて、鋭い瞳孔を持った金色の目を持つ。人型から大きくかけ離れ、何が近いかと言えば爬虫類が一番近いその生物の名は――。



ドラゴンって……いや長寿は願いましたけども。ちょっとは”巨木にも負けない体だったら死ななかったのかなぁ”と思わないでもなかったけども)



 願いを叶えるにしても限度がある。人間という矮小な存在の声に耳を傾けてくれた感謝よりも、ずれた願いの叶え方をしてくる価値観の相違に頭が痛くなるほどだ。

 前世の記憶を持っていても竜に生まれ変わったなら、竜として生を謳歌してはどうかと思われるかもしれない。しかし、それもまた人間の記憶を持って転生してしまった私には難しいことだった。



『白竜よ! 今日こそ我が求愛を受け入れてくれ!』



 現れたのは全身を黒の鱗に覆われた、黒竜である。この竜は私を見染めて番になりたがっており、人間でいうところの結婚相手になってほしいと三百年近くも言い寄ってくる相手だ。



『なんでここが分かったんです……? ストーカー……?』



 この雄竜に見つかりたくないがために渓谷の谷底に隠れていた私は、軽く頭を後ろに引きながら半目でその黒い体躯を見つめる。私は全力で拒絶、拒否、逃走しているのに何故か私の嫌がる気持ちは彼に伝わらない。



『スト……? 白竜はたまに訳の分からぬことを言う。それは求愛を受け入れるということか?』


『それはない』



 竜は生まれた時から成体であるという特殊な存在であり、私は黒竜を含む六体の同族に見守られる中でこの世に発生した。そしてその瞬間にこの黒竜は私に一目惚れをしたらしいのだが。


(アレはトラウマものだと思うんだよね……)


 想像してみてほしい。私の意識は先述した死に方をしたところから誕生の瞬間に繋がっているので、死んだと思って気が付いた時には六体の竜に囲まれているのである。そしてこの状況はなんだと混乱している最中に、いかつく凶悪顔の黒竜から突然「俺の卵を産んでくれ」などと言われた時の気持ちを。


(思い出したら鳥肌が……いや肌はないんだけど。鱗が立つよ)


 私がこの黒竜を拒絶し続ける理由は、きっと人間になら分かってもらえるだろう。いや、そもそも問題はそれだけではない。


(というか、同族をそんな目で見られないっていうか……だってみんな恐竜みたいなものだし)


 元世界の人間の中にも時には種族を超えた愛を持つ者や、ケモナーなどと呼ばれる獣好きが存在するが残念ながら私はそうではなかった。三百年もの間、恐竜に告白され続ける人間の気持ちを考えてほしい。……まあ今は私も竜なのだけども。


 そもそも私たちの種族は子孫を残す必要がない。何らかの理由で死んだ時は私のように突如発生する形で生まれるし、同族の子孫は残せない仕組みだ。もし子供が生まれてもそれは別種の、格段に性能の劣る魔物モンスターとして生まれるのである。

 神的視点で考えれば世界に生物を作り出す機能の一種なのかもしれないが、少なくとも私には必要のない行為だと考えている。新種の魔物作りをやりたければ他の竜がやればいい、私はお断りだ。



『こんなに我は強いのに、何が気に食わぬ。ここに来る前も通りがかったヒトの国を一つ半壊させてきたぞ? なんとたった五分もかかっていないのだ』


『いやだからそういうところなんですけど……』



 黒竜は首を傾げた。私がその行為を不快に思っている、というのが分からないのである。彼は今回だけでなく、以前から「エルフの里を焼いてきた」だの「セイレーンの水中都市で暴れてきた」だのと破壊力があることをアピールしてくるのだが、私に好かれたいなら逆効果だ。


(分かり合えないなぁ……絶対的強者の価値観……)


 私が生まれ変わった竜という種族は生物としての頂点に立っていると言っていい。そんな竜からすれば、他の生き物は皆矮小な存在であり、暇つぶしに甚振っても、滅ぼしても、おやつにしたって誰も咎めることなどできない。

 日本の近海から現れる「ゴ」から始まり「ラ」で終わる大怪獣などはまだ、人間が攻撃することで海に帰すことができるだけマシであって、この世界の竜に対しては対抗手段らしい対抗手段を持っている種族は存在しない。


 何故なら魔法を使おうとすれば、竜はそれ以上の魔法を使う。肉体へ物理攻撃をすれば、固い鱗に阻まれ、その巨体と筋力から繰り出される一撃によってお陀仏だ。抗いようのない大災害、それがこの世に七体だけの「属性竜」である。……そうしてその中で光属性を司る白い竜が、私なのだ。


(他者を壊すことも、他者から奪うことも……あたりまえ。この理不尽さを受け入れきれないんだよなぁ)


 食事以外で生物を殺したことがない私以外は皆、似たような価値観だ。同族が野蛮な恐竜にしか見えなくても仕方がないではないか。六体ともナチュラルに他種族を虐げていて正直に言えば怖い。

 私には生まれた時から前世の人間としての価値観がある。この記憶もなく、何も知らず、六体の同族に囲まれていれば同じ価値観に染まって、そのまま育ったのだと思う。……けれどそうはならなかった。


(前世の記憶があるからこそ私はまともな竜としては生きていけないし、竜と暮らすのは精神的につらい。……うん、よし決めた。やっぱり私は、ヒトの世界に行こう)


 この世界には竜がいてその他魔物がいて、人間、ヒトと呼ばれる種も複数あり、魔法も存在するため元の世界とは全く違う、異世界だ。しかしそれでも、私の価値観はきっとヒトに近いだろう。会話したことはないが、攻撃せずに対話を試みればきっと仲良くなれると信じている。



『白竜よ、聞いているか? そろそろ我の名を呼んでくれてもいいと思うのだが……ほら、呼んでみよ。カタストロフ――』



 私は咆哮を上げ黒竜の言葉を遮った。属性竜の真名は魂を縛るものであり、名を呼んで命じれば自害さえさせることのできるものなので、気安く他者に教えるものではない。それこそ、番と定めた相手以外には。

 だというのに一方的にそんな大事な名前を伝えて、私に命を預けようとしてくるところもこの黒竜の苦手な部分だった。だからその名を覚えないように、こうして毎回邪魔している。

 ありがたいことに竜の名とは長くてやたらと覚えにくいので、私はまだこの黒竜の名前をぼんやりとしか憶えていない。カスタードマフィンみたいな語感という程度の認識である。


(こういう愛は脅迫と変わらない、なんて言っても分からないんだろうなぁ……)


 私の咆哮で言葉を遮られた黒竜は不服そうにしているが、私とて不服である。自分の命を委ねる愛は、相手に受け入れる覚悟がない場合は脅迫に近い。病んだ彼女に「愛してくれなければ死ぬから!」とカッターナイフを持ち出されているのと似ているかもしれない。

 とにかく自分の生殺与奪権を相手に無理やり押し付けるのはいただけない。自分の命を盾に愛情を迫られているように感じるからだ。それを彼は、分かってくれない。


 もう無理。私は竜とは生きていけない。だとすれば取る道は一つ。



『私はたった今、ヒトと共に生きると決めました。だからもう金輪際関わらないで、さようなら!』


『は? なんだと?』


『私はケモナーじゃないのでヒトの方が好きなんですよ。それじゃ』



 呆けている黒竜を置いて、強く大地を蹴って空へと飛びあがる。飛行速度は私の方が早いので、私が本気で飛べば黒竜は絶対に追いつけない。毎度のごとくそうやって彼を撒いては隠れていたが、今度はヒト種の国へ行ってみよう。



『……ケモナーとはなんだ』


『あの子云わく、獣型が好きなヒトのこと』


『……では、竜でありながらヒトが好きな白竜はヒトナーなのではないか?』


『そうね。……ヒトが好きなんて変だもの。ヒトナードラゴンってところかしら?』



 黒竜が後に他の竜とそんな話をしているのを私が聞いたら「ヒトナーじゃない!」と大反論していたところだが、ご機嫌で人の元を目指していた私の耳にその話が入るのはずっと後のことである。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る